Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第525号(2022.06.20発行)

「国連生態系回復の10年」と里海

[KEYWORDS]沿岸生態系/自然再生/自然との共生
国連大学サステイナビリティ高等研究所プログラムコーディネーター◆柳谷牧子

2021年から2030年までの10年間を「国連生態系回復の10年」とすることが2019年3月の国連総会で採択された。
人類史上未曾有の速度で生物多様性が減少しているが、沿岸生態系の劣化や消失は特に著しい。
沿岸生態系の回復に向けて、「里海」の可能性や意義に着目し、10年後を見据えて、豊かな沿岸域の創出と再生を進めていきたい。

「国連生態系回復の10年」

「国連生態系回復の10年」のロゴ
https://www.decadeonrestoration.org/

人類史上未曾有の速度で生物多様性が減少している。海洋生態系では、沿岸から深海にわたり、人間活動の影響が確認され、沿岸生態系では歴史的な劣化と消失が起こっている。1970~2000年の間に、海草藻場は10年ごとに10%以上が減少、サンゴ被覆率は過去150年間で2分の1となり、さらにこの20〜30年、サンゴの減少傾向は劇的に加速している※1
こうした厳しい現状を受け止めれば、持続可能な社会の構築には、今まだ残っている自然を保全しようとするだけではもはや不十分であり、より積極的に生態系に働きかけることにより、損失・劣化した生態系を創出・再生し、生態系の有する機能を回復させ、システムのレジリエンスを高めることが必要と言える。既に海洋に関しては、SDGsのターゲット14.2に、「健全で生産的な海を実現できるように、海洋と沿岸の生態系を回復させるための取り組みをおこなう」ことが盛り込まれている。さらに、国際社会では気候変動枠組条約と生物多様性条約を中心に議論されている「自然を基盤とした解決策(NbS)」においても、生態系の回復が重要なアプローチとして認識されており、NbSの定義の検討や普及を牽引している世界自然保護連合(IUCN)は、NbSについて、天然および二次的生態系を保護、持続可能に利用、そして回復していく行動である、としている。しかし、人類の未来を持続可能にする生態系の回復、再生という創造的行動は、現状では十分とは言い難く、生態系の回復に関する価値や意義を、まだまだ多様なセクターに普及させていく必要がある。
そうした中、2021年から2030年は「国連生態系回復の10年」として定められている。この10年は、2018年に開催された生物多様性条約第14回締約国会議からの要請を受け、2019年3月に、第73回国連総会にて決議73/284として採択された。決議は、国連加盟国に対し、「生態系回復のための資金の確保や科学研究の実施、生態系回復を各国の発展計画に組み込むこと、生態系劣化を防止するための計画策定、既存の生態系回復事業の強化、経験や優良事例の共有促進」を奨励している。2021年6月に発表されたG7首脳による合意文書、「自然協約(Nature Compact)」においても、「生態系の損失、分断及び劣化を予防するために、また、劣化又は改変された生態系を持つ重要地域を回復させるため、合意及び目標の履行を支持すること。『国連生態系回復の10年』を支持しつつ、我々は、例えばサハラ及びサヘル地域における『緑の長城』のような、これらの目標の実施を促す野心的なイニシアティブを支持する」ことが盛り込まれている。さらに、同年7月に開催された、G20環境大臣会合および気候・エネルギー大臣会合の共同声明でも、「国連生態系回復の10年」への対応の重要性が強調された。
損失、劣化した生態系を回復させることは、種の絶滅を防ぐことのみならず、さまざまな効果をもたらす。国連環境計画(UNEP)は、その効果は雇用の創出を含む経済、水や食料の供給、気候変動の緩和および適応、身体的、精神的健康の確保や病気の予防などの健康、生物多様性、自然災害や紛争等からの安全保障に及ぶと説明しており、例えば経済ではマングローブを1980年代以前比で40~100%回復すれば、世界の商業漁業の生産量が年間19~30億米ドル増加しうることを挙げている※2
こうした多岐にもたらされる効果ゆえ、「国連生態系回復の10年」は、主導機関としてUNEPと国連食糧農業機関(FAO)が、そして協力機関や国際パートナーとして世界保健機関(WHO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国連開発計画(UNDP)、気候変動枠組条約(UNFCCC)、世界経済フォーラム(WEF)、世界銀行(WB)、欧州投資銀行(EIB)等の実にさまざまな国際機関が推進しており、東京に本部がある国連大学もその協力機関となっている。

人の手による積極的な沿岸生態系の回復─里海の管理と再生─

里海とは、「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」である※3。この定義からすれば、里海の維持、管理、発展そのものが沿岸生態系の再生と捉えることができるだろう。2018年に閣議決定された第3期海洋基本計画では、「里海」の経験も活かしつつ、沿岸域の海洋環境の保全・再生、自然災害への対応、地域住民の利便性向上等を図る観点から、関係者の理解と協働の下で陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取り組みを展開していくという方針の下、「人が関わって、 より良い海をつくって豊かな恵みを得るという『里海』づくりの考え方を積極的に取り入れつつ、自然災害への対応、生物多様性の保全や海洋ごみ対策等を含めて総合的に取り組む」ことを内閣府、農林水産省、 国土交通省、環境省の講ずべき施策として記載している。
こうした沿岸生態系の回復における「里海」の可能性や意義に注目し、(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)、国連大学サステイナビリティ高等研究所および環境省は2022年2月に「国連生態系回復の10年─里海再生国際シンポジウム─」と題したオンラインシンポジウムを開催した※4。UNEP、OPRI、国連大学から、それぞれ「国連生態系回復の10年」、沿岸生態系、そして里海に関する概要について説明し、国内外の里海再生の事例として、沖縄の恩納村漁業協同組合によるサンゴ礁保全再生活動、イタリア・オルベテッロにおける地域漁業者による生態系管理と保全活動、南三陸町自然環境活用センター等による地域主体の宮城県志津川湾における里海保全活動、フィリピン大学が進めてきたフィリピン・アリータス地域の協働によるマングローブ保全について、各当事者より報告いただいた。そして、これらの現状や現場での取り組みを踏まえ、政策は里海再生をどう推進できるかという点から、日本の水産庁、国土交通省、環境省の担当者も招いたパネルディスカッションを行った。ライブでの視聴と、録画した映像の配信とを合わせて、1,500名近くの方々にご視聴いただき、この分野における関心と期待の高さを認識し、さらに今後重層的に里海再生を通じた沿岸生態系の回復を進めることの可能性を感じることができ、意義のある会合となった。今後も、国連大学サステイナビリティ高等研究所はOPRI、UNEP、FAOをはじめとした国内外のパートナーとともに、第2回里海再生国際シンポジウムの実施や沿岸生態系再生に関するポリシーブリーフ(包括的な政策提言)の作成等、協働で取り組みを展開し、豊かな沿岸域の創出、再生を進めてまいりたい。(了)

  1. ※1IPBES (2019) : Global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services. E. S. Brondizio, J. Settele, S. Díaz, and H. T. Ngo (editors). IPBES secretariat, Bonn, Germany.
    https://zenodo.org/record/6417333#.YluBDpNByx4
  2. ※2https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/36251/ERPNC.pdf
  3. ※3https://www.env.go.jp/water/heisa/satoumi/13.html
  4. ※4国連生態系回復の10年─里海再生国際シンポジウム─(2022年2月9日)
    https://www.youtube.com/watch?v=-Y5doTt16dE

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