北極における持続可能なビジネス
日・アイスランド特別セミナー

ご来場の皆様、本日、この特別セミナーを開催してくださった笹川平和財団ならびに海洋政策研究所に感謝申し上げます。2月にこちらで開催された「北極ガバナンスに関する国際ワークショップ」において、オーラブル・ラグナル・グリムソン前アイスランド共和国大統領が温かい歓迎を受けたと聞いております。また、北極に関する世界最大の会合である北極サークルの年次総会に日本が積極的に参加していることに感謝しております。
日本は、アジアの中で私が外務大臣として初めて訪問した国です。日本とアイスランドは強固な関係にあり、特に北極に関して両国間の協力の機会はさらに拡大するものと考えています。したがいまして、本日お話しする「北極域における持続可能なビジネス」は時宜にかなったテーマです。
アイスランドにとって、北極における持続可能な開発は非常に重要であり、来年の北極評議会の議長国として準備を進める上での指針でもあります。これは、経済、環境、社会の側面についても同様です。また地球規模では、アイスランドは、パリ協定ならびに持続可能な開発のための2030アジェンダおよび持続可能な開発目標(SDGs)の実施における国際的な共同の取組の重要性を強調しています。
さて、北極域について語るときに「持続可能性」という概念が重要であるのは何故でしょうか。ご存じのとおり、気候変動のために氷冠は減少し、北極は開かれつつあります。このような進展は、北極域での貿易、輸送、投資、研究、サービス、社会開発などさまざまな分野に、新たな機会と課題の両方をもたらしています。
アイスランドは、天然資源の持続可能な利用に頼っています。これは我々が過去に学び、今後も重視することです。長期的に見て、我が国の存続が天然資源の持続可能な利用にかかっていると言っても過言ではありません。
地球規模では我々は共同責任を負っています。というのも、世界の経済は相互につながっており、何の対策も講じなければ気候変動による悪影響を受けるでしょう。このような地球規模の変化に一国で立ち向かうことはできません。
北極は天然資源が豊富です。石油や天然ガスだけでなく、貴重な鉱物資源も存在します。また、水産資源や、持続可能な形で利用できるさまざまな種類の資源にも恵まれています。本日の講演では、北極に関するアイスランドの視点から、我々の資源を持続可能な形で利用する重要性を示す3つの例をお話したいと思います。

1つ目の例は再生可能エネルギーです。2つ目は漁業と海洋、そして3つ目は交通インフラです。最後に、北極に関する協力の現状と、今後の展望について簡単にお話します。その前にまず、北極に関する協力とアイスランドの政策について少し説明したいと思います。
皆様、政治では常に完全な合意が得られるわけではありませんが、北極に関する協力について、アイスランドの政治は完全な合意が形成されています。政治的立場を問わず、協力と持続可能な開発を指針とし、熱心かつ責任ある北極域の一国という役割を担うことがコンセンサスとなっています。
北極評議会の重要性をアイスランド人の誰もが認めており、来年その議長国を盟友のフィンランドから引き継ぎます。北極評議会は、北極の持続可能な開発を推進する上で非常に重要な役割を果たしています。環境の保護はこの地域の未来にとって極めて重要ですが、責任ある経済開発と連携して進めていく必要があります。特に、先住民に重点を置いた、北極の住民の利益を尊重する必要があります。この地域の人々がさまざまな形で安全と繁栄を享受できるようにすることは我々の責任です。これには、地域医療、教育、雇用、通信が含まれます。
この10年間、北極域は世界の注目を集めています。多くの国家や組織がそれぞれの関心から北極政策を策定・採用しています。欧州および欧州連合の多くの国のほか、ロシアや中国も同様です。日本を含め、北極評議会のオブザーバー国が増えていることからも分かるように、北極域への注目が高まっています。
アイスランドに話を戻しますと、レイキャビクで開催される北極サークル総会への参加者が年々増えています。北極サークルは「北極版ダボス会議」と呼ばれることもあり、毎年2,000人以上が世界中から参加しています。
本当に北極に世界が注目しているのです。北極の氷冠部の融解は進んでおり、この世界的な注目を建設的な形で利用する必要があります。この変化をもたらした主要な原因が気候変動であることは明らかです。イメージするのは難しいですが、現在では、北極の氷冠部は50年前の半分しかありません。世界中で気候変動の影響が確認されていますが、北極ではその影響が顕著に現れているのです。
皆様、それでは1つ目の例についてお話します。
アイスランドは長年にわたり再生可能なエネルギー資源を利用してきました。近年ではかつてないほど、再生可能エネルギーの開発を安全に進めることの重要性が、世界的に認められてきています。アイスランドでは、地熱エネルギーの利用拡大を目的とする世界中のイニシアチブを支援することが、長年にわたる政策となっています。アイスランドには、建物の暖房や工業、農業、漁業の電力源に地熱エネルギーを直接利用してきた実績があります。再生可能エネルギーの潜在能力は計り知れません。
北極の遠隔地のコミュニティの多くで、化石燃料への依存が依然として大きな課題になっています。北極は汚染の影響を最も受けやすい地域の1つであり、エネルギー源としての化石燃料への依存のリスクは減らす必要があります。
これらのコミュニティの多くは、近い将来に国のエネルギー供給網とつながる見通しはありません。したがって、独自の地域エネルギーシステムを開発する必要があります。風力、太陽、潮力、水力、地熱を利用する、再生可能エネルギーを組み合わせたシステムになるはずです。より容易にこのようなシステムを利用できるよう、さまざまなエネルギー技術への投資と研究の取り組みが必要です。
また注目すべき点として、北極に好ましい影響をもたらす前向きな動きが他の地域において見られています。たとえば、中国では地熱エネルギーを地域暖房に利用する都市の建設に大型投資が行われています。中国におけるこの変革は、アイスランドも参画して実施されています。この中国の事例は、インフラへの大規模投資によって、大気の質にどのような効果が得られ、また生活の質を向上できるかを示しており、気候変動という観点からは、局地的にも地球規模にも影響があります。
ちなみに、地熱エネルギーは長年にわたり、アイスランドの国際開発協力の重要な重点分野の1つであることを、この機会に言及しておきたいと思います。電力または直接に利用するという地熱利用が有する可能性についての、我が国の経験を他の国々と共有できることを誇りに思います。アイスランドが最も力を入れている地熱開発への支援として、国連の地熱エネルギー利用技術研修プログラムの実施があります。このプログラムには、60か国から集まった約700名のフェローが卒業しており、短期コースには世界中から約2,000名の専門家が参加しています。
地熱を利用できる可能性のある国では、地熱資源を活用することで、その他すべての直接利用の可能性に加えて、環境にやさしい発電の基礎を築くことができます。それは、経済開発と社会開発の両方に貢献するだけでなく、気候変動を緩和する役割も果たします。
近年、持続可能なエネルギー解決策が必要であるとの認識は高まっています。しかし、認識が高まるだけでは不十分です。持続可能なエネルギーへの移行を成功させるには、世界中の国家および地域間の協力と共同の取組を活性化させる必要があります。そうでなければ、移行は実現できません。
皆様、そこで2つ目の例に移ります。
数世紀にわたるアイスランド経済の発展と繁栄は、北方域の豊かな天然資源と気候条件によって築かれてきました。
アイスランドには海洋の可能性に関して幅広い経験があります。数世紀にわたり、人々は漁業資源が無尽蔵であると信じてきましたが、そうではないことを経験から学びました。今日の我々のアプローチは、海洋とその資源の持続可能な利用と保全のバランスを取ることにあります。
アイスランドは、必要に応じて地域的および地球規模の解決策と組み合わせた、地方レベルにおける責任ある資源管理を固く信じております。アイスランドは、海洋の持続可能な保全と管理に関する課題について、長い道のりを経て理解を深めてきました。
つい最近、アイスランドや日本も参加した、中央北極海での漁業の将来的な可能性に関して画期的な交渉が妥結しました。科学的根拠と国際法に基づく地域協力こそ、我々が必要とするものであることは歴史が証明しています。
今日の状況を理解するには、歴史を振り返ることが重要です。約500年間、アイスランドはデンマーク王国の一部でした。この間、最も需要の高かったアイスランドの資源は水産物であり、英国やフランスなどの国々も水産物を様々な時期に漁獲していました。
近年、アイスランドは、科学に基づきかつ長期的に持続可能な形でこの重要な自然資源を利用する責任あるシステムを実施しました。我々の漁業管理システムによって過去の非効率が解消され、漁業が課税対象となる実質的な経済的利益を生じさせるまでになりました。アイスランドの漁業には、補助金は存在しません。
漁業は依然としてアイスランド経済の主要な柱の1つであり、アイスランドが誇る高品質な輸出品です。日本がアイスランドの海産物の重要な市場であり続けていることを嬉しく思います。また業界自体も進化し、捕獲した魚の皮を医療目的やファッション、デザイン分野で利用するなど、余すところなく利用しています。これは本当に素晴らしい進歩です。
船員と漁師の国として、アイスランドは海の資源を利用する一方で、いくつかの問題に対処する責任も負っています。海洋の汚染は容認されるものではありません。未来に向けた我々の重要な仕事の1つは、海洋ゴミ、中でもプラスチックの問題です。この点につきましては、アイスランドはアイスランド水域における海洋ゴミの削減に自発的に取り組んでいます。
アイスランドは水産業を通じて、多くの場合は苦い経験から、アイスランド水域における海上の安全のためのインフラが重要であることも学びました。警戒を怠らず、捜索救助も含め、北極域諸国間の協力を引き続き強化する必要があります。これは、すべての北極圏国の重大な関心事であり、北極評議会の取り組みが大きく貢献しています。
皆様、最後の3つ目の例は、交通インフラの開発に関するものです。これも、持続可能な形で取り組む必要があるトピックです。
観光地として北極域への関心が高まり、オーロラなどの美しい景観や自然の驚異を求めて世界中から人々が訪れています。アイスランドへのインバウンド観光は、この10年間拡大し続けており、昨年は230万人がアイスランドを訪れました。ここで留意して頂きたいことは、アイスランドの人口が35万人ということです。アイスランドは、世界中の観光客が乗り継ぐ北極域の航空拠点となっています。また、航路や関連分野に関するサービスについても、前向きな動きが見られています。
これには、道路、港湾、空港などの堅固なインフラが欠かせません。北極域での交通輸送事情が改善されれば、北極域のビジネスにとっても住民にとってもサービスレベルが向上します。さまざまな意味で、アイスランドは北極域の中心に位置しており、北極関連の活動の重要な中継地・拠点となることができます。代わりとなる北極の輸送航路を通じた新しい市場へのアクセスは、この地域の経済成長を活性化させることができます。
北極域の状況が厳しいことには変わりありませんが、経済は活性化しつつあり船舶数や貨物量は増加する見込みです。その理由は、地図を見れば一目瞭然です。アジア・ヨーロッパ間の輸送時間は大幅に短縮されます。これは時間と費用の節約になるほか環境的にも利益があります。北極域の鉄道を結んで新しい交通網を整備することも検討されています。当然ながら、将来実施されるいかなる整備も、国、地域、地方の当局ならびに企業が緊密に協力して行われ、また持続可能である必要があります。
これらすべての新しい輸送路は、エネルギー効率の改善や、可能な場合は持続可能なエネルギー資源の利用を重視する必要があります。また、インフラに関しては、通信や遠隔地域と繋ぐことも優先される必要があります。こうしたあらゆる接続が改善されれば、教育や医療を利用しやすくなり、商業やビジネスが発展し、生活の質が向上します。

皆様、未来に目を向けたとき、企業がそれぞれの国の政府とともに責任を持って世界の経済のあり方を変えていくことが重要だと私は考えます。
皆様の中には、2014年にカナダが議長国を務めていた北極評議会の下で設立された北極経済評議会についてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。北極経済評議会は、北極域におけるビジネスの連携および事業活動を促進することに重点的に取り組むための独立組織です。同評議会は、ベストプラクティス、技術的解決策、規格、その他の情報を共有することで、責任ある経済開発を行うことに重点を置いています。
北極経済評議会は、採掘や輸送会社、観光や交通からトナカイの遊牧、先住民の経済開発公社にいたるまで、多岐にわたる業界を代表しております。さまざまな業界が北極域の開発に意見を有し、解決策を求めて積極的に参加することが重要です。
それには官民の強固な連携が不可欠であす。したがってアイスランドは、今後、北極経済評議会と緊密に連携していくつもりです。
皆様、北極域の8か国の協力関係が拡大することは、新しいビジネスの機会と経済活動へとつながります。幸いにも、この協力関係は、持続可能な方法で北極の資源を活用することに役立つさまざまな分野での研究開発を活性化しています。
将来に向けて、持続可能な成長を促進するためのインフラの改善が必要です。これは、責任ある非北極圏の国々とも協力し、民間セクターも関与する形で行う必要があります。アジアの大国はこぞって北極域への関心を表明しており、日本・韓国・シンガポール・インド・中国はいずれも北極評議会のオブザーバー資格を得ています。北極域の経済的可能性に対する世界的な関心は高まりつつあり、二国間および多国間のフォーラムにおける政治的な接触や実務的な協力が拡大しています。
これは前にも述べましたが、改めて述べたいと思います。北極域が世界の注目を集めるようになってから、ずいぶんと時間が経ちました。折に触れて指摘していますが、北極域の面積はアフリカ全体の面積に相当します。北極域には世界最大の手付かずの自然があると同時に、400万人の住民という大きな機会があります。
北極域は気候変動の影響を急速に受けていることから、経済開発の強化に取り組む一方で、環境保護を支援する必要があります。バランスを取りながら進める必要があるのです。
北極域は、経済成長・科学・イノベーションに大きな機会を提供しています。これらの機会は、持続可能な形でアクセスされる必要があります。大きな可能性がありますが、同様に大きな課題もあります。北極域のビジネス熱が高まる一方で、我々は冷静さを保たなければなりません。
ご静聴ありがとうございました。皆様との議論を楽しみにしております。