Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第155号(2007.01.20発行)

第155号(2007.1.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌

◆昨年暮れに沖縄県の石垣島を訪れたおり、市立図書館で開館待ちをしているときにたまたま知り合った島のオバアと世間話をした。彼女は島の西部にある川平(かびら)出身で大阪にも住んでいたという。川平は美しいサンゴ礁の景観で知られる観光地である。1972年春、私は川平を訪れたさい、海で泳いであやうく溺れそうになったことをおもいだした。潮流が速くて沖へと流され、いくら泳いでも岸にたどりつけなかったのだ。そのことを話すと、オバアは親しげな口調になった。「じぶんは川平で育ち、子どものころに海で泳いで溺れそうになった。ひとりは死んだ。それ以来、海には入らないさ」、と語ってくれた。沖縄は海に生きるウミンチュ(海人)の世界であると考えがちだ。しかし、海をおそれ、泳げない人もいたわけだ。川平は特殊なのかもしれない。潮流がとても速い海だから、通常のセンスでは考えられないことがあるにちがいない。

◆本誌で遠藤卓男さんがいみじくも、海や川を危険視する考えに疑問を呈している。たしかに、水かさの増した川で溺れたり海で父親が眼をはなしたすきに生命を失う子どもの悲劇は毎年あとをたたない。ご両親や先生方にすれば、万が一事故があったらという意識に日常さいなまれておられることや、安全第一の世であることも理解できる。しかし、海や川だけなく自然にたいする旺盛な好奇心と危機を察知しそれを克服する能力は子どものときから育成しなければ子どもと日本の未来はない。子が親をあやめ、親が子を虐待するニュースが日本のあちこちで飛び交っている。その背景に自然や人間とのコミュニケーション不足のあることは明らかだ。

◆海は奥深く、そして無限に人間を受け入れてくれる偉大な存在だ。その海と親しむことがどんなにか未来を担う子どもたちのからだと心にたくましさをあたえることだろうか。「美しい日本」は何も外形的な景観だけにあるのではない。この日本で人びとがはつらつと生きることこそが美しいのだ。少子化の叫ばれる現代、海や山にたいする子どもの教育について再考することが望まれる。

◆海はすばらしいロマンに満ちただけの世界ではない。本誌で鶴ケ谷芳昭さんや小城春雄さんが指摘するように、海には安全保障、政治、生態系の維持などの現実問題が山積している。だからこそ、その現実に真摯に対応できる海のエキスパートを醸成することが重要なのではないだろうか。  (秋道)

第155号(2007.01.20発行)のその他の記事

ページトップ