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オーシャンニューズレター

第155号(2007.01.20発行)

第155号(2007.1.20 発行)

EEZを確実に把握するための手段

日本電気(株)電波応用事業部シニアエキスパート◆鶴ヶ谷芳昭

日本のEEZは領土の約12倍であり、そこでの権利を確保するためには
EEZ内に存在する船舶の行動をすべて把握しておく必要がある。
とくに水中の状態を知るためには音を使わざるを得ない。
音の伝搬は海洋の状態に依存して変化するため、
音の伝わり方を予測し、水中目標の探知網を展開できるよう、その仕組みを確立しておくことが
EEZにおける確実な権利確保の重要な要件となる。


日本の国土は38万km2であるのに対して、日本の排他的経済水域(EEZ)は領土の約12倍もあり、この海域には黒潮、親潮など大きな海流があり海洋学的環境は非常に複雑である。新聞報道などによると、この日本のEEZ周辺の東アジア諸国には海上権益を確保しようとの動きが見られ、海軍艦艇、調査船などの拡充が図られているという。このような状況下で、EEZ内におけるわが国の権利を保持していくためには、EEZ内におけるすべての船舶等の行動を把握し、不測の事態に対応できる状態にしておくことが必要となる。水上にある船舶などの目標ならば衛星や航空機による監視などで動静を把握することができるが、海の中にある目標となると把握が非常に難しくなる。水面上と同じレベルで簡単に水中を見ることができないからである。そのため、海中において潜水艦の存在や、潜水艇などの行動が把握できない状態が生起する。

1.海の中を見る手段

■図1 海洋環境の変化による音の伝搬の違い
上:水温の断面(縦軸:深さ、横軸:距離)。中:冷たい海水側から音を出した場合の伝わり方(音は△の位置から放射している)。下:温かい海水側から音を出した場合の音の伝わり方。

それでは海の中に潜む物体を把握するにはどうしたらよいのか。海水中には電波、光などの電磁波が透過しないので電磁波を用いて海中を観測することはできず、海中を観測する手段は音波を用いることになる。海の中で鯨は数百kmの距離を超音波で交信していると言われている。唯一音波のみが海の中を比較的長距離伝搬し、その音波によって目標の行動などを把握することができるのである。ところが海の中の音の伝わり方は海洋環境の影響を受けその伝搬状態が複雑に変化する。

図1は冷たい海水の上に温かい海水が乗った海洋の状態を示している。中央の図はそのような状態の中で音波を右側の冷たい海水の水面付近から伝搬させた場合を示しており、音波は海洋環境の中で複雑に伝搬することがわかる。逆に左側の温かい海水の水面付近から音波を伝搬させると様相は一変し、音波は海底に向かって一直線に落ち込んで遠くまで届かないことがわかる。つまり、音波が海の中でどのように伝わっているかを知ることが海の中を見る第一歩となるのである。

2.海の中の音の伝搬を予測する方法

音の伝搬に影響し得る要素には海洋の水温構造、塩分濃度の構造、海の深さ、海底地形、海底下の状態などがあり、これらを細かく把握することで音の伝搬を予測することができる。それは海洋データに基づき音の伝搬計算システム(モデル)を用いて計算を行い、音がどこに、どのように伝わっているかを予測するものである。現状において、正しい海洋の状態が音の伝搬計算システムに入力できれば3次元で音の伝搬状態を予測することができるレベルにある。種々の海洋データを音波伝搬計算システムが要求する精度に合わせて入力し、計算結果を基に音の伝搬状況を予測する。その予測した結果に基づき、音を使って水中目標を捜索して、位置を得ることが可能、つまり海の中を見ることが可能となる。

音の伝搬計算システムに入力する海洋の状態に関するデータは、大きく分けて二つある。一つは海底地形、海底下の堆積物の状態などの固定要素と他の一つは海流、冷水塊などの状態を示す変動要素である。つまり固定要素は1回計測してデータを得ておけば大きく変化することはないが、変動要素は時間、場所によって大きく変化する。音の伝搬計算の精度を向上させるためには、この変動要素を正確に把握する必要がある。

ところが、日本の広大なEEZ内で音波伝搬システムに必要な間隔で海洋のデータを得ることは不可能に近い。そこでそのような海洋環境データを得るためには、海の天気予報、海洋予報が必須となる。まばらではあるが得られた海洋観測結果を予報システムに入力することによって海洋予報を行い、その予報に基づくデータを使って音の伝搬状況を予測して、予測結果に基づいて水中目標の捜索を実施し、目標の位置の特定を行うというものである。図2は海洋予報の出力例であり、沖縄周辺から東シナ海の水温を予報したものである。つまり、EEZの海洋予報はEEZを確実に把握するための基盤となる。

現在、海洋予報モデルに必要な観測データは組織ごとに収集されている。これらの観測データを適時に一括して入力できる仕組みを作り上げることが必要である。さらに観測データを一括管理して海洋予報モデルに入力し、出力結果を保証し、配布できるという体制も必要と考える。

■図2 海水温度の分布の予報図(精細度:1/12度)
台湾の東を流れる黒潮の流軸が予測されている。

3.急速海洋環境調査と急速展開用の探知網

通常は定期的な海洋の観測などから得た海洋環境データを用いて海洋予報を実施するが、その予報では局地的に必要な高い精細度を得ることができない。ある事態が発生した場合等にその海域の海洋予報の精細度を上げ、音の伝搬予測の精度を向上させるためには迅速に海洋環境調査を実施する必要がある。これを急速海洋環境調査と呼ぶ。

急速海洋環境調査は特定の海域に対して海洋予報システムの精度向上に必要な海洋観測を総合的かつ短時間に行い、調査結果を海洋予報のシステムに入力し、局地的な精細度を向上させ、それを基に海の中の音の伝搬状況を予測し、結果、水中目標の捜索、位置を得る精度の向上を図るというものである。

急速環境調査の手段としては衛星、航空機、観測船ならびに無人観測機器(UUV:unmanned underwater vehicle)等があり、それぞれの機材の特性を活用して観測位置などを決めて短時間で効率的な海洋観測を行う。ここで得た観測データは海洋の予報システムに入力し、高精細な海洋予報を行う。

広い海域において小型、高性能化した水中の目標を捜索し、位置を得るためには、それらに対応した探知システムが必要となる。このシステムをEEZ全体に常設するためには非常にコストが高くなる。そのため、事態が発生したときに、探知システムを捜索の密度を高めて展開し、対象とする海域における水中目標を確実に把握する方策が必要となる。その方法の一つとしては、米国などで試験が行われているが急速展開用の探知システムなどを整備していくことである。

水中目標は日々性能を向上させており、その向上に見合った探知システムの性能を維持していくため、継続的なシステムの研究を行い、性能の向上した探知システムを開発していくことも重要な要件であると考える。(了)

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