11月24日から発生したソロモン諸島における騒乱は、反政府運動と呼んでも良いと考えますが、ソガバレ首相の不信任動議に繋がり、12月6日の採決の結果、賛成15、反対32、棄権2で否決されました。
海外メディアの多くは要素のひとつである中台関係に焦点を置きますが、深いところにはマライタの人々およびマライタ州政府の中央政府に対する不満があると言えます。仮に、今回の暴動がきっかけとなり政府が転覆するとなれば、それは革命あるいは2000年にフィジーで発生した文民クーデターを想起させる民主主義に反する出来事となったはずです。
仮に、首相に明確な違法行為や犯罪行為などがあり、騒乱のきっかけとなったのであれば、不信任案に賛成する議員も増えたかもしれませんが、不信任動議の理由が今回の騒乱を招いた首相の責任を問うというものであれば、根拠として弱い。議会では正当な判断がなされたと言えます。
次に、特に海外の報道やSNSなどで、「マライタ州の独立」と先走る言葉が目に付きますが、国際法上の法的根拠は何処にあるのでしょうか。
いくつか地域における事例を見てみましょう。
(1)ニューカレドニア
まずはニューカレドニア。戦後、世界中の戦勝国が統治する植民地が国連非自治地域リストに掲載され、1960年に出された国連植民地独立付与宣言以降、それらの植民地が独立あるいは一定の自治権を有しつつ宗主国の一部に組み込まれていきました。
ニューカレドニアは1947年に同リストから外されましたが、先住民カナックの人々を中心とする独立運動を受け、地域の支援もあり、1986年に同リストに再掲載され(カナック社会主義民族解放戦線(FLNKS)もメンバーとなるメラネシアン・スピアヘッドグループも同年に設立)、1988年にFLNKS、独立反対グループ、フランス政府の間でマティニオン合意が結ばれ自治権拡大、10年後の1998年にヌーメア協定が結ばれ、さらに20年後の2018年から独立に対する住民の意思を問う住民投票を3回行うことが取り決められました。ニューカレドニアについては根拠となるのがヌーメア協定であり、国連非自治地域リストに掲載されていることから、国連の監視対象となっており、住民投票の結果を受け、その後の自治レベルに対する調査がなされると考えられます。十分に自治権が付与されているとなれば、同リストから削除されることになるでしょう。戦後処理過程の一つと見ることができるかもしれません。
1960 植民地独立付与宣言
1986 国連非自治地域リスト再掲載
1988 マティニヨン合意
1998 ヌーメア協定
2018 第1回住民投票
2020 第2回住民投票
2021 第3回住民投票
(→自治形態の取り決め交渉に移るのか?)
(2)パプアニューギニア
パプアニューギニアのブーゲンビル自治州については、同地域がもともと北ソロモン諸島であり、民族的にはパプアニューギニアとは異なりますが、戦後、ニューギニア島とは離れた形で、豪州が施政権を有する信託統治領となりました。単独で非自治地域リストには掲載されておらず、1975年にパプアニューギニア独立の際に同国に組み込まれた形となりました。これに対し、ブーゲンビルの独立運動が発生し、1988年にブーゲンビル内戦に発展。2万人を超えるともいわれる犠牲者を出し、1998年、豪州、NZ、国連が介入して集結、2001年にパプアニューギニア中央政府とブーゲンビル代表の間でブーゲンビル和平合意が結ばれ、国連安保理に提出されました。同合意では、自治権の拡大、将来の住民投票、武装解除が取り決められています。そして、和平合意に基づき2019年に住民投票が行われ独立賛成が98%を超えました。
この結果を受け、ブーゲンビル自治州政府とパプアニューギニア政府の間で政府間協議が始まっているところです。いずれ、パプアニューギニア議会が決定を下すことになりますが、国際社会という視点では、和平合意が提出されていることから国連がモニタリングすることになるでしょう。ニューカレドニアとの違いは、パプアニューギニアの一部として独立した時点で、旧宗主国からの独立は達成していることにあります。現在は、和平合意に基づき、旧宗主国から独立したパプアニューギニアからの分離独立を求めているという状況です。
1975 パプアニューギニア独立
1988 ブーゲンビル内戦勃発
1998 豪、NZ、国連の介入で内戦終結
2001 ブーゲンビル和平合意
2019 住民投票 賛成98%超
2021 パプアニューギニア政府、ブーゲンビル州政府の政府間協議開始
(→2025年から2027年の間に独立を目指すという報道もあり)
(3)ソロモン諸島マライタ州
さて、今回のマライタ州についてはどのような根拠があるのでしょうか。
今回の記事では、2000年10月15日に締結され国連に提出された
Townsville Peace Agreement(TPA, タウンズビル和平合意)が取り上げられています。
内容を確認してみると、その和平合意はブーゲンビルのようにマライタ州の独立を求める騒乱や内戦を終結させたものではありません。
1998年、ガダルカナル島に移住してきたマライタの人々(約2万人)が同島の土地の権利を確保するようになったことに対してガダルカナルの人々の不満が高まり、ガダルカナルの人々とマライタの人々の間で対立がエスカレートし、部族紛争に発展しました。当事者は、マライタの武装グループであるMalaita Eagle Forceとガダルカナルの武装グループであるISATABU FREEDOM MOVEMENTであり、両者は警察などを襲撃し武器を調達したとあります。
タウンズビル和平合意(TPA)は、豪、NZ、国連が介入し、Malaita Eagle Force、ISATABU FREEDOM MOVEMENT、ソロモン諸島政府(国)、マライタ州政府、ガダルカナル州政府の5者により、部族紛争を治め和平と調和の実現を目的として締結されたものです。マライタ州独立運動を治めたものではありません。
同和平合意では、武装解除や開発の分配などに加え、「PART FOUR POLITICAL AND SOCIO-ECONOMIC ISSUES」の「[1]Political Issues」に今回のスイダニ首相が根拠としているとみられる記述があります。同項目の(a)では、人口増加に対応するため、憲法改正により
マライタ州およびガダルカナル州の人々により強い自治権を与えるべきとしています。同(b)では和平合意後28日以内に、中央政府はより強い自治権付与のための憲法改正に向けた憲法評議会を設立するものとし、同評議会が議会に憲法改正を勧告するとしています。
今回のスイダニ州首相の演説では、この和平合意に関し21年間何も進んでいないとしていますが、それは独立のための協議ではなく、より強い自治権を付与するための憲法改正についてということになるでしょう。また、同和平合意における自治権の拡大については、マライタ州とガダルカナル州の両州が対象となっており、あくまでも国の中の地方自治体の自治権というニュアンスが強いと考えられます。
これらのことから、筆者としてはヌーメア協定やブーゲンビル和平合意に比べ、このタウンズビル和平合意(TPA)はマライタ州の独立に繋げるには根拠として弱い印象を受けました。繰り返しになりますが、もともとTPAは独立運動を背景として結ばれた和平合意ではなく、あくまでもソロモン諸島という国の中での自治権強化に留まっています。人口の増加に応じた州の自治権強化のための憲法改正を進めようとするものであり、Self-governingという言葉を独立に直結させるには飛躍があるのではないでしょうか。そのため、スイダニ州首相はこのTPAをマライタ州独立に向けた国との合意に発展させなければならず、同和平合意を受けた国連に調査を求めているのだと考えられます。
国連は独立運動ではなく部族紛争を終結させた和平合意に基づき、現地をモニタリングする権利はあるようですが、調査として可能なのは独立というレベルではなく、部族紛争の原因の一つとなっていた州の自治権の発展度合いとなるのではないでしょうか。また、国が憲法評議会を設置し、しかるべく憲法改正が行われたのかどうか、確認することは可能でしょう。
スイダニ州首相としては、国連による調査で住民の独立意識が高いことを確認することで、TPAを独立に向けた住民投票に繋げる国との協定締結などにステップアップさせることを考えていると思われますが、ソガバレ政権がこれに応じることは考えられません。
簡単に独立という言葉が使われますが、マライタについては、現状、国際法上の法的根拠は弱いのではないでしょうか。
1998 マライタ・ガダルカナル部族紛争
2000 タウンズビル和平合意(武装解除、両州の自治権強化への憲法改正勧告、社会経済開発)
2021 暴動
2022 国連による調査?→独立に向けた何らかの合意?
仮にマライタ州が独立する場合、台湾にとっては承認国が1つ増えることになりますが、ソロモン諸島は中国と外交関係を維持するでしょうし、地域の不安定要素が増えるだけで地域秩序を担う豪州や米国にとってメリットがあるとは考えられません。
今回取り上げた記事では、スイダニ・マライタ州首相の演説だけではなく、国の立場にある教育大臣のコメントが紹介されていますが、教育大臣の示唆している内容についても注目すべきでしょう。