Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第548号(2023.06.05発行)

超音波による深海底堆積物中の底生生物調査

[KEYWORDS]超音波/堆積物/海底観測機器
東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授◆水野勝紀

堆積物中に生息する底生生物の3次元的な分布を高周波の超音波を応用して非接触で効率的に調査できる機器を開発し、深海底において実証試験を実施した。
これまで把握が困難であった海底面下に生息する底生生物の分布や生態が明らかになり、人間活動や気候変動が底生生物に与える影響や水産資源の分布などを理解するための新しいツールとして役立つと期待される。

海底堆積物の中は謎だらけ

春から初夏にかけてハイシーズンを迎える「潮干狩り」。毎年、楽しみにされている方は多いのではないか。潮干狩りの魅力のひとつは、貝がどこにいるのか見当をつけることが難しく、期待と不安が入り混じる中でお目当ての貝を掘り当てたときの何とも言えない嬉しさであろう。しかしながら、近年では、潮干狩りや貝採集を禁止するエリアが散見され、採貝漁業者の頭を悩ます事例が増えている。資源保護の観点から、貝がどこに、どれくらいいるのかを把握することが重要であるが、それはたやすい話ではない。
また、海底には水産資源としての貝以外にもさまざまな生物(以降、底生生物とする)が生活をしている。普段、我々の目に留まることは少ないが、底生生物は沿岸から深海まで至る所に生息し、生物多様性の維持や食物連鎖、巣穴を通じた物質の循環など、地球環境に大きな影響を与えていることが知られている。その一方で、分布や生態については情報が少なく、特に、砂や泥に潜った状態で生息する埋在性底生生物については謎だらけである。

環境影響評価の難しさ

最近の研究によって、底生生物は人間活動や気候変動などによる海洋環境の変化(海洋酸性化、富栄養化、貧酸素化、汚染など)に対して非常に多様な反応を示すことが明らかになってきている。しかしながら、利用可能なデータは限定的であり、短期的・長期的な影響を評価するためには、生物多様性、その量的分布、さまざまな種の生態に関するデータが不可欠である。
底生生物の多くは海底下(堆積物中)に潜って生活しており、個体数の把握やその行動観察は困難であるため、必然的に調査には時間やコストを要する。特に、深海海底などにおいては調査コストが非常に高くなる。従来の底生生物の調査によく用いられる採泥器(グラブサンプラーやボックスコアラーなど)によるサンプリング調査では、密度が低い大型の底生生物を定量化するための十分なサンプリング面積がなく、また、生息域を乱す破壊的な方法であるため、種の生態的な情報を得にくい。そのため、底生生物の生態を把握するための有効な手段の一つとして、さまざまな水環境を模擬した人工的な飼育下において、3次元コンピュータトモグラフィー(CT)などを用いて堆積物中の底生生物の行動を定量化する試みがなされており、数々の成果が得られているものの、それらの手法は実際のフィールド調査への適用が困難であるという課題が依然として残っている。つまり、底生生物の活動を、非侵襲的に、生体を傷つけないようにその場で観察・定量化するための技術開発が求められている。

深海底で音響による底生生物の調査に挑戦

そのような背景のもと、筆者らの研究グループでは、堆積物中を詳細に把握するための高い分解能と、生態モニタリングに必要不可欠な高い再現性を備えた、現場型の堆積物中3次元音響可視化システム(3次元音響コアリングシステム)を開発した。医療分野で用いられている超音波診断装置から着想を得ており、超音波を利用することで、人間の体内を視るように堆積物中を非侵襲的に把握しようとするものである。特徴は、高い周波数(500kHz)の音波を集束させて極めて細い音響ビームを形成し、面的に密なサンプリング間隔(2mm)で計測を行うことで、高解像度な3次元の音響画像を得ることができる点であり、水深2,000mまで使用可能である。また、システムを構成する主要部品は全て国産であり、設計、開発、解析まで一貫して行っている。
数々の予備試験を経て、2021年には、(国研)海洋研究開発機構が所有する有人潜水調査船「しんかい6500」にシステムを搭載し、相模湾西部の深海(水深851~1,237m)に広がるシロウリガイコロニー周辺において、その実証試験を実施した(図1)。計測対象としていたシロウリガイの幼体は、成体と違い、殻が完全に海底下に潜った状態で生息するため、これまで光学カメラなどでは確認することが困難であったが、本実証試験において、高周波の超音波を用い、幼体を含む約17個体のシロウリガイの空間分布とそのサイズを非侵襲で可視化・定量化することに世界で初めて成功した(図2)。

■図1 3次元音響コアリングシステムを用いた計測の様子
©JAMSTEC
■図2 再構成された音響画像

テクノロジーとサイエンスのフロンティアとして

「海底下の環境情報を音響的に捉えたい」という思いで、堆積物中における特徴的な音響特性を把握しながら、海底下の環境調査に適するシステムを設計・開発し、実際のフィールドにおいてデータを取得できる段階まできた。
テクノロジーの観点からみると、世界的にも類をみないコンセプトで国産の機器開発を推進しており、国内技術の発展のみならず、当該分野の技術開発において世界を牽引するものと期待している。サイエンスの観点からは、これまで得ることが困難であった情報を得られるようになることで、新たな知見が確実に蓄積され、議論が発展していくであろう。しかし、自然、生物を計測対象としているため、依然として実験室とフィールド間の差は大きく、そのギャップをいかにして埋めていくのかが、今後重要なポイントになってくる。そのためには、理論に基づく、より精度の高い設計手法の確立や、深海を含む異なるフィールドにおけるデータの取得、また種ごとに異なる音の反射情報の有効な利用方法についても議論を進めなければならない。また、調査目的やシーンによって、調査方法や計測プラットフォームを最適化する必要がある。
このように、まだまだ解決すべき課題が多く残されているものの、これら技術基盤は、堆積物中の生態系や物質循環などの環境動態評価における世界的な指針になることを期待すると共に、今後環境変動の把握がますます重要になるなかで、海底環境評価への足掛かりにもなると期待している。これら日本独自の観測技術を発展させていくことで、テクノロジーとサイエンス双方のフロンティアとして、海洋環境調査におけるイニシアティブの獲得を目指したい。(了)

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