Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第489号(2020.12.20発行)

「誰一人取り残さない」海洋教育

[KEYWORDS] 里海/協働授業/海洋教育コーディネート
(一社)能登里海教育研究所主幹研究員◆浦田 慎

全国初の海洋教育専門の研究所である(一社)能登里海教育研究所では、新学習指導要領が目指す学校教育のあり方、そしてSDGsの理念を踏まえ、全員参加型の主体的な海洋教育を実践・支援する「海洋教育の能登モデル」を推進している。
海洋教育パイオニアスクールプログラムと連携のもと、学校教員と児童生徒の自由な興味関心に基づいた探究型授業の実現と情報共有を進めることで、より多くの児童生徒、教員が海を学ぶ社会の実現を目指している。

海洋教育の意義と学校教育の課題

海に囲まれた日本に住む私たちの生活と文化は、昔から漁業や交易など海の恩恵を受けて成り立っています。また海の美しい生物や景観は、地域の観光資源ともなっています。世界とつながる海は国際的な活動の場でもあり、環境変動や自然災害とも海は大きく関わっています。
海を学ぶことの大切さ、次世代を担う子どもたちへ海洋教育の充実をはかることは、海洋基本計画にも示される通り私たち共通の課題となっています。しかしそれを効果的に進める方法はまだ十分に確立されているとは言えません。子どもたちが通う学校現場では、先生方は年々増えるさまざまな課題に追われて、新たな教育活動に取り組む余裕がなかなかありません。一方で一般社会の方も、十分に学校教育の仕組みを理解し、的確に支援しているとは言いがたい状況にあります。
そこで、(一社)能登里海教育研究所では、海に関わる地元の方や全国の研究者と学校をつなげて、先生方を支援し、子どもたちのより良い学びにつなげていく海洋教育に取り組んでいます。これは、単に海を知るだけでなく、社会に求められる新たな指針としてのSDGsの理念のもとで、社会が学校を良い形で支える仕組みづくりでもあります。そのモデルケースを示すのに、豊かな海と、それと関わる人々の暮らしがあり、かつ研究・教育機関の多い能登町は、絶好の場所なのです。
能登里海教育研究所は、2014年10月に金沢大学と地域の連携のもとで設立された全国初の海洋教育専門の研究所で、2015年度より日本財団の支援を受けて、現在常勤研究員2名と事務員1名、非常勤の研究員・支援員が業務にあたっています。また、能登町の委託により、契約職員2名が、うみとさかなの科学館(石川県海洋漁業科学館)で業務を行なっています。

里海科の特徴と「海洋教育の能登モデル」

能登町では、町の創生総合戦略(2015年)において、「小中学校で郷土愛を深め、ふるさとに誇りを持てる実践教育として海洋教育の充実を図る」ことが明記され、能登町教育委員会の主導で海洋教育の推進が図られています。また先進的な海洋教育のモデルとして、2015年度より文部科学省の教育課程特例校の指定を受けた能登町立小木小学校で「里海科」の授業が開始され、2016年度からは能登町の全小中学校での海洋教育が開始されています。里海科の特徴としては主に下記の4点があげられます。
・充実した授業時間数(1~4年生は年間14~70時間、5、6年生は年間35時間)
・全員参加型授業(全学年・全児童・全教員が取り組んでいる)
・15を超える地域の水産関係者や教育研究施設、専門家等と連携して、幅広い内容の海洋教育プログラムを展開している。
・児童の地域愛着や学習意欲・学力への教育効果が実証され、保護者・教育界から高い評価を得ている。
これらの実現のため、能登里海教育研究所では、物的・人的支援、教育効果の評価、そして新学習指導要領の方向性を踏まえた新たな連携教育モデル(能登モデル)によるコーディネートを行っています。新学習指導要領では、知識の理解の質を高め資質・能力を育む「主体的・対話的で深い学び」、各学校におけるカリキュラム・マネジメントの確立と、教科等横断的な学習の充実、そして子どもたちに求められる資質・能力とは何かを社会と共有し、連携する「社会に開かれた教育課程」をポイントとしてあげています。一方で、従来の各地の学校での海洋教育では、海洋教育に関心のある特定の先生が、大学等の専門家の出前授業などを利用し、特色ある授業内容を展開して成果とするものや、水族館等が提供する既存プログラムをそのまま利用するもの、あるいは大学等の一部の専門家が、学校教員に海洋教育研修を行い、教育普及を促すものがほとんどでした。このような方法では、実践内容の幅も制約され、新学習指導要領が目指す学校教育のあり方、小木小学校のような全員参加型の主体的な海洋教育を成り立たせるのは困難です。
そこでわれわれは、新たに「学校教員が主体となる連携モデル」を「海洋教育の能登モデル」として推進しています。具体的なポイントとしては、学校教員に高度な海洋知識の事前習得を求めないこと、外部専門家に丸投げした出前授業は行わないことを基本とし、授業計画にあたって助言を行い、能登モデルの概念を理解している協力者や協力機関をコーディネートしています。コーディネートにあたっては、学校教員の授業イメージを元に「授業計画カード」を作成し、外部協力者とともに授業内容を協議・調整しています。
こういった体制のもとで展開された授業は、担任教員の主体的な取り組みにより、既存科目授業との整合性や、児童生徒の理解度が高まるだけでなく、外部協力者にとっても協力内容が具体的かつ必要最小限になるため、負担が軽減され、結果的により幅広い協力者が得られることになります。学校教員と児童生徒の自由な興味関心に基づいた探究型授業に適切な協力者が加わることにより、社会に開かれた学校教育が理想的な形で実現するのです。
例えば、海を理解する基礎となる「海に親しむ」観点で、小木小学校では生物の住みやすい環境を考えて水槽を作り、観察後は子どもたちの手で元の海に返す、そしてその学びを大人や下級生に伝えるプログラムに取り組み、「海を守る」観点では金沢市海みらい図書館と協力し、プラスチックの分解実験など体験的に海洋ごみ問題を理解し考えるプログラム開発を進めています。特別支援学校への海洋教育支援も継続的に行なっており、すべての子どもたちが取り組める海洋教育プログラムの構築を推進しています。

小木小学校2年生の里海科オリジナル水族館展示の様子 海洋ごみを学ぶ教育イベントでの実験の様子 特別支援学校への海洋教育支援「ハマボウフウの移植」(写真は2019年12月18日付 北國新聞)

海洋教育パイオニアスクールプログラムとの積極的連携

私たちが取り組んでいる、学校教員が主体となる「海洋教育の能登モデル」は、学校が主体的に取り組む「海洋教育パイオニアスクールプログラム」と高い親和性があります。能登里海教育研究所は、同プログラムのスタート時から石川県内の採択校の成果報告会を開催するなど、側面支援を続けてきました。現在では、いしかわ海洋教育フォーラムの一事業として金沢市海みらい図書館を会場に毎年開催し、海洋教育を実施する各校教員の情報交換だけでなく、一般市民にも同プログラムの成果を示し、海洋教育の意義を伝える場としています。
学校と社会のより良い連携を目指す「海洋教育の能登モデル」が、全国の学校での海洋教育の普及とより良い成果に貢献できるよう、引き続き努力していきたいと思います。(了)

  1. 海洋教育パイオニアスクールプログラムHP https://www.spf.org/pioneerschool/

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