Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第548号(2023.06.05発行)

CCSの社会実装に向けた海事・海洋産業の役割あるいは機会

[KEYWORDS]CCS長期ロードマップ/CO2船舶輸送/CO2ハブ港
東京大学名誉教授◆尾崎雅彦

2050年カーボンニュートラルに向けて、CCSの社会実装を後押しするための政策検討が進み始めた。
CCSバリューチェーンのうちCO2船舶輸送と圧入・貯留のパートは、海運や海洋石油資源開発分野の領域であり、造船業や海洋装置産業の役割も大きい。まず国内での実施に向け国内企業の積極的な参入が求められる。
また、わが国やアジアの地形的特徴に鑑み、CO2ハブ港を中継拠点とする輸送・貯留システムを提案する。

国のエネルギー・環境政策として動き始めたCCS

2050年カーボンニュートラルに向けて、わが国でも二酸化炭素回収・貯留(Carbon dioxide Capture and Storage、以下CCS)の社会実装を後押しするための具体的な政策検討が進み始めた。CCSとは、化石資源を精製したり利用したりする時に発生するCO2を、排ガスから分離するなどして回収し、大気に排出せずに地中に長期間にわたって安定的に貯留する温暖化対策技術のことである※1。日本の年間CO2排出量は現在10から11億トンであり、経産省のCCS長期ロードマップ検討会では、2050年時点で1.2億トンから2.4億トンをCCSで削減することを目標の目安とし、2030年までに事業開始のための環境整備、2030年以降の本格展開を念頭に置いている。
またCCSは、ブルー水素やブルーアンモニアの導入において不可欠な技術である。この場合のガス製造とCCSは海外で実施されるものが多くなると考えられるが、投資判断やCCSが停止した場合のCO2排出もしくは製品確保などの観点でCCSのパートに無関心・無関与で事業に加わるわけにはいかないだろう。さらには、カーボンニュートラルを達成すべき時期までにどうしても削減しきれないCO2の排出量を相殺するための技術として、バイオエネルギーとCCSを組み合せるBECCS(Bio-Energy with CCS)や、直接大気から分離回収したCO2を貯留するDACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage)も考慮に入れていく必要がある。

CCSにおける輸送・貯留事業に挑戦を

図1に、CCSのバリューチェーンを示す。発生源で分離回収されたCO2は、貯留地までパイプラインか船舶で輸送される。日本では、国内に大規模なCO2貯留地を多数開発することは難しいと考えられるため、発生源から近距離でない海域に確保される貯留地、あるいは状況・条件が整えば海外まで輸送する可能性を考えると、CCSを社会実装する上でCO2の船舶輸送は重要な手段になる。CO2を船舶で輸送する場合は、容積を小さくするために低温・加圧状態での液化が必要になる。現在、液化CO2輸送船は、数隻が欧州域内で運航されているものの、積載量は1,800トン以下、CO2の純度は99.9%以上(Food grade)となっており、今後CCS向けには、大量輸送に適したシステムの構築と、不純物が及ぼす影響を考慮に入れた荷役技術の確立が課題になる。
貯留については、上が遮蔽(しゃへい)層で覆われ、内部は高い浸透性と大きな容量を備えた地層を確保する必要があり、枯渇ガス層や油田、帯水層などが候補になる。貯留地付近の中継基地まで船舶輸送して比較的短距離のパイプラインでCO2を圧入する方式(例えば後述するNorthern Lightsプロジェクト)のほか、貯留地における洋上からの圧入方式(図2)の技術構想も各種提案されている。後者は、中継基地の造成や、基地から圧入井までの海底パイプラインの建設を省略して経済性向上を図ることができ、社会受容性の観点も含め重要な選択肢になると考えられる。
以上見てきたように、CCSバリューチェーンのうち輸送と圧入・貯留のパートは、石油ガス開発との類似性がかなり高い。液化CO2の大量輸送や海域貯留層の評価、開発、操業、監視は、海運や海洋石油資源開発分野の領域であり、造船業や海洋装置産業(沖合海洋構造物や海中・海底装置など)の役割も大きいと言える。ある程度以上の規模の貯留適地を国内で確保することによって、国内法規や商慣習の下で国内市場が形成され得る点は、従来の石油開発と事情を異にし、国内企業の積極的な参入が期待される。

■図1 CCSバリューチェーン
■図2 貯留地における洋上からの圧入方式
上)FS(I Floating Storage & Injection)
下)直接圧入(Direct Injection)

CO2ハブ港を拠点とするアジア型ハブ&クラスターの提案

■図3 船舶輸送を用いたハブ&クラスター(上;欧州型、下;アジア型)

複数の発生源からCO2を一か所の大規模貯留適地に集約して圧入・貯留するハブ&クラスターが世界各地で関心を集めている。典型例のNorthern Lightsプロジェクトは、ノルウェーの北海に面した島にCO2中継基地を設け、100km先の沖合まで海底パイプラインを敷設して海底下2,600mの地層へCO2を圧入できるようにするとともに、他国を含めた複数の回収源からCO2を船舶輸送してくる輸送と貯留の事業である。現在、セメント工場とごみ焼却発電プラントの2か所からそれぞれ年間40万トンのCO2を引き受ける契約が確定済みで、近年中に年間500万トンに拡張することを見込んでいる※2。ノルウェー政府から、CAPEX(資本支出)の80%と操業開始後10年間のOPEX(運営費用)の80%の補助を受け、2024年半ばに操業開始予定と発表されている。
CCSに積極的に取り組む欧州(特にノルウェーや英国)は、北海に大容量の貯留地の開発が可能であり、北海を囲む各地からCO2を輸送してくる形態、すなわち貯留地にハブを設けるシステムが有効である(図3上)。一方、東南アジアや豪州の貯留ポテンシャルを利用することが可能になって、国内の貯留容量に限界がある各国からCO2を輸送して貯留する事業を検討する場合、国・地域間の海上輸送には大規模・長距離に適した大型船舶の開発が必要になる。しかし国内に分散して所在するCO2排出源は、おおむね臨海地域に立地されるものの、回収量が少なかったり変動したり、付近に大型船舶が入港可能な施設が無かったり、大容量の陸上一時貯蔵タンクの建設が難しかったりすることから、比較的小型の船舶での積み出しが現実的である。この事情は、LNGやLPGを大型の外航船で輸入し、一次基地で内航船やタンクローリーに積み替えて需要家の近くの二次基地に分配している実情に照らすとわかりやすい。アジア型のハブ&クラスターは、大規模な一時貯蔵能力と速やかな荷役機能を有し、大型船舶の入港や多数の小型船舶の柔軟な受け入れが可能なCO2ハブ港を国内の中継拠点とし、ハブ港の積み出し能力にマッチする受け入れ能力を有する貯留地と結ぶシステム(図3下)が有効であると考える。ゼロエミッション燃料普及まで船上CO2回収の引き取りを担うことも一案だろう。今後のCCSの社会実装に向け、日本に適したシステムを計画し技術の開発と実証を進めていくことを期待する。(了)

  1. ※1回収したCO2を利用する場合はCCUと呼ばれ、CCSと併せてCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization, or Storage)とも呼ばれる。
  2. ※22023年5月、デンマークのバイオマス発電で回収される年間43万トンのCO2の輸送・貯留の契約締結が発表された。

第548号(2023.06.05発行)のその他の記事

ページトップ