Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第527号(2022.07.20発行)

無人運航船の未来創造 〜多様な専門家で描くグランドデザインDFFAS Project〜

[KEYWORDS]MEGURI/DFFAS/実証実験
DFFAS Project プロジェクトリーダー、(株)日本海洋科学運航技術グループ長◆桑原 悟

近年、国内物流の大動脈を担う内航海運においては、船員の高齢化に伴う労働力不足への対応が喫緊の課題となっている。今般、この社会的課題を解決すべく、多種多様な日本を代表する企業30社が一丸となって無人運航船の開発に取り組み、世界に類をみない無人運航船の実証実験を成功させた。

社会的課題にOpen Innovationで挑戦

近年、海運業界においても船舶の自動化・無人化に向けた研究開発が国際的に進められており、四方を海で囲まれる海運国日本も例外ではない。国際社会がビジネスの場となる外航海運においては、安全性・効率性の向上、労働負荷の軽減は国際競争を勝ち抜く上で常に追い求めなければならない必須課題であり、高度技術で船員を支援する船舶の自動化は重要な要素である。国土交通省が掲げる海事生産性革命「i-Shipping」などでは、官民が協力して積極的に取り組んでおり、世界に誇る高い技術力で船舶の自動化・無人化における国際競争をリードしている。一方、内航海運業界においては船員の高齢化に伴う労働力不足という社会的問題が喫緊の課題となっていることから、船舶の自動化・無人化が積極的に取り組まれている。現在、内航海運の労働人口は約2万人強、その内50%強が50歳以上、60歳以上となると約30%である。このまま手をこまねいていては、近い将来、国内物流の約4割(産業基礎物質の輸送においては約8割)を担い国内物流の大動脈となっている内航海運の健全性が損なわれ、国民の豊かな生活が維持できなくなる危険性が高いのである。
このような背景の中、今般、この内航海運の社会的課題に対し、(公財)日本財団が無人運航船という一つの解決策を提案し、無人運航船が支える世界の実現に向け「無人運航船プロジェクト MEGURI2040」を立ち上げた。これに対し、海事産業においては外航・内航の枠を超え、さらには海事産業だけではなく、気象・通信・保険・IT・シンクタンクなど、多種多様な日本を代表する企業30社(国内外の協力組織をあわせると約60社)が集結し「DFFASコンソーシアム」を立ち上げ、日本人が持つ高い協調性を活かし、さらには海運の現場に精通したユーザーがコンソーシアムを牽引するオープンイノベーション(Open Innovation)体制で取り組んだ。

日本財団無人運航船プロジェクトMEGURI2040(右)とDFFASプロジェクト(左)のロゴマーク

DFFASシステムとは

実証実験について語る前に、簡単にDFFASコンソーシアムで開発した無人運航船システム(以下、DFFASシステム)について説明しておこう。
船舶を無人化するにあたり、開発したシステムは大きく分けると「船舶側システム」・「陸上側システム」・「通信システム」の3つに分かれる。「船舶側システム」は自律航行を司るシステムであり、航行中の避航動作を含め、離岸から着岸までの船舶運航における一連の行動を自動(Automation)化ではなく自律(Autonomy)化させた。出航前にシステムが気象海象情報等を基にルートを策定し、航行中は周囲の状況をセンサー技術で把握し、それに応じてルートを修正して対象物を避け、安全に目的地にたどり着くのである。次に、「陸上側システム」は船舶の支援を司り、船陸の膨大な情報を収集・分析することで、安全・効率運航を支える。また、船舶側システムに不具合が発生する可能性も見越し、遠隔で操船する機能も備えている。これらの機能を陸上支援センターという形にまとめた。船舶の無人化をするにあたりこの陸上支援センターは必須であろう。お預かりした荷物を適切に管理して運送することはモノを運ぶ者の使命である。最後に、「通信システム」は船舶側システムと陸上側システムをつなぐインフラを司る。日常生活の中で携帯電話を不便だと感じることは稀であろう。それは、通信容量も十分に確保され、安定した状態だからである。しかし、船舶の通信は、容量はメガレベル、状態は頻繁に変動する(最悪途切れる)のである。この状態を解決するため、DFFASシステムでは衛星回線(7M・3M)と携帯電話用のLTE回線の3本の回線を備え、これらの回線を常に監視し最も適した回線に重要なデータを振り分けるシステムを採用している。

■図1 DFFASシステムの構成概要

実証実験、そして社会実装へ

誰も経験したことのない無人運航船という新たなシステムを創造する過程においては多くの困難が立ち塞がったが、Open Innovation体制の下、各社が一体となり、それらの困難を乗り越え、約2年の月日を費やし、2022年2月末、実証実験にたどり着いた。実証実験は、東京港と津松阪港の往復約790kmで実施。世界有数の輻輳海域である東京湾浦賀水道や伊勢湾伊良湖水道をも含んだ世界初のチャレンジングな実証実験であった。実証実験の目標は「DFFASシステムで無事に航行を完了させる」こと。単純ではあるが、最終目標が「無人運航船の社会実装」であることを踏まえ、まずは「内航船が運航されている環境下をDFFASシステムで航行できるのか」、「洗い出される課題は何か」ということを課題としたのである。実証実験の詳細については本取り組みの全容を記録したドキュメンタリー映像※1をご覧いただくこととして、結果を説明すると、漁船や内航船が密集する輻輳海域も含め、「無人航行率※2 : 往路97.4% / 復路 99.7%」という結果を打ち立て、DFFASシステムは十分に社会実装を実現させる可能性を秘めていることを立証することができた。同時に、社会実装に向けた課題として「通信の安定性」、「制御の追従性」、「計画時間維持の困難性」などを、洗い出すこともできた。
この結果から「実証実験成功」と言えるかと思うが、筆者としては、長きに渡り一緒になって取り組んでいただいた内航船の船長からの一言、「DFFASシステムを使い続けたい。もっと性能を上げて世の中に出して欲しい」が結果以上のものを表していると感じている。
今回の取り組みで無人運航船の基礎技術を形作ることができた。次のステップでは、より社会実装を意識した取り組みが必要になっていく。洗い出された課題を解決し性能の向上に取り組む必要がある。また、技術的課題の他に、技術の規格・標準化、法律・ルールの整備、新技術を導入することによる価値の創造(運賃・保険料への反映など)といった環境整備が重要となってくる。今回、多種多様な企業約60社が集結した理由はここにある。無人運航船の社会実装を実現するには、全ての関係者が無人運航船を理解し議論を積み重ね環境整備をしなければ成し得ない。
そして、社会実装を実現するためには荷物を預ける一般の方々の理解が不可欠である。安心感を与え「無人運航船に荷物を預けても良い」と思っていただけなければ実現は不可能であろう。日本は島国であるにも関わらず「海運」についてあまり知られていない。本稿をきっかけに、読者の皆様に日本の物流を支える内航海運業界の現状をご理解いただき、日本が無人運航技術を追い求める意義を理解していただけることを切に願ってやまない。(了)

■図2 実証実験航路

  1. ※1ドキュメンタリー映像 (株式会社日本海洋科学HP)https://www.jms-inc.jp/news/detail/39/jp
  2. ※2「航海時間」から「人間の判断でシステムの利用を停止した時間」を引いて「航海時間」で割った割合

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