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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第489号(2020.12.20 発行)

クルーズ船の疫病対策と今後の課題

[KEYWORDS]新型コロナウイルス感染症/検疫制度/日本版CDC
(一財)みなと総合研究財団首席研究員、クルーズ総合研究所副所長◆田中三郎

世界では40隻以上のクルーズ船に新型コロナウイルス感染症の集団感染が発生したと言われている。
米国疾病予防管理センター(CDC)は、世界保健機構(WHO)が定めた船舶衛生ガイドを実施するために船舶衛生プログラム(VSP)を定め、米国に寄港するクルーズ船に衛生検査の実施とVSPの基準をクリアするよう求めている。
日本もこうした米国の取り組みを先進事例として、船舶衛生プログラムを定めて訪船検査の実施体制を構築すべきである。

国際航海に就く船舶の検疫制度

船舶は、貨物を輸送する貨物船と人を運ぶ旅客船とに分けられているが、本稿で取り上げるクルーズ船は、船旅(クルーズ)を楽しむことを目的とした旅客船として、フェリーや連絡船のように人の移動手段である旅客船とは区別されている。さらに、そのクルーズ船の中でも、世界のクルーズ人口が2019年に3,000万人に達し、10年後には4,000万人に達すると言われる国際航海に就く国際クルーズ船を対象としている。
今世紀になって発生した主な感染症には、重症急性呼吸器症候群(SARS)、新型インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)そして今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)等がある。クルーズ船を含め他国間を結ぶ国際航海に就く船舶は、船舶を介して感染症が拡がることがないよう、国際保健規則(IHR 2005)により船内の衛生状態を良好に保つことが定められている。具体的な制度としては、国内に常在しない感染症の病原体の国内への侵入を防ぐ水際対策の一つである「検疫制度」が、各国に設けられている。
この検疫制度により、外国から来航したクルーズ船を受け入れる寄港地(ファーストポート)は、航海中および船内の衛生状態や乗客乗員の健康状態等を記載した「明告書」の提出を船長に求める。提出された明告書の内容で感染症患者(疑いのある者も含め)の有無を確認した上で、検疫検査を行い、感染症の病原体が国内に侵入するおそれがないと認めた場合は、検疫済証を交付する仕組みとしている。

衛生管理・船内感染防止はどうなっていたのか?

世界のクルーズ船は、世界保健機構(WHO)が船内での感染症予防および拡大防止を図るため、船舶設備および運用における衛生要件に関する世界基準を定めた船舶衛生ガイドに従い船内の衛生管理を行っている。2000年を過ぎた頃より、クルーズ船でのノロウイルス(ウイルス性胃腸炎)による集団胃腸疾患が幾度となく発生し、船内のウイルス性腸内感染症防止を強化する必要があった。それに伴い、WHOは船舶の構造の変更やレジオネラ症、ノロウイルス等への対応を含めた船舶衛生ガイド第3版を2011年に発行した。この船舶衛生ガイド第3版には、水、食品、廃棄物、媒介動物等に関する規定と共に、感染症発生時の抑制を設け、ノロウイルスのような胃腸疾患とインフルエンザのような急性呼吸器疾患に分けて対応策を規定しているが、どちらかと言うとノロウイルス抑制に焦点が当たった内容となっている。各国は船舶衛生ガイドをベースに、衛生対応を定めている。米国では寄港するクルーズ船を対象に、米国公衆衛生局(USPH)による衛生検査を受けることを定めた。そこでは米国疾病予防管理センター(CDC)が制定した船舶衛生プログラム(VSP)の基準をクリアすることを求めている。
わが国は、船員の災害や疾病を防止するために定められた船員労働安全衛生規則で船内衛生基準に従い船内の衛生管理を実施している。船内において伝染病または伝染病の疑いのある疫病が発生した場合は、患者の隔離、患者の使用した場所、衣服、器具等の消毒、生水および生ものの飲食の制限などの必要な措置を講じなければならない。船内の安全および衛生を管理するため、船長をリーダーに船医も含めた船内安全衛生委員会を毎月1回開催し、規則の適正な運用の実施を定めている。

今後の対応はどう変わるのか?

今回の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックはクルーズ船にもおよび、わが国では横浜でのダイヤモンド・プリンセス号、長崎でのコスタ・アトランティカ号の集団感染が発生し、CDCは米国で20隻以上のクルーズ船集団感染が発生したと報告した。世界では40隻以上のクルーズ船の集団感染が発生したと言われている。クルーズ船は限られた船内空間に多くの人々が乗り合わせ、乗客同士の交流を楽しみに数日間を過ごすいわゆる三密の塊であることもあり、今まで以上に厳格な新型コロナウイルス感染予防対策が必要となった。感染予防は、感染者を船内に入れないことを大きな柱の一つとしている。オンラインによる乗船申し込み、健康質問書やPCR検査等による乗船者の事前審査(スクリーニング)、非接触型の乗船受付等の措置を定めている。さらに寄港地での行動に関しても、自由行動を避けるため、船社が予め計画した寄港地観光での上陸の推奨、昼食は必ず船に戻り船内で供食する等、乗客・乗組員が寄港地での感染機会を徹底して排除する対応をとる船社もある。それ以外にも、船内での検査実施を含む、感染症患者早期発見のための措置や感染者が発生した際の船内隔離やイベントの中止など、船内の感染拡大防止のための処置なども手順書に定めている。もちろん、船内での感染予防は今まで以上に徹底し、ソーシャルディスタンスの確保、ビュッフェの中止、マスク・手洗い・消毒の措置等も定めている。
今回のコロナ禍で、クルーズ船の集団感染は、船だけでの問題ではなく、寄港地にも医療崩壊等多大な影響を及ぼすことが明らかになった。国が主導して作成した港湾および船舶の感染対応ガイドラインでは、クルーズ船の寄港受け入れ判断は、港湾管理者だけではなく保健当局等も交え幅広い観点から判断することとなった。

感染予防の実効性確保のために

米国では船舶衛生ガイドを継続・実行するため、CDCが船舶衛生プログラム(VSP)を定めている。プログラムの実行を図るため、環境保健担当者が主導し、クルーズ船の乗客と乗組員の保護に重要な公衆衛生に関する船舶衛生プログラム訓練セミナーをマイアミで年6回、2泊3日の日程で開催している。さらに、船舶衛生プログラムの検査官を米国の港に寄港しているクルーズ船に予告なく派遣し、感染症の侵入・拡大/伝播をもたらす害虫/汚染された食品・水/その他非衛生な状態の存在を確認するために、船舶衛生プログラム運用マニュアルに従い船舶の衛生状態を検査している。
この船舶検査の結果は100点満点で評価し、86点以上の合格点に達しないと勧告を行う。その勧告に従った改善を実施した後の再検査が必要となるだけではなく、検査スコアがVSPのホームページに公表される。各社・各船は合格点を得るために、基準をクリアした船内設備の整備や常日頃からの乗組員の衛生意識や訓練など、船内での衛生管理運用に尽力している。
わが国の専門家の一部は、国家安全保障の観点から感染症対応の司令塔となる日本版CDCの創設を訴えている。米国での取り組みを先進事例として、わが国の船舶衛生プログラムを定め、研修と訪船検査を実施する体制を構築し、クルーズ船の高度な衛生管理状態を実効性あるものとする仕組みを提案する。(了)

11月2日の運航再開に先立って10月20日に神戸港で実施された、クルーズ船「飛鳥Ⅱ」の船内感染症患者の陸上病院移送訓練の様子
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