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オーシャンニュースレター

第520号(2022.04.05発行)

生物に学ぶ船舶の低炭素化

[KEYWORDS]超撥水/流体抵抗/生物模倣
(国研)物質・材料研究機構理事長特別補佐、統合型材料開発・情報基盤部門データ駆動高分子設計グループGL◆内藤昌信

ハリセンボンのタフでしなやかな棘皮とハスの葉や潜水バエの撥水構造を組み合わせて、耐久性に優れた超撥水材料を開発した。
この超撥水材料を船底塗料に用いることで、船体と水の流体抵抗を低減することを目指した。
耐久性に優れた超撥水材料により、様々な船体形状の船底を空気で被覆することができるようになり、流体抵抗低減による燃費の向上によって温室効果ガスの削減が期待できる。

船舶からのGHG削減を目指して

わが国では、海運からの温室効果ガス(GHG)の排出を2050年までに全体でゼロにする“2050年カーボンニュートラル”に向け、水素やアンモニアなどを燃料とする船舶や、風力推進の利用など、さまざまなGHG削減対策が検討されている。その中で、船体周りの流れにミリオーダーの泡を混入させることで、船底と水との摩擦抵抗を減少させる空気潤滑システム(Air lubrication system, ALS)にも注目が集まっている。国内では2010年に三菱重工(株)が開発した三菱空気潤滑システム(MALS)を搭載した新造船が竣工し、約10%以上の省エネ効果が得られたことが報告されている※1
ALSを利用するためには空気の泡で船底を被う必要があることから、浅喫水の平底船が適しているとされている。言い換えると、船底形状に依存しないALS技術が確立すれば、ALS技術の適用範囲は飛躍的に広がり、海運からのGHG削減が大きく進むことが期待できる。この技術課題を克服するため、われわれは船底塗料に注目した。すなわち、船底形状は容易に変えることはできないが、水中で空気を被覆できる特徴を持った船底塗料を開発できれば、船底形状に依存せずALSが適用できると考えた。

空気をまとって潜水する生物

水中で空気の皮膜を作らせるにはどうしたらいいか? 注目したのは、体の周りにできた気泡のスーツを使って水に潜ることができる「潜水バエ」である(図1左)※2。北米カリフォルニア州モーノ湖に棲むアルカリミギワバエは、撥水性の毛で体表が覆われているという特徴をもつ(図1右)。アルカリミギワバエが水に潜る際には、この撥水性かつ密集した体毛が持つ撥水効果により、水が体表から弾かれるとともに、空気が体表を覆い、あたかも空気でできたスーツが作り出される。アルカリミギワバエは、この体表にできた空気のスーツを呼吸に使うことで、水中でもエサを獲ったり、産卵をしたりすることができるという独自の進化を果たした。
アルカリミギワバエが作る空気のスーツは、生物が撥水機能を発現する際によく見られる材料設計の一つである。ハスの葉が水を弾く仕組みの発見が発端になったことから、“ロータスリーフ効果”と呼ばれる。ハスの葉の表面には、撥水性のワックスでできたミクロサイズの凹凸構造があり、これが空気のクッションを作り水滴を支えることで、撥水効果が増強される(図2(a))。

図1 水中に潜るアルカリミギワバエ(左)と走査型電子顕微鏡像(右)Copyright (2017) National Academy of Sciences 許可を得て転載

耐久性のある撥水材料

ロータスリーフ効果の発見以降、この原理を模倣した様々な撥水材料が開発されてきた。表面にミクロサイズの凹凸構造を作りこむために、集積回路の製造に用いられるリソグラフィーなどを駆使した微細加工や自己組織化技術などが用いられてきたが、いずれも微細な凹凸構造は耐久性が乏しいという問題が実用化の障壁となってきた。この問題を克服するため、われわれは、ハリセンボンの棘皮に注目した(図2)。ハリセンボンは、危険を察知すると約5倍程度まであっという間に膨張する。それと同時に、表皮に硬いトゲを張り出すことで敵を威嚇する(図2(b))。図2((c),(d))をよく見ると、テトラポット状のトゲが整然と並んでいることがわかる。すなわち、超撥水性を発現するハスの葉の凹凸構造(図2(a))を、ハリセンボンの棘皮に倣って作ることで、タフでしなやかな超撥水材料ができると考えた。
われわれが着目したのが、テトラポット状の酸化亜鉛(ZnO)ウィスカである(図3(a))。テトラポット状酸化亜鉛は、港湾や海岸線沿に敷設された消波ブロックや、忍者が敵の追跡を妨害するために使った撒菱(まきびし)のように、正四面体の中心から4つの頂点に向かってトゲが突き出したような形状をしていることから、どのような向きで置かれても少なくとも一つのトゲは上部を向く構造が自発的に形成される。母材となるシリコーン樹脂と酸化亜鉛ウィスカの割合を最適化することで、接触角150°以上の超撥水材料を得ることができた(図3(b))。また、本超撥水材料の特徴として、どの面に対してもテトラポット状酸化亜鉛のトゲが撥水性を示すように作用する。そのため、本材料を鋳型に流し込み、モノリスを作ったところ、カッターで切断しても表面に新たな超撥水が出現するというこれまでの超撥水性材料にはない特徴を示した(図3(c))※3

図2 (a)ハスの葉の写真と走査型電子顕微鏡像(筆者提供)、(b)ハリセンボンの外観と(c)(d)X線CT像((株)JMCより提供)
図3 (a)テトラポット状酸化亜鉛の電子顕微鏡像、(b)テトラポット状酸化亜鉛とシリコーン樹脂の配合比率を変化させて得られた複合体表面のレーザー顕微鏡像と水滴接触角、(c)どこを切っても撥水面が得られる金太郎飴のような撥水材料

水中で空気を纏う撥水塗料の早期実現に向けて

図4にハリセンボンに倣った超撥水材料を船底と見立てた基板に塗布したものを水中に沈め、その表面に気泡を供給した際の様子を示す。本撥水材料の表面に形成した空気被膜は、1週間以上安定に存在することが確認された。また、小型の模型船の船底に塗布することで、流体抵抗の低減効果が1割程度向上するという結果も得られることも見出しており、本超撥水材料とALSを組み合わせることで、GHGの削減が可能であることが示された((国研)物質・材料研究機構HPを参照)。
以上、船舶からのGHG削減を目指し、船底を空気被膜で覆うことができる超撥水材料に関するわれわれの取り組みを解説した。ハスの葉の撥水性とハリセンボンの表皮のタフでしなやかな棘皮を組み合わせることで、耐久性に優れた超撥水材料の開発に成功した。今回開発した超撥水材料は、スプレーなどの通常の塗工技術を用いることができることもメリットとして挙げられる。船底塗料としての実用化には、クリアすべき課題は多いが、本材料の早期実用化に向けて研究を加速化しているところである。(了)

図4 水中での空気被膜を形成するハリセンボンに倣った超撥水材料
  1. ※1川北ら, 三菱重工技報, 52, 57(2015)
  2. ※2F. Breugle, M. H. Dickinson, PNAS, 114, 13483(2017).
  3. ※3Y. Yamauchi, M. Tenjinbayashi, S. Samitsu, M. Naito, ACS Appl. Mater. Interfaces, 11, 32381(2019).

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