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オーシャンニュースレター

第500号(2021.06.05発行)

海洋政策研究所所長に就任して

[KEYWORDS]持続可能性/価値観の共有/多様性と違いの理解
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所所長◆阪口 秀

様々な場面で持続可能性sustainabilityが追求されるようになり、社会の中で強く意識されるようになった。
空間的に広大な領域を対象とする海洋政策においても、その政策による効果が時間的にsustainableであるという観点が重要である。
持続可能性にとっては恋愛や家族関係のように国同士のパートナー間においても「価値観の共有」が必要であり、多様な価値観とその違いを理解することが、地球全体のパートナーシップの構築にも求められる。

持続可能性と価値観の共有

2015年の国連サミットで「持続可能な開発目標―SDGs」が採択されて以来、昨今、世界中の様々な場面で持続可能性sustainabilityが追求されるようになり、社会の様々な場面の中で強く意識されるようになった。空間的に広大な領域を対象とする海洋政策においても、その政策による効果が時間的にsustainableであるという観点は、述べるまでもなく重要である。
ところで、われわれの日々の生活の中で無意識に「sustainableであって欲しい」と願うことの一つに、恋愛や家族関係が挙げられる。そして、恋愛や家族関係がsustainableであるために最低限必要なことは「価値観の共有」であることを、失恋や結婚など悲喜こもごもの経験から学ぶ。つまり、付き合いだしてからの経済的価値観、飲食に対する価値観、道徳的価値観、文化的価値観、美的価値観、交友関係の価値観などが共有できるか否かが、パートナーとの関係におけるsustainabilityに大きな影響を及ぼす。出会いのきっかけとか、馴れ初めとか、そういうことはケースバイケースで千差万別であるのに対して、継続か破局の要因はまず前述のいずれかの価値観の共有と相違が原因である。
恋愛や家族関係に限らず、およそパートナーシップと呼ばれる全ての関係のsustainabilityの命運は、パートナー間での価値観の共有にかかっていると言っても過言ではない。例えば、筆者もその専門家メンバーの一人として関わってきた「持続可能な海洋経済に関するハイレベルパネル」※1においても、全く然りである。このパネルには海洋先進国であるノルウェーの呼びかけで、パラオ共和国との共同議長によって、現在わが国を含む14か国が参加しており、1)海洋と経済の関係の共通理解、2)海洋の経済的利用と保護の両立の必要性の認識、3)経済開発と自然資本保護を調和させるための政策、ガバナンス、市場などをセットにした改革、の3つを目標としている。海洋は国と国の間に存在し、国連海洋法条約によって領海には沿岸国の主権が認められてはいるものの、海に満たされた海水は地球全体を循環していて(図1参照)海に生きる海洋生物も海流に乗って移動するので、海そのものも海に生きる生物も、どの国固有の所有物とも認めにくい。となると海洋をsustainableに利用するためには、海洋国間でのパートナーシップが必要となり、そのsustainability の命運は「価値観の共有」にかかっている。つまり、3つの目標である「共通理解」、「必要性の認識」、「改革」の実践は、まさにパートナーである参加国間での「共通の価値観」を醸成することに他ならない。
「持続可能な海洋経済に関するハイレベルパネル」では、専門家メンバーによって国連に提出するべくブルーペーパーがまとめられ、2020年12月2日に持続的海洋経済の構築に向けてOcean Health, Ocean Equity, Ocean Knowledge, Ocean Finance, Ocean Wealthの5つの変革をテーマとした政策提言を発表した。そのタイミングで(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)は、発表された提言を広く発信し効果的実現に向けた連携強化を図る目的で外務省と共催で、「国際ウェビナー持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル政策提言: ― 持続可能な海洋経済と国際連携推進に向けて」を翌日12月3日に開催した※2。わが国が真の「海洋立国」となるためには、このハイレベル・パネルで提言された政策を国内にしっかり浸透させながら国民で価値観を共有しつつ、次のフェーズとして日本が国際連携においてリーダーシップを取ることが重要である。OPRIとしては、是非、ここに力を発揮し大きく貢献したいところである。

■図1:海洋大循環(JAMSTEC提供)

価値観形成

さて、価値観形成には、歴史、文化、環境、地政学的条件、政治、経済などによるところが大きいが、それらに加えて教育や啓発の果たす役割が重要である。ここで大切なことは、教育や啓発は、多種多様な価値観が存在することを示しながら可能性や色々なオプションがあることを示唆するものであって、決して特定の価値観を押し付けるべきものではないことである。教育や啓発を受けた側が、それぞれの意味を良く理解した上で自らの意思で判断して価値観が形成されることが肝要である。これにより、多様な価値観が存在することと、その違いを理解できるようになるからである。歴史、文化、環境、地政学的条件、政治、経済を学ぶことは、この点でもとくに重要である。価値観の違いをきちんと理解できることは、強者や勝者の価値観を押し付けて世界を一色に染めることや、異なる価値観同士の衝突を回避できる能力に繋がる。

海洋政策研究所の使命

筆者がOPRIの所長に着任して2か月が経過したが、上述の観点から研究所全体を見渡したとき、実に多種多様な価値観とその違いを理解するためのバックグラウンドを有する職員でラインナップが組まれていることに驚いている。OPRIの母体である(公財)笹川平和財団全体には、さらに多様な価値観の持ち主であるタレントがずらりと揃っている。OPRIは「海洋に特化したシンクタンク」という実に世界に希な存在で、海洋を通したsustainableな地球全体のパートナーシップの構築=人類と全ての生命が安心して暮らせる世界、つまり世界平和の構築がその使命であるが、これだけの戦力でそれが為し得なかったら、それは全て所長の責任である。改めて身が引き締まる思いである。(了)

  1. ※1High Level Panel for a Sustainable Ocean Economy=ノルウェーが立ち上げを主導し、以下の海洋国家の首脳で構成される:ノルウェー、パラオ、日本、インドネシア、ポルトガル、メキシコ、ジャマイカ、カナダ、ガーナ、ケニア、ナミビア、フィジー、チリ、豪州。詳細はhttps://oceanpanel.org/ を参照
  2. ※2詳細は https://www.spf.org/opri/news/20201211.html
    菅義偉著「持続可能な海洋経済と国際連携推進に向けて~国際ウェビナー ビデオメッセージ~」第490号(2021.1.5 発行)を参照

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