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新型コロナウイルス対応関連情報 - 対談 No.2
対談『OPRIリレーメッセージ』
「海洋科学の展望」
山形俊男氏(海洋研究開発機構アプリケーションラボ特任上席研究員、東京大学名誉教授)
新型コロナウイルス感染症の影響は世界に、日本に、そして海洋にどのような変化をもたらすのでしょうか。『OPRIリレーメッセージ』は、ポストコロナ時代を見据えて海洋の問題に造詣の深い専門家の方々にお話を聞くシリーズです。
今回は笹川平和財団海洋政策研究所の特別研究員でもある山形俊男氏にお話を伺います。
(聞き手:角南篤 笹川平和財団・海洋政策研究所所長)
*この対談は2020年5月28日にオンラインで行われたものです。
角南:
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海洋政策研究所(OPRI)では、ポストコロナ時代を見据え、海洋政策について専門家の方々と共に考えていきたいという趣旨でOPRIリレーメッセージを実施しています。今回は、エルニーニョやインド洋ダイポールモード現象1)の研究で世界的にも著名な山形先生に御願いさせて頂きました。先生には今後の海洋科学の方向性などについてお伺いしたいと考えております。本日はよろしく御願いします。 コロナウイルス感染症の影響もあって、今年に入ってから先生とはお会いできていないのですが、近ごろは如何でしょうか。 |
山形: | 実は、2月前半にオーストラリアのパースで行われた気象海洋学会の年次大会に招待され、インド洋ダイポールモード現象に関する基調講演をしてきました。ご存知のように、オーストラリアでは昨年歴史的な干ばつに襲われ、9月から大規模な森林火災が発生し、産業界にも大きな影響がありました。その直接的な原因がインド洋に発生した極めて強いダイポールモード現象にありましたので、学会ではこの現象を発見するに至った経緯やこうした気候変動現象の予測の現状について話をしました。 太平洋のエルニーニョに似た現象がインド洋にも発生することをネーチャー誌に発表したのは1999年でした。1994年の猛暑を解明する過程で、世界の学界の常識にとらわれず、データを丁寧に、ありのままに見ていくことで現象を発見することができました。今回のスーパーダイポールモード現象の予測は、(国研)海洋研究開発機構のアプリケーションラボが唯一、一昨年の11月という早い段階から予測に成功していたのですが、その成功要因も興味深いものでした。太平洋の日付変更線あたりの海水温が上昇するエルニーニョモドキと私が名付けた現象があるのですが、これを予測モデルが捉えていたことが、早期予測に繋がったのです。そこで、太平洋とインド洋に出現する現象の独自性や相互関係などを総合的に、しかも常識にとらわれずに見ていくことの大切さ、相関関係と因果関係を混同する落とし穴に落ちないようにしていくことが発見につながるということも話してきました。若い研究者がたくさん参加していましたので研究人生の参考にしてもらえたらと思いました。 オーストラリアの例のように、気候変動は異常気象を通して社会にも大きな影響を与えます。また、近年ではマラリアなどの感染症にも影響を及ぼすことが明らかになっており、アプリケーションラボではべヘラ所長が中心になってその方面の研究も進めてきました。その縁もあり、オーストラリアからの帰国後は、感染症と地球の生命の歴史や社会との関係などについてあれこれ考えています。 |

山形俊男氏(海洋研究開発機構特任上席研究員、東京大学名誉教授)
角南: |
コロナウイルス感染症は、研究者にとっては自身の専門分野だけではなく長い目で見た社会の在り方や、国際社会の関係性の変化など、さまざまな要素が絡み合った課題になってきたように思います。近年の地球環境の研究では、Future Earth* のようなサイエンスの分野を超えた取組みの流れがありましたが、今回のコロナウイルス感染症を受けて、どのような方向に向かうでしょうか。 |
山形: |
近年の著しい環境変化の中にあって、人類社会を持続可能なものにしていこうと、自然科学と社会科学が分野の垣根を越えて協働するFuture Earth と呼ばれる運動が世界の学術界で起きています。それが気候変動や生物多様性の問題などを経て、国連のSDGsとして開花したのだと思います2)。2018年に国際科学会議(ICSU)と国際社会科学評議会(ISSC)が合併して国際学術会議(ISC)が発足したのもこの流れです。地球環境の劣化や物質循環の崩壊といった問題に対するFuture Earth の方向性が広く理解されるようになったということだと思います。 ただ、そのなかで感染症や健康の問題は最優先事項とは考えられていませんでした。今回のコロナウイルス感染症を受けて、地球環境の問題を地球生命の健康問題としても捉え、総合的に生物との付き合い方を考えていく必要があるのではないでしょうか。 また、コロナウイルス感染症の問題から思索を深めることは、科学自体が成熟するよい契機になるとも考えられます。ニュートンはペストの流行のためケンブリッジ大学が休校していたときに、万有引力や微分積分学を発見したといわれていますが、ステイホームは創造的な時間になる可能性があります。 私は今後の社会と科学の関わり方について考えるヒントを得たいと、戦後の米国の科学技術政策を形作った1945年のブッシュ・レポートについて読んでみました。このレポートはルーズベルト大統領の諮問を受けて、まさに太平洋戦争の終結直前、7月に答申されたものです。そこでは原子物理学に基づくマンハッタン計画や戦時の戦場の死者数を大幅に減らしたペニシリンの発見など、戦後社会における基礎科学の重要性にとどまらず、基礎科学そのものの自由を守ることの大切さについても述べていますね。懐の深さを感じました。 |
角南: | コロンビア大学での博士課程在籍当時、ブッシュ・レポートが出て50年目を記念する盛大な講演会が開催されたことを今でも覚えています。当時の米国では、科学を経済への貢献としてみる政治の流れがあり産学連携の在り方など議論が白熱しました。大学院生の私にとっても、ブッシュ・レポートが求めている科学と国家の関係は、その後政治学を学ぶ中で、政治と科学の関係を考える大きなきっかけになりました。 海洋の世界でも、来年から国連海洋科学の10年が開始されますが、その10年に向けて、海洋分野からどのようなメッセージを発信すれば良いでしょうか。 |

角南篤(海洋政策研究所所長)
山形: |
海洋分野に限ると、国連海洋科学の10年に類似するものとして1968年の国連決議を受けて1970年代に行われたIDOE(The International Decade of Ocean Exploration)がありました。ちょうど私が大学院に入った頃でした。当初は海洋研究者が中心となり、海そのものを知るための基礎的な観測研究の重要性が謳われましたが、国連(ユネスコ)が関わるようになり、系統的に現業官庁が観測をする流れが生まれました。IDOEの取組みは、官庁と学術研究機関の観測との違いなど、いろいろと齟齬が生じてきたなかで行われたものですが、インド洋での国際共同観測などの素晴らしい取組みが立案、実施され、各国が協調して推進する現業海洋学(Operational Oceanography)が生まれる母胎となりました。
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角南: | 今回のコロナウイルス感染症では、政治や社会と科学の関係について、改めて我々に問いかけられているように思います。国連海洋科学の10年に対しても、我々はしっかりと考えていかないといけないです。また、ステイホームの間に研究者は何をすべきか、こういう時だからこそ想像力を強化できると考えさせられました。海洋政策研究所の今後の方向性を考える示唆に富んだ話を頂き有難うございました。 |
参考ウェブサイト:
1) Ocean Newsletter 423号「海が鍵を握るアフリカ南部の気候変動」(森岡優志)
2) Ocean Newsletter 442号「持続可能な開発のための海洋科学の重要性」(山形俊男)
3) Ocean Newsletter 402号「50年となった気象庁東経137度線の海洋観測」(中野俊也)
*: Future Earth は、持続可能な地球社会の実現をめざす国際協働研究のプラットフォーム。国際学術会議 (ISC) などの学術コミュニティと社会のパートナーが協働する基盤を提供し、分野を超えた統合的な研究を社会と共に推進している。
(海洋政策研究所 情報発信課 角田智彦)
山形俊男氏:海洋研究開発機構アプリケーションラボ特任上席研究員、東京大学名誉教授。(公財)日本海洋科学振興財団の会長、(公財)笹川平和財団海洋政策研究所の特別研究員なども務める。