ブーゲンビル自治州大統領、選択肢は独立のみ

(2021年2月26日、ABG GOVT/PACNEWS)

【抄訳

ブーゲンビルのイシュマエル・トロアマ大統領は、同自治州を主権独立国家にするという固い決意のもと、パプアニューギニア政府との共同協議会の準備を進めている。ブーゲンビル議会は、大統領の強気な発言で幕を開けた。
 
トロアマ大統領は、「ブーゲンビルが直面するいかなる困難や逆境にも、屈することはない。なぜなら、我々は難局においてもこのために戦い続け、住民投票で97%が支持したことだからだ」と宣言した。
 
「議会の指導者たちは、ブーゲンビル内外からの批判があっても、独立を目指すという自分たちの決断を固守しなければならない」
 
トロアマ大統領は、「あなた方全員に求めるのは、政治レベルでの連帯と団結を維持することだ。そうすれば、有権者にも広がっていくだろう」と述べた。
 
「この政府は、批判を受けながらも、わずか数か月で、ブーゲンビルの前進に大きく寄与した。独立に向けての道を切り開く上で、多くのことを成し遂げたのだ」
 
「独立に向けた道のりにおいて、この名誉ある議会が、私を、あなた方の大統領として支える姿勢でいてくれることに感謝している」
 
ブーゲンビル自治政府(Autonomous Bougainville Government、ABG)は、共同協議会及び中央政府における住民投票結果の批准に向けた準備を進めており、住民投票後の政治的やりとりの大部分は、現在、ABGによって行われている。
 
ABGはすでに協議チームを発足しており、中央政府のカウンターパートに対して提案する議題も確定している。
 
トロアマ大統領はまた、ブーゲンビル和平合意施行にあたってのパプアニューギニア政府のコミットメントについて、ジェームス・マラペ首相に感謝を伝えた。トロアマ大統領とマラペ首相の相互理解により、ABGと中央政府の両者が、ブーゲンビルの自治に関する対応において、より協力的な姿勢を見せてきた。
 
2月初めに開催された、直近の合同監督機関(JSB)会合は、両政府のこの新たな関係性を明確に示すものであった。
 
(訳:立入瞳)
 

【解説】
パプアニューギニアのブーゲンビル自治州は下記笹川平和財団太平洋マップの赤い円のところに位置し、(国としてではない)ソロモン諸島北部のブーゲンビル島を中心に、複数の島嶼部からなります。人口は約30万人(PNGの人口の約3%)、面積は四国の半分ほどです。民族としてはソロモン系と言えばよいでしょうか。同自治州には、1989年に内戦により操業が停止した、世界有数の銅の埋蔵量を誇るパングナ鉱山があります。

Pacific Map and Bougainville

太平洋島嶼地域では、第一次世界大戦および第二次世界大戦を経て構築された戦後秩序の、最後の整理が残っている地域があります。例えば、国連非自治地域リストには、2021年現在もニューカレドニア(仏)、仏領ポリネシア、グアム(米)、米領サモア、トケラウ(NZ)、ピトケアン諸島(英)が残っており、いずれかの時点で住民が自治の形態を選択することになります。
 
しかし、この記事にあるブーゲンビル自治州も、インドネシア領の西パプアも、すでに旧宗主国から住民に自治権を返しているため、国連非自治地域リストには含まれません。それぞれパプアニューギニア、インドネシアの国内問題であり、何らかの事象が発生しない限り、国際社会は介入できません。
 
ブーゲンビル自治州の歴史を見てみましょう。
 
ネットなどで調べていただくとすぐに地図が見つかりますが、第一次世界大戦前のニューギニア島および現在のパプアニューギニアを見ると、ニューギニア島の西半分がオランダ領、右半分の北側が独領、南側が豪州領でした。
 
第一次世界大戦がはじまると、日本がドイツに宣戦布告し、独領のミクロネシア地域を占領したように、豪州は独領ニューギニアを占領しました。そして1920年、やはり同様に、独領ニューギニアはベルサイユ条約の下、国際連盟の枠組みで豪州が施政権を持つ委任統治領となり、第二次世界大戦後には豪州が施政権を持つ国際連合における信託統治領の一部となりました。そして、その信託統治領は1975年、現在のブーゲンビル自治州を含めたまま、パプアニューギニア独立国として独立しました。
 
しかし、1988年、パプアニューギニア軍、ブーゲンビル革命軍(BRA)、その他の現地グループによるブーゲンビル内戦が発生しました。この内戦は1998年まで約10年間続き、犠牲者は2万人近くにのぼると言われています。その後、NZ、豪州、国連が介入し内戦は終結、2001年8月に自治権、住民投票、武装解除の3本柱からなるブーゲンビル和平合意がパプアニューギニア独立国政府とブーゲンビル住民代表団の間で結ばれ、国連安保理に提出されました(https://peacemaker.un.org/sites/peacemaker.un.org/files/PG_010830_BougainvillePeaceAgreement.pdf)。この結果、ブーゲンビル自治州が誕生し、将来的に独立を問う住民投票を実施することが約束されました。なお、ブーゲンビル和平合意に基づき、独立を含むブーゲンビルの政治的地位に関する住民投票の結果は、パプアニューギニア議会での批准が必要とされています。
 
本来、2015年までに実施されるはずであった住民投票でしたが、ようやく2019年11月末から12月に実施され、本記事によれば97%を超える住民が独立に賛成票を投じました(当時の現地報道では約98%)。ちなみに選択肢は、独立か自治権の更なる強化の2択だったそうです。
 
住民投票の結果は、2019年末にブーゲンビル自治州政府からパプアニューギニア政府に提出されましたが、まだパプアニューギニア議会には提出されていません。本来であれば、政府への提出後、共同協議会を開催し、独立までのロードマップを作成した上で、パプアニューギニア議会へと平和的な独立プロセスが進むのでしょう。しかし、2020年3月時点で、コロナ禍とブーゲンビル自治州選挙のため、共同協議会が延期とされていました。
 
2020年8月、新型コロナウイルスに対する非常事態宣言が出される中、ブーゲンビル自治州の大統領・議会選挙が実施されました。この時、再選を狙っていたジョン・モミス同自治州大統領は、同自治州裁判所の判断で出馬が認められませんでした。そして、約1か月後の同9月末、トロアマ元ブーゲンビル革命軍(BRA)司令官の勝利が確定し、トロアマ大統領が誕生しました。
 
トロアマ政権誕生後は、パングナ銅鉱山再開に向けた動き、黒魔術に対する懸念、女性の政治参画、伝統的権威の尊重、南部に国境(海上)を接するソロモン諸島との人の動向や漁業問題、同自治州和平合意局の独立ミッション局への改名といったニュースが続く中で、今回の報道がありました。コロナ禍もあり、パプアニューギニア政府とブーゲンビル自治州の対話は進んでいないようです。
 
さらに、パプアニューギニアでは深刻な事態が進行しています。新型コロナウイルスの感染爆発です。
 
Radio New Zealandの過去記事を辿ると、2020年12月17日時点で、同国の新型コロナウイルス感染者数は累積で760名でした。その後、本年2月1日に867名、同2月12日に922名、同3月2日に感染者数1,365名、死者数14名、同3月22日感染者数3,085名、死者数36名となり現職議員も犠牲となりました。そして、ジョンズ・ホプキンス大のデータ(https://coronavirus.jhu.edu/map.html)によれば、4月1日時点の感染者数5,991名、死者60名と爆発的に増加しています。ブーゲンビル自治州も例外ではなく、感染者数が増えているようです。まるで1年前の世界の状況が、遅れてパプアニューギニアに訪れているかのようです。
 
パプアニューギニアは太平洋島嶼国とするにはあまりにも大きな国であり、人口も900万人を越えます。コロナ禍の前には、肺結核で年間4,000人以上が犠牲になっているという報道もありました。
 
ブーゲンビル自治州の独立プロセスも重要ですが、まずは、始まったばかりの新型コロナウイルスの感染爆発を収束させることができるのかどうか、死者数を抑えることができるのかどうか、気になるところです。
 
(塩澤英之主任研究員)

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