Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第506号(2021.09.05発行)

地域と研究をつなぐ臨海・臨湖実験所の技術職員

[KEYWORDS]臨海実験所の技術職員/海洋生物の採集/南極越冬隊
筑波大学非常勤技術補佐員◆土屋泰孝

全国の海辺には、国立大学の付属施設として約20カ所の臨海実験所が点在している。
臨海実験所に配属された技術職員は、それぞれの現場で採集や操船をはじめとするさまざまな業務を担い、日夜、科学者たちの海の研究を支えている。
同時に、漁業者など地元の人々との交流を通して、海洋研究と地域をつなぐ役割も果たしている。

臨海・臨湖実験所の技術職員とは

■写真1:船上での採集風景(右端が筆者)

国立大学の理学系の臨海・臨湖実験所は全国に約20カ所あります。諏訪湖(信州大学)や琵琶湖(京都大学)に近い内陸の施設を除いて、ほとんどが海岸線近くや島しょ部にあり、海洋に関する多分野の研究者が常駐して研究や学生向けの臨海実習を行っています。また、好立地な研究拠点として、学外や海外の研究者にも利用されています。
それぞれの施設に「技術職員」は1〜4名ずつ配置され、教員・研究者・学生の研究調査や採集のサポートをしています(写真1)。国立大学法人化前は「技官」と呼ばれていました。操船や潜水調査、実験用具作りや機材のメンテナンス、さらには構内の草刈りに学生の実験指導、調査の相談などを担う何でも屋です。少人数の実験所には技術職員が事務仕事や利用者の受け入れ業務、宿泊設備の準備まで賄っているところもあります。
全国に散らばる技術職員たちですが、年に1回は北海道から沖縄まで持ち回りで「国立大学法人 臨海・臨湖実験所・センター技術職員研修会議」を開催して集まります。会議では現在の仕事に関する調査発表をして、困っていることを共有したり、同じ海の仕事の方法を尋ね合ったりします。会議ホストの実験所を案内していただくと、1名の技術職員で頑張っているところから技術職員が多いところまで、規模も設備もさまざまで勉強になります。そのほか、普段から近隣の臨海実験所の仲間とは、共同調査をしたりお互いに必要な研究生物を採集して送り合う等の交流をしています。
筆者は静岡県下田市にある筑波大学下田臨海実験センターの技術職員を60歳で定年退職し、現在は、センターが海洋酸性化研究のために開所した「式根島ステーション」で、船舶による調査・採集・実験を非常勤で手伝っています。また、後輩の技術職員に式根島での調査業務や海の安全の指導をしています。最近は大学卒や専門学校卒の県外からの採用が多くなりましたが、昔はたいてい地元採用でした。地域の漁業関係者であれば住民や漁師と親しい上に海の生き物に詳しく自然の怖さも知っているからでしょう。下田市白浜の半農半漁の村出身の筆者は18 歳の時に公募を知り試験を受けました。所長だった渡邊浩名誉教授は96歳になった今も「作文の最後の『俺は海が好きだ』が気に入った」と言ってくれます。入所した頃は海や操船のことを教えてほしくて、漁帰りの漁師が雑談している場所に週に一度は顔を出していました。そのうち、17年前の2004年にある漁村の青年部から「キンメダイ漁場に沈んでいる切れた釣り糸や針や鉛製のおもりを回収して海をきれいにしたい」と相談を受けました。そこで海底動物採集用の大きなウインチ(巻き上げ機)がある採集調査船と手作りの道具で引き上げようと提案し、漁師十数名と船上で試行錯誤しつつ回収しました。その後はよく話すようになり、今ではどの港に行っても声をかけてもらえます。

安全の確保が第一の仕事

■写真2:南極での採集調査

野外調査が多いわれわれの職場は危険もいっぱいです。研究者や学生は天候や海の状況が悪くても調査をやりたいと無鉄砲なことを言ってくることがありますが、研究より優先すべきは人命であり安全が第一ですから、それを止めるのも技術職員の仕事です。毎日、朝昼夜の天気予報や、海上保安庁下田海上保安部が30分おきに更新する沿岸情報で風をチェックするのが日課でした。実習がある日は出勤前にフィールドに出て安全を確信してから磯採集や潜水調査を行いました。特に潜水については、研究者の体力や知識などの力量を見定めて実施可否を判断していました。
やがてフィールドは南極へ広がりました。1回目は1991(平成3)年の第33次日本南極地域観測隊です。生物担当の観測隊員が全員大学院生なので安全のためフィールドに長けた人を探していて、筆者が生物部門に参加しました。今まで全国の臨海実験所から夏隊に参加した技術職員はいましたが越冬隊は初めてでした。研究者たちの依頼に応えるため、何も材料が無い昭和基地でいろいろな採集用具を手作りして極寒の中で採集調査を行いました(写真2)。2回目は1998(平成10)年の第40次です。生物隊員と野外行動主任を兼任して、隊員たちが安全に極地で仕事と生活ができるように働きました。南極では、基地を維持管理してくれる設営担当の隊員と研究者の隊員が半分ずついます。どちらもプロ集団なのでノウハウの違いなどから衝突することもあります。その中で、両方の内容が分かる技術職員は、両者から意見を聞いて間を取り持つ役回りです。今では後輩たちがたびたび参加して重宝されています。技術職員の役割の重要性が、国立極地研究所や多くの研究者の皆さんに認められたようで嬉しい限りです。

技術職員は漁業者と研究者の架け橋

■写真3:小学校での講演

かつての白浜は天草(テングサ)の水揚げ日本一で、1911(明治44)年は年間4,000トンもあり、村の全戸が漁業権を持った漁師でした。しかし気象と海の変化や乱獲で数トンまで激減し、他の海産物も漁獲が低迷して会社員が増え、今では漁師は1割未満です。また、密漁が多いため、生活が圧迫され漁師が過敏になり、ほとんどの場所で潜水や採集が禁止されました。臨海実験所の潜水調査作業にも厳しくなって、研究や調査と言っても理解してもらえない状況が増えつつあります。
実験所は海で研究するために過疎な海岸にあるのですが、生物採集には漁業権を持った地元漁業者(漁協組合員)の了解が非常に重要です。そのため、県に許可申請をする場合にも、事前に、漁業者や漁協との調整を行います。そもそも一般の方々には研究内容が伝わっておらず、「あの施設は何をやっているのだろう?」と不思議そうに遠巻きに見られている状況がありました。地域に知り合いのいない技術職員が増えてきたからこそ、積極的にコミュニケーションを取り、なぜ生き物を採集するのか、なぜ基礎研究が大事なのかを丁寧に説明し、皆さんに納得して協力してもらえるように努めなくてはなりません。筆者はダイビング団体との海底清掃、市主催の水産学講座や小中高校での講演(写真3)、漁協の総代会役員など地域貢献の機会をいただき、コミュニケーションに努めています。一方では、地元の漁業者の皆さんに日頃から採集等に協力していただいています。技術職員はさまざまな場面で地域との架け橋にもなれるのです。お手伝いをした研究者や学生の論文が仕上がって御礼を言われた時など、非常に幸せとやりがいを感じられる仕事でもあります。これからも後進の方々と共に、研究者のために一生懸命頑張っていきたいと思います。(了)

  1. 筑波大学下田臨海実験センター http://www.shimoda.tsukuba.ac.jp/index.html

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