国連安保理決議1540号のアジア太平洋地域における履行状況と課題

安保理決議1540委員会専門家グループ出向中)
松本洋氏(外務省軍縮・不拡散科学部 不拡散・化学原子力課 企画官)
一政祐行氏(防衛研究所 政策研究部 防衛政策研究室 主任研究官)
西田一平太(笹川平和財団 安全保障事業グループ 主任研究員)
安保理決議1540号とは
1540決議の特徴は、第一に非国家主体を対象とした枠組みであること。
第二に、国連憲章第7章の国際の平和と安全に対する脅威に対処する安保理決議のもとに設立されていること。第7章は通常、国家に対する制裁を中心に議論されるものです。核・ミサイル発射実験を行った北朝鮮等に対する制裁や、強化された平和維持活動(PKO)の議論等がそうです。一方、1540決議は制裁するのではなく、むしろ専門家グループによる各国に対する履行支援を盛り込んでいます。
第三に、不拡散レジームにおいておそらく唯一包括的なレジームであること。つまり、核、生物・化学兵器を統合したかたちで対処しようという取り組みであることです。
本日は、2018年4月より国連本部に出向し、1540委員会専門家グループのメンバーとして活動する田中さんに、活動内容やアジア太平洋地域における1540決議の履行状況について報告していただきます。さらに、外務省の松本さんに日本政府の取り組みを紹介いただき、軍備管理を専門とする一政さんからコメントをいただきます。
まず松本さん、お願いします。
日本の輸出管理の取り組みと決議1540

松本洋、茶野順子(笹川平和財団常務理事)、西田一平太の各氏(写真右から)
松本: 私は外務省で輸出管理レジーム、原子力供給国グループ(NSG)、ミサイル技術管理レジーム(MTCR)、ワッセナー・アレンジメント(WA)、オーストラリア・グループ(AG)を担当しています。
1540決議は非国家主体を対象とするものであり、国連加盟各国に履行状況を報告する義務を課している点でユニークな枠組みです。注目すべきは、非国家主体に対する輸出規制は、結局は懸念国に対する輸出規制、懸念国に渡る機微品目の規制につながるということです。日本政府としては、1540決議は特にアジア諸国に対して不拡散措置を求めていく上で重要なツールであるといえます。
アジアの多くの国では、輸出管理の法的かつ技術的な条件が整っていない状況です。日本にとって、こうした国々の能力構築や意識向上を図ることは重要な課題です。
その際に、二国間関係の中で輸出管理の重要性を訴えるのはなかなか難しい。というのも、発展途上にある国々からすれば、輸出をテコに経済発展を遂げていこうとする中で、輸出によって発展した日本をはじめとする先進国から、輸出規制を強いられることへの抵抗が強いからです。それに対して、輸出管理体制を整えることによって信頼度が高まれば、外国資本がもっと入ってくる、輸出の取引先が増える等、長期的にみれば経済的利益につながるのだと説明することに加え、安保理決議の要請という事実があるとはるかに訴えやすい。1540決議は重要な役割を果たしています。
2017年、日本は輸出管理や1540決議の履行に問題を抱える国への支援のために、国連に対して約100万ドルを拠出しました。これは例えば、東ティモールの履行報告書作成支援等に使われています。今後も田中さんとも連絡を密にしながら、こうした協力をしていきたいと考えています。

田中極子氏(写真左)と一政祐行氏
非国家主体への大量破壊兵器拡散防止のために
田中: 決議1540が採択されてから15年が経とうとしています。当初は画期的な決議として注目を集めましたが、時間が経つにつれて知名度が低下しています。そこで、まずは決議1540の概要について説明させていただきます。
すでにお二方が述べられたように、決議1540は非国家主体へのWMD等の拡散を防止するものです。国家への拡散は扱いません。この目的を達成するために、すべての国連加盟国は、WMD等の拡散を禁ずるための法的措置をとり、厳格な輸出管理を規定する法律を制定することが義務付けられています。
この決議が採択された背景には2001年の9・11同時多発テロ事件があります。さらにパキスタンの核開発者アブドゥル・カディール・カーン博士が築いた、核物質や技術を取引するネットワークである核の闇市場の存在が明らかになり、そこに輸出管理体制をもたない多くの国が関わっていたことがあります。
こうした脅威に対して2003年9月、ジョージ・W・ブッシュ米大統領は国連総会一般討論演説で安保理決議の採択を呼びかけました。その後決議案について交渉が重ねられ、2004年4月28日、国連憲章第7章に基づいて1540決議が全会一致で採択されます。
同時に決議の履行を促進し、履行状況を評価することを目的に1540委員会が設置されました。当初、マンデートは2年間でしたが、何回か延長を繰り返し、現在のマンデートは2011年4月に採択された決議1977に基づいています。その中で1540委員会のマンデートを10年延長して2021年までとすること、2016年と2021年に包括的レビューを実施すること、8名からなる専門家グループを設置すること等を要請しています。専門家グループは2012年6月に採択された決議2055によって9名に増員され、現在に至ります。
2016年12月に包括的レビューが行われた際に決議2325が採択され、その後5年間の重点項目、優先事項が明らかにされています。
国連加盟国の義務
義務事項は主文1~3に明記されています。
主文1は国連加盟国による政治的約束です。
その目的を達成するために、主文2で「適切で効果的な法律を採択し執行する」こと、つまり、決議の内容を国内法に落とし込むことを求めています。1540決議の内容の多くは、すでに発効している核兵器不拡散条約(NPT)、化学兵器禁止条約(CWC)、生物兵器禁止条約(BWC)と重なります。そのため、それらを国内法に落とし込むことで主文2の義務を果たしているとする国も多いのですが、それだけでは1540決議の内容すべてをカバーすることはできません。
主文3では、主文1、2で書かれていることを適切に実施するために国内管理を行うことを求めています。ここで重要なのは「すべての国は、関連物質に対する適切な管理を確立すること」。核兵器、化学・生物兵器にとどまらず、広く民間利用がある関連物質を対象としています。その具体的内容が(a)~(d)に列記されています。
(a)に「生産、使用、貯蔵または輸送において、使途を明らかにし、安全を確保する」とある。「使途を明らかにする」とは、関連物質の責任の所在を明確にするということです。企業等組織で関連物質を扱う場合に、その責任者や利用目的を明らかにすることが含まれます。
(c) (d)は輸出管理についてです。
一般的に、輸出管理というと物の管理が対象になりますが、1540決議では資金供与、資金および役務の提供に対する管理も含まれます。正規の金融取引であっても、テロリストに渡ることがないようしっかり管理することを求めています。
懸念国の輸出規制を可能にした決議1540
次に、決議1540の意義について述べますと、第一に、繰り返しになりますが、非国家主体に焦点を置いていることです。既存の条約では国家のみがWMD開発の意図および能力を持つものと仮定し、非国家主体は国内法において禁止対象となるのみでした。
第二に、運搬手段も対象としていること。運搬手段も既存の条約では法的拘束力を有する措置の対象となっていません。その国際的管理は国際的輸出管理ガイドライン(政治的拘束力)に基づく国内輸出規制によるものでした。
第三に、国際原子力機関(IAEA)、CWC 、BWCの義務を補完すること。資金・役務の提供、責任所在の明確化、安全確保、防護措置、国境管理、輸出管理、法執行を具体的に義務付けています。これらに加え、最も重要な意義は、輸出管理(安全保障貿易管理)体制の制定を義務付け、評価を促すきっかけになったことです。
これまでの既存の輸出管理レジームは、基本的には関連物質を供給できる国側がいわば紳士協定で行っており、いずれのレジームもメンバーは40カ国前後にすぎない。レジームのメンバーではない多くの国が、関連汎用品の製造・輸出を行っていたとしても効果的な輸出管理制度を整備しておらず、場合によっては野放しになっていた。それがカーン博士のネットワークにもつながったわけです。
決議1540によって、すべての国連加盟国は適切かつ効果的な輸出管理体制を制定し、その違反に対する罰則を設定、執行する法的義務を負うことになりました。これだけ迅速に、広範な国内体制の整備を義務付けられたのは、条約の交渉等ではなく国連安保理決議であったからだといえます。また実際、決議1540が採択された後、北朝鮮やイランに対する輸出規制を科す制裁決議が採択されています。各国による決議1540の履行があって、輸出規制が可能になったといえるでしょう。

会場からは中国、北朝鮮の決議履行状況などについて質問が出された
決議1540の履行状況
2016年の決議1540全体の履行状況は48%です。地域別にみると、東欧、その他欧州(西欧とアメリカ、カナダ)は比較的高い。欧州連合(EU)が輸出管理をしっかりやっているので、欧州のほとんどの国は輸出管理体制ができている。一方、日本も含まれるアジア太平洋地域の履行率は約41%。アジア太平洋のほか、アフリカ、ラテンアメリカもまだまだ履行を進めなければいけない状況です。
特にアジア太平洋の主文3(a)(b)の履行状況は33%とかなり低いです。法整備がなされていても、罰則規定が伴っていない国も多いです。ただし、ASEAN諸国に対しては、EUがCBRNE(化学・生物・放射性物質・核の総称)対応に力を入れて支援をしているので、2021年に決議1540の履行状況を評価するときには、履行率が少し伸びそうです。
主文3の(c)(d)の国境管理についても、東欧、その他欧州と比して、アジア太平洋、アフリカ、ラテンアメリカはかなり履行状況が低い。
輸出管理の法整備となると、より履行状況は低下します。輸出管理は通過(積み荷を積載したままでの一時的寄港)や積替えも対象になります。これらに対する法整備は多くの国で進んでいません。また、規制リストの作成やエンドユーザーコントロール、そしてキャッチオール規制等において履行状況が低いです。
新たな課題
特にいま大きな問題になっているのは、無形技術移転(Intangible Technology Transfer: ITT)のコントロールです。無形の技術や情報を管理するのは困難です。
特に大学や企業での研究者や研修生に対する技術移転をどのように管理するかということに関心が高まっています。ITTの管理については、多くの国が模索している状況です。
2016年末に採択された決議2325においても、今後5年間で優先すべきこととして「拡散リスクの発展や科学技術の急速な進展に考慮すること」をあげています。また、「いっそうの注意を必要とする」項目として、法執行措置に加え、拡散金融措置と関連物質の責任所在および安全確保、輸出および積替えの管理に焦点をあてています。
国際規範が内面化された
一政 核不拡散や核セキュリティの研究に携わってきた立場からコメントします。
2004年に1540決議が採択されたとき、安保理のわずか15カ国が国連憲章第7章に基づき法の欠缺(けんけつ)を埋めて国連加盟国を拘束する国際立法をしたことは、当時、関係者の間で話題になりました。しかし、国連憲章第7章に基づくといっても、履行状況報告書を提出しないと罰則が科されるわけではない。採択当時は一部で「安保理の横暴だ」という国もありましたが、時間の経過とともにそういった国々も履行報告書を提出するようになった。国際規範が内面化されたことはひとつのポイントです。
1540委員会の意義として、国家間の義務を緩やかに規制しつつ、ピアレビューの機能を持たせたことで、加盟国の履行状況を「みえる化(可視化)」したことは重要です。
その後、多国間でのWMDテロ対策の議論で頻繁に言及されてきた1540決議ですが、1540委員会の活動は、実は外からはあまりよく分からない状況にあるのではと思います。公開されているデータによると、専門家グループが関わるワークショップや能力構築のための会議等のイベント活動は、2010~15年で毎年40~60件程度。国の履行行動計画(NIAPs)に基づく支援の提供は2010~16年で18カ国と2つの地域機構のみ。オフィシャルビジット、つまり国から要請を受けて訪問し、具体的な支援内容について現場の担当者とダイアログする機会は2012~16年で14カ国だと報告されています。
履行状況が低く、能力構築支援が必要な国はまだ多く存在する中で、これはやや低い数字といわざるをえないのではないでしょうか。1540委員会専門家グループのメンバーは9名とリソースが限られています。それをうまく活用して、まずは各国の関心を惹起する。そしてオフィシャルビジットなどの機会を地道に増やすことが課題といえます。
長きにわたる取り組みを維持するために
最近、特に先進国ではCBRNEへの対応強化など、WMDテロへの関心が高まっています。でも一部の専門家からは、主要国の大都市で、例えばキノコ雲が上がるような核テロ事件はこれまで幸いなことに起こっていない。それなのに、コストがかかる対策は本当に必要なのか、という懐疑的な意見も出はじめています。評価が難しい部分もあるかもしれませんが、正しい脅威認識をしっかりと共有することは、長期にわたる国際的な対策を続けてゆく上で重要であり、これは1540委員会の取り組みを考える上でも同じことが言えると思います。
例えば、核物質やその他の核分裂性物質の不法移転について、IAEAは移転事案データベースを1995年から作成しています。締約国が報告した不法移転などの事案は、2018年末時点で総計3374件だと報告されています。こうした事案の中には、その後も当事国が回収できなかった核物質や放射線源等も一部含まれているのですが、これらがいつ、どこで、どういうかたちで使われるのか、誰がそれを買っているのかを明らかにするのが非常に難しいわけで、1540委員会の活動へのニーズはやはり引き続き高いということを申し上げたいと思います。
同時に、脅威の本質が技術発展とともに移り変わっている側面も指摘されています。たとえば、分散型台帳技術、ブロックチェーン技術に裏付けられた仮想通貨の普及がテロ資金の流れをたどる取り組みを非常に難しくしています。ただ、問題意識をもって、そこにあえて踏み込むケースもあります。米国議会は2017年に、ビットコインとテロとの関連性について国土安全保障省に報告のとりまとめを要請しました。英国では2018年に、仮想通貨取引の際に身元開示を求めるルールづくりを検討していることが報じられています。
また、1540委員会が唯一WMDテロ対策に関する包括的な取り組みを進めていくことに対して、いろいろな議論があります。核や放射線はIAEA、化学は化学兵器禁止機関(OPCW)といったように、従来からある個別の専門機関や関連する国際的枠組みの取り組み等だけでは網羅的な対策が難しいということを、いかに加盟国にアピールするかが重要です。
いずれにしても、どうやって長きにわたる取り組みを維持していくかということは大きな課題です。1540委員会の取り組みが15年維持されていることは高く評価すべきです。ただ、終わりのない取り組みゆえ、いずれ息切れする部分も出てくるかもしれません。それに対して、たとえばIAEAでこの10年ほど強調されているのは、セーフティ・アンド・セキュリティ・カルチャーが大事だということです。各国の規制当局だけが脅威や対策の必要性を認識しているのでは不十分であり、関係各機関、そして各事業者の現場から経営層まで、安全やセキュリティにかかる措置をきちんと履行する「文化」を醸成しなければならないというところまできている。それと同時に、各国ハイレベルが参加するような大規模な国際会議を定期的に行い、政治的な関心を惹起する、あるいは市民社会やメディアの力もかりて、定期的にモメンタムを引き上げていくワークショップなどの取り組みを行うことも必要だと思います。
日本の拠出100万ドルの使途
西田: ここから質疑応答に入ります。
――日本の1540決議の履行状況をどう評価されていますか。
田中: 日本の履行状況はかなり高いです。なお、1540委員会に与えられているマンデートは、法律の有無を確認するのみで、どの程度その法律が効果的かまでは評価対象ではありません。
――中国、北朝鮮に対する評価はどうなっていますか。
田中: 1540委員会の履行評価は各国自らの評価に基づき、法律の有無を確認することですので、中国の履行状況もかなり高いです。
北朝鮮は、一度も報告を出していません。1540委員会は、加盟国からの要請に応じてのみ支援を行えますので、北朝鮮は放置されている状況です。
――多くの国から支援要請を受ける中で、予算はどう振り分けられているのでしょうか。
田中: 1540委員会の支援の仕組みは、まず加盟国が1540委員会議長に対して正式に支援要請をします。その数がここのところ少しずつ伸びてきています。要請があったときには、優先順位付けをすることなくすべて支援しています。その予算は、国連の通常予算には含まれておらず、各国からの拠出金によって賄われています。
松本さんのお話にあったように、2年前、日本は100万ドルを拠出しています。日本はアジア地域での促進に使用したいという意向があるので、アジア地域からの支援要請があると、日本の拠出金を使ってよいかという話をする。アフリカ地域には欧州が、中南米地域にはアメリカ、カナダ等が積極的に支援しています。いまのところ、予算不足で支援できないという事態にはなっていません。とはいえ、予算はかぎりがあるので、支援を要請する国と同時に、支援を提供できる国にもアウトリーチして、予算や技術の支援提供を呼び掛けています。
アジア太平洋地域への関心は高い
――金融取引に関して、アメリカでは域外適用的な法律ができていて、ほかの国はそれにまったく対応できていません。そういう状況の中、国内法をつくって1540決議との整合性を図っている国はあるのか。
田中: 金融は難しい分野です。1989年のG8サミットの経済宣言により設立された金融活動作業部会(Financial Action Task Force : FATF)があります。マネーロンダリング対策やテロ資金対策等における国際的な協力推進を行う政府間機関です。ここが決議1540の履行についても勧告を出しています。こういったかたちで決議1540についての履行も進められています。
――2017年、日本は1540委員会の活動に対して100万ドルを拠出したということですが、インド太平洋構想の中で、日本がより能動的に不拡散のレジームへの貢献をしていくという方向性はあるか。
田中: アジア太平洋地域は世界の輸出量の大半を占めており、市場が広がっていく場所である。原子力発電の市場も拡大しています。1540委員会や専門家グループの中でも関心が高い地域です。今のところ、ASEAN諸国から正式な支援要請がきたことはないのですが、アウトリーチを積極的に行って、支援要請をしてもらう方向にもっていきたいと考えています。
一政: 核テロへの対策に限定していうと、外的要因があれば取り組みが進むということは、一般的傾向として各国で見られると思います。たとえば、オバマ政権時代、米国で2年に1度核安全保障サミットが開催されました。そういった場で日本は、IAEAの勧告に対して国内法整備から履行支援までしっかり対応していることを、すみやかにアピールできました。
西田: 本日は貴重なご議論をありがとうございました。