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第175号(2007.11.20発行)

第175号(2007.11.20 発行)

海藻からバイオ燃料を生産―日本独自の技術で確立を―

東京海洋大学 海洋科学部 海洋生物資源学科 教授◆能登谷正浩

海藻は、沿岸生態系において基礎生産を担う重要な位置を占めており、魚介類資源の維持、涵養や保全に役立っている。
海藻バイオ燃料の生産に人工「流れ藻」の繁殖力や機能を利用し、大気中の二酸化炭素をリサイクルするとともに、「流れ藻」に随伴する生物資源を保全し、富栄養化海域の浄化にも役立つことを示した。
沿岸および海洋資源の有効利用や海洋環境の保全を考える際には、応用藻類学研究が重要である。

環境保全と海藻機能の利用

近い将来に人間生活や経済を脅かす地球規模の危機として、環境や人口・食糧・エネルギーなどの問題がある。これらの危機回避のためには、自然環境の保全を考慮しながら生物資源の飛躍的生産とその有効利用、経済構造の改善が望まれている。とくに大気の二酸化炭素濃度の増加は、これらのいずれにも関わる基礎的な問題で、早急に化石燃料からバイオ燃料への転換達成が急務とされている。
一時期前までは二酸化炭素の吸収や蓄積のために、大規模な森林破壊を止め、砂漠などの未利用域に森林を植えることが重要視されてきたが、近年は、より直接的に二酸化炭素の排出抑制にシフトしている。7、8年ほど前、私は沿岸生態系の崩壊や汚染を引き起こすアオサなどの大量繁殖(グリーン・タイド)の解決策は、それらを単に地中に埋めたり、焼却処分することではなく、その繁殖力や機能を天然のリサイクル資源として有効活用することが重要であることを拙著などで提案した。当時、海藻は炭素蓄積時間が短いとの理由で無視されていたが、ここに至って、バイオマス燃料生産には蓄積時間より、生産力が重要であると、ようやく理解されてきた。

海洋利用の有効性

バイオマス燃料の原料には、これまで陸域の木材や草、農産物などを対象としてきた。しかし、陸域は地球全体の約3割に過ぎない。その1/3は森林や農地には適さない山岳地帯や砂漠である。比較的利用し易い平地は都市や食糧生産用農地として、人間の生活や環境保全域となっている。また、陸上植物の内、食用やそれと競合する資源は、その需給量によって直接物価へ反映し、社会・経済的影響が大きい。アメリカ政府がトウモロコシをバイオ燃料原料とする方向を示した途端、価格が跳ね上がり、酪農農家やトウモロコシに関わるあらゆる製品や経済に影響をおよぼしていることは周知の通りである。
農林水産省は休耕田を利用して高成長性の稲をバイオ燃料原料とすることを提案している。しかし、2020年には世界の人口が80億人を超えると予測され、すべての農地を食料生産に向けても賄えないほどに逼迫する状況下で、さらに、世界でも珍しく低い食物自給率の日本で、この計画を進めるのは大きな問題となる可能性がある。また、当面2030年までのその生産目標を600万キロリットル(国内必要量の約10%)としているが、農産物や廃棄物の利用では、無理との見方も出ている。とすると、必然的に陸域以外を考えねばなるまい。国土の十倍以上の排他的経済水域を活用すべきである。
広大な日本の経済水域の利用と、多様な海洋資源の生産や自然エネルギー利用に関しては、数年前から私は、海藻の増養殖を中心とした超大型、自立型の沖合総合生産施設を建設することを提案している。

ホンダワラ類の利用

図1
■図1
ノコギリモクの群落。水深5~6mの海底から成長し、約10mに達する。(島根県隠岐中ノ島豊田)

海洋で大きなバイオマスをもつ光合成生物のうち、ホンダワラ類はバイオ燃料の原料として大量収穫やその他にかかるエネルギーコストが他の藻類に比べ低いと考えられる。ホンダワラ類の生産力は熱帯多雨林に匹敵するとされている。藻体は気胞を持ち浮くため、太陽の光エネルギーを比較的効率よく利用できることに加えて、収穫の作業性もよい。この仲間は沿岸で大型の群落を作り、有用魚介類の生育や資源の維持・保全の場、「藻場」を形成する(図1参照)。流出した藻体の多くは生長しながら集積し、海流とともに移動する「流れ藻」となる。沿岸や沖合の「流れ藻」には、ブリ、サンマ、ウスメバルなど、多様な有用魚介類が産卵し、幼稚仔魚の生育場として役立っている。海藻が生育する際には生育海域から栄養塩類を吸収するため、近年の沿岸域の富栄養化を修復する機能としても利用されている。

図2
■図2 人工「流れ藻」や「藻場」造成による海藻バイオ燃料の生産と地球および沿岸環境と海洋資源保全の概念図。

バイオ燃料の原料を「流れ藻」として日本海で生産することを考えると、次のようになる。北九州沿岸付近で人為的にホンダワラ藻体の小片を大量に放流する。これによって人工の「流れ藻」を作ることができる。これは対馬暖流に乗って集積・生長しながら北上し、生長した藻体が津軽海峡か宗谷海峡に集中して流れ込む。この経路や各地への到達時間については、東京大学の山形俊男教授を中心とするグループによって開発された高精度のシミュレーション・プログラムを用いると、時々刻々変化する位置と到達時間を正確に予測することが可能となっている。このように藻体小片を放流するだけで、栽培管理などを省き、容易に大量のバイオ燃料の原料の生産と収穫が可能となる。同時に人工「流れ藻」に随伴する有用水産資源の保全・涵養と日本海の浄化にも役立つ。一石三鳥の技術である(図2参照)。

研究開発技術の考え方と予算の配分

海藻をバイオ燃料の原料とするアイデアは、4、5年前から私たちが三菱総合研究所の香取義重氏を中心に検討を進めてきたものである。これまで数冊の報告書と数回のシンポジウムによって、その内容を公開してきた。日本には明治以来、欧米の科学技術を手本に開発を進めてきた経緯がある。未だその傾向が抜けないのか、海外には知られない新しい独自の考え方や計画には、研究費がつきにくい傾向があるようだ。筆者は今年3月に、国際海藻シンポジウム神戸大会(XIXth International Seaweed Symposium)で、「海藻バイオ燃料の開発と海洋環境と水産資源の保全」に関する発表を行った。その直後から、国内はもとより海外からの問い合せが殺到し、学術集会への講演依頼、海外企業からの顧問の要請など、引きも切らない。海藻のバイオ燃料への利用は日本の発想と立地条件から、日本独自で確立すべき技術である。にもかかわらず、現状では数年後には海外で技術確立がなされ、日本はその利権を買って生産する羽目になるかもしれない。早急に研究予算をつけ、日本の技術として確立すべきである。常に世界の後追いで、多額の研究費を使い、有効な成果は海外へ流出する構造は止めなければならない。(了)

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