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オーシャンニュースレター

第525号(2022.06.20発行)

ガチンコファイト航海記〜深海の世界とは〜

[KEYWORDS]しんかい6500/有人潜水探査/若手人材育成
東北大学理学部地球惑星物質科学科3年◆角南沙己

(国研)海洋研究開発機構が主催する若手人材育成プロジェクト「ガチンコファイト航海」に参加し、有人潜水調査船「しんかい6500」の第1618回潜航の潜航者に選出され、深海調査に携わるという貴重な経験を積ませていただきました。
深海で何を見て何を感じ取ったのか、そして航海を通して抱いた海洋研究・有人深海探査への思いをお伝えしたいと思います。

ガチンコファイト航海の目的

ガチンコファイト航海とは、3月初旬から3週間実施された(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)が主催する若手人材育成プロジェクトであり2022年で3回目となります。全国から応募した約80名のうち書類審査、面接試験を通過した計8名の学生が、陸上での事前研修と深海潜水調査船支援母船「よこすか」での調査航海を通して海洋調査の現場を体験するというプログラムです。またその8名から選抜された4名のみが有人潜水調査船「しんかい6500」に乗船し、研究者の一員として実際に深海へ行くことができるという「乗船学生間での競争」要素があったことも本企画の特徴でした。航海自体は学生のためのものではなく、相模湾、伊豆・小笠原海域における化学合成生物群集の生息地移転に向けた基盤研究という目的のもと、熱水噴出孔のサンプルや周辺に生息する生物及びその環境水の採取を行いました。この度選ばれた学生は地質学、微生物学、地球物理学、医学など海洋に限定されない多様な専門分野をバックグラウンドとしていましたが、みな共通して将来海洋研究を前進させたいという熱い思いを抱いていました。
乗船前には陸上でのオンライン研修が8日間に渡って行われ、本企画の責任者で航海の主席研究者であるJAMSTEC超先鋭研究開発部門長の高井研博士をはじめ、確固たる信念を持っていらっしゃる多様な分野の研究者の方々のお話を伺い、直接意見を交わす貴重な機会を得ることができました。研究者としての責任、一人の人間として信念を持って生きることの重要性、有人探査の意義など深遠なテーマまでを勘考し、言語化する契機となったと思います。私自身、科学の基本である「疑いの目を持つこと」よりも、与えられた知識を鵜呑みにし、何かにつけても教わるという受身な姿勢であったことを再認識しました。

よこすか・しんかい6500航海記

航海を始めてまず大海原を目の前にして、自然の美しさに心奪われると共に、人間の思い通りに制御することのできない自然の力に改めて畏怖の念を抱いたことを強く記憶しています。5日間という船上での短い時間の中で船の上層にある甲板や司令室から下層にある機関室まで見学し、船員の方々に装置や作業について丁寧に説明して頂きました。一つの航海を成功させるにはこれほど多くの方々の支えがあるのかと驚きを受けた時、改めて潜航者としての責任の重さを感じました。キャプテンや航海士、機関士や甲板員、パイロット、整備士、司厨部の方々、そして研究者が共に協力し合い、信頼関係を築き一つの航海調査を成し遂げるという点は海洋研究ならではの面白さではないでしょうか。また船上という過酷な環境での生活を通して、海洋研究の現場を学ぶだけでなく本音で他人とぶつかり合い、そして最終的には自分と向き合うこともできました。
私が乗船した有人潜水調査船「しんかい 6500」の第1618回潜航では、深度1,350mに広がる明神海丘にある熱水噴出孔の調査を行い、潜航時間は6時間にも及びました。水面に浮かぶ「しんかい6500」の覗き窓から見える母船、潜航を開始してから徐々に日光が届かなくなり海水の色が濃く深い青色に変化していく様子、真っ暗な水中で目を凝らして観察できる無数の発光生物、そして船外に装着されたライトをつけた瞬間に広がる衝撃的な地形。6時間もの間に目まぐるしく変化する光景に高揚感を覚え、一瞬たりとも目が離せませんでした。熱水噴出孔から激しく噴き出す熱水が周辺の低温海水と混ざり合い揺らぎができている様子は、地球の生命力を感じさせる印象深いものでした。本潜水調査船は高い安全性を保証しながら数多くの操作ができるという強みがある一方で、弱みとも言えるさまざまな制約を負っています。別日の潜航では海況が悪いために潜航を見送るという事態が発生し、海洋調査の難しさや限界をも痛感しました。また一度に潜航できる人数が3名に限られているため海洋研究に携わっている研究者であっても潜航体験のある方は少なく、研究者以外の人々はなおさら乗船の機会に恵まれていません。実際、深海のイメージを持つことができず「自分たちには関わりがない」と捉える人が多いようです。さらに化粧品の発火性等を十分に検証していないため、潜航者は紫外線や乾燥対策を含む化粧が基本的に禁止されています。これまで女性潜航者が少なかったため議論の機会が限られていましたが、技術をより多くの人に開かれたものにするためにも検証に基づいたルール改正を行う必要があると言えます。

今後の有人潜水探査、海洋研究の展望

着水作業中の「しんかい6500」
(撮影者=JAMSTEC/Chong CHEN)

今回のプロジェクトへの参加を経て、海洋調査には宇宙探査や陸地調査とは違う魅力があり、有人潜水探査には無人探査とは異なる役割があると実感しました。海況次第で調査が中断されてしまう実態や、研究において重要であると考えられる海底地形が未だに詳細には調査されていない現状から、既存の有人潜水調査船の技術は海洋研究に十分に生かしきれていないと感じております。深海という特殊な環境に適応できる観測機器は非常に少なく、自らの手で深海でも機能するように組み立て調整されている研究者たちを目の当たりにしました。載積する観測機器の種類を豊富にしたり、一つ一つの精度を高めたりすることも今後の課題だと思いました。私たち人間が新しい世界を冒険して自分の目で確かめようとする好奇心や探究心は科学の進歩の原動力であり、ロボットではなく人間にしかできないことを明確にし、人間に存在価値を与えてくれると信じています。無人調査船は近年その精度や性能を向上させており研究にとっては欠かせない存在ですが、画面越しでは理解し得ないほど壮大な地形や生態系のランドスケープが深海には広がり、データに基づく想像力では補いきれないほど複雑な現象が起こっていました。今後海洋工学の発展に伴い、より観測に適した広い覗き窓を設置し海況に左右されにくい構造に変更することで、世界の海洋研究を前進させる有人調査船を生み出すことが可能になると思われます。こうした潜航深度という一つの物差しに囚われない多彩な側面での技術の進歩を期待するとともに、有人調査船と無人調査船、それぞれの強みがより多くの人々にとって「夢のある魅力的な海」を創る鍵となることを確信しています。私は将来、たとえ人が簡単に行けないところでも自ら行ってサンプルを採取し、それらを自分の手で分析する地球化学研究者になることを目指しています。社会が必要とする研究テーマに真摯に向き合いながら、自らの探究心に基づいた研究を世界各国の研究者たちと進めることが目標です。そしていずれ科学の魅力を幅広い世代に伝え、感動を届けられる存在になりたいと強く願います。(了)

ハッチを閉じる直前の潜航者たちの様子
(筆者は左下。撮影者=JAMSTEC/Chong CHEN)
潜航中に撮影した熱水噴出孔

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