太平洋島嶼国の多くは、自国産業の少なさから常々新たな歳入源を探しています。例えば、信託基金、便宜置籍船、タックスヘイブンによる外国企業の誘致、カジノ、高額の直接投資を条件とする優先的な市民権授与などに加え、容易な外貨獲得手段として市民権やパスポートの販売という話が出ることがあります。ただし、市民権やパスポートの販売は、国際社会における国の評価を落とすリスクが伴うため、平時には検討すらされないものです。
例えば、近年ではバヌアツが2015年のサイクロン・パムによる大規模災害をきっかけにパスポート付与を伴う名誉市民権を1件当たりおよそ13,000米ドルで販売するようになりました。主なターゲットは中国人であり、香港にあるバヌアツ事務所が窓口となっています。昨年9月のRadio New Zealandによる報道では、2020年、バヌアツ政府は8月中旬までにおよそ8,460万米ドル(約100億円)を売り上げました。年間12,000万米ドルを超えるペースであり、これは名誉市民権販売前の同国GDPの約14%、政府歳入の約55%に相当します。
筆者は、知人の繋がりで、英国在住の中国の方で、一度もバヌアツを訪問したことがないままバヌアツ・パスポートを所持し使用している例を耳にしたことがありますが、これが国際法上認められることに疑問が残りました。パスポート販売は国の信用や品位に関わる問題でもあり、かつてパスポート販売を行った太平洋島嶼国では、さまざまな要因によりこれを取りやめています。
見方を変えれば、現在のコロナ禍は太平洋島嶼国各国にとり非常事態であり、事態が長期化するにつれて、経済危機および財政危機に対応するために、なりふり構わずあらゆる財源を探さなければならない状況にあるのかもしれません。
さて、ここで改めてツバルについて確認していきましょう。
ツバルはギルバート・エリス諸島の一部として1915年に英国の植民地となりました。戦後、1975年にエリス諸島として分離し、1978年にツバルとして独立、ギルバート諸島は1979年にフェニックス諸島、ライン諸島、バナバ島と共にキリバス共和国として独立しました(例えば、外務省ツバル基礎データ:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/tuvalu/data.html#section1)。
ここから先は、IMFによる2012年および2018年の4条協議レポートを参考に解説していきます。
ツバルの人口はおよそ11,000人、2017年速報値で、名目GDP5,300万豪ドル(約46億円)、政府歳入5,100万豪ドル(約44億円)、歳出6,600万豪ドル(約57億円)、政府支出の対GDP比が126%という不思議な経済構造を有しています。
ツバルの財源は、所得税を中心とする税金の他に、入漁料収入2,600万豪ドル(約23億円)、,tvドメインライセンス料800万豪ドル(約7億円)となります。これに加え、歳入とは別に開発パートナーによる援助が年に1,000万~2,000万豪ドル(9~18億円)があります。さらに、信託基金が設置されており、世界市場が好調な場合には運用益を歳入に加えることができます。
このようにツバルの財政およびGDPは規模の小ささゆえに、入漁料収入、世界市場、そして開発パートナーの援助額に大きく影響されます。
入漁料収入について見てみましょう。1982年に署名されたナウル協定を基盤に、マグロ・かつお資源の管理と経済活用を目的として、2010年、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、キリバス、ナウル、ツバル、ソロモン諸島、パプアニューギニアが合意し、マーシャル諸島にナウル協定締約国グループ(PNA)事務局を設置しました。現在、トケラウも加盟しています。
PNAは多くの改革を行っていますが、特にそれまで漁業国が主導してきた入漁料価格の仕組みを隻日法(VDS, Vessel Day Scheme)の導入により沿岸国主導に変えたことで、地域経済に変化をもたらしました。VDSが本格的に導入されたのは2012年といえますが、2016年には入漁料の販売単価がVDS導入前に比べて4倍に拡大しました。
ツバルの場合、例えば2008年の入漁料収入は840万豪ドル(約8億円)、政府歳入が2,680万豪ドル(約24億円)であったところ、2013年にはそれぞれ1800万豪ドル(約17億円)、3,400万豪ドル(約30億円)に、2017年には2,600万豪ドル(約23億円)、5,100万豪ドル(約44億円)となり、10年間で入漁料収入が約4倍、政府歳入が約2倍に増加しました(年平均7%の成長)。
信託基金についても見ていきましょう。ツバルは1987年、豪州、ニュージーランドの出資で2,700万豪ドルのツバル信託基金(TTF)を設置しました。日本、国連開発計画(UNDP)、台湾も追加出資をしています。
このTTFですが、運用は豪州の民間会社が担っており、ツバル政府は同基金から資金を引き出すことはできません。運用による市場価格(Market Value)が毎年設定される原資にあたる維持価格(Maintained Value)を越えた場合にのみ、差額が連結投資基金(CIF)に移されます。ツバル政府は必要な場合、このCIFから資金を引き出すことになります。さらにツバル政府は2015年、気候変動の影響削減と災害対応を目的としたツバル・サバイバル基金(TSF)を設置しましたが、まだ十分に活用されていないようです。
TTFは、2007年以降、リーマンショックにより4年にわたりマイナス運用が続いたものの、2012年以来回復基調に転じ、2017年時点でGDPの333%にあたる17,500万豪ドル(約150億円)にまで規模が拡大しています。
先進国や台湾の人々の多くは、大金を払ってまで他国のパスポートを購入するとは考えられません。今回のツバルにおけるパスポート販売のターゲットは、間違いなく中国の人といえるでしょう。また、最近は、ツバル政府が財政の安全を確保するためにブロックチェーン技術の導入を望んでいるとの報道もありました。
コロナ禍により、太平洋島嶼国はそれぞれ財政危機や経済危機に直面しています。そして、このような非常時には、透明性や説明責任を軽視し、平時には支援を求めないような相手との繋がりが構築されることがあります。
ツバル政府の中で、何か変化が起こっているのかもしれません。