Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第479号(2020.07.20発行)

わが国の自動運航船開発の現状

[KEYWORDS]自動船/制度設計/環境整備
東京海洋大学学術研究院教授◆清水悦郎

近年、世界的に研究開発が活発に行われている自動運航船の運用システムの構成を紹介する。
その上で、日本国内で行われている自動運航船の技術開発状況を紹介するとともに、普及に向けての法制度面への対応、ビジネスモデルの構築等の課題について述べる。

自動運航船とは

自動運航船とは、遠隔地から送信されてくる指令や自律機能によって自動的に航行することが出来る船舶のことである。海外ではMaritime Autonomous Surface Ships(MASS)と呼ばれて研究開発が進められている。当初、特に海外では無人での船舶運航を目指して研究開発が進められていたが、技術面、運用面、経済面等、解決すべき問題も山積していることから、現状では自動運航船(Autonomous)と無人化船(Unmanned)は、同義語ではないという認識になってきている。ICT技術、センサ技術、人工知能等、多くの技術の進展に伴い、自動車の自動運転と同様に自動運航船の研究開発が活発に行われている。
自動運航船のシステム構成は、諸外国の研究開発動向をみても、図に示すような自動船、管制室、通信システムの3つのシステムから成立している。自動船とは、遠隔地にいる操船者が船舶から受信した情報をもとに操船指令を送信し指令に基づいて自動的に航行する船舶や、船舶に搭載した機器が周囲の状況を判断して操船指令を行い指令に基づいて自律的に航行する船舶のことである。管制室とは陸上にあり、自動船から受信する船舶の航海情報や周辺情報を監視するとともに、必要に応じて操船指示を送信する機能をもつシステムである。通信システムは、自動船と管制室の間で情報を送受信するために必要となる通信回線のことで、具体的には無線LAN、携帯電話通信、衛星通信等のことである。これら3つのシステムを組み合わせることによって自動運航船は実現するが、それぞれのシステムに関しても、まだ開発すべき事項が山積している状況である。

■図 自動運航船のシステム構成

国内の自動運航船技術開発の現状

船舶は、全長は数mから数百mとなるものまであり、その大きさに応じて運動性能が大きく異なるだけでなく、航行する水域・時間や船舶の種類によっても考慮しなければならない問題が異なってくる。このため、一言で自動運航船といっても解決すべき内容は様々であり、適切に問題を切り分けて考えていくことが重要である。
全長10m程度の小型船に関しては、JMUディフェンスシステムズ(株)が開発している、外洋で要求される耐航性/航続距離/高速航行を高度にバランスさせた多用途自律水上艇や、東京海洋大学が開発している都市型水上交通や沿岸漁業での利用を目指した電池推進船などがある。両船とも長距離通信可能な無線LAN 通信システムを用いて、陸上の管制室から遠隔操船を行うことが出来る。またカメラやLiDAR※1によって障害物を検知し回避する自律航行機能に関する研究開発が行われている。(株)大島造船所は国土交通省自動運航船実証事業の一環として、2019年6月に全長35m、総トン数340トンのバッテリー駆動式自動運航船「e-Oshima」を竣工し、実証実験を行っている※2。また同事業の一環として、三井E&S造船(株)他は、全長約50m、総トン数425トンの東京海洋大学練習船「汐路丸」を用いて、自動離着桟の実験を実施している※3。さらに日本郵船(株)は2019年9月に全長約200m、総トン数70,826トンの自動車運搬船「IRIS LEADER」に最適航行プログラムを搭載し、名古屋港から横浜港の試験区間において、同プログラムを用いて航行する自動運航の実証実験を実施した※4
このように日本国内においても実際の船舶を用いた研究開発が進められているが、まだ条件を限定した環境における一部要素技術の開発を行っているのが現状である。例えば小型船において、人が操船を行っている場合には船体の揺れを少なくするために波を受ける方向を変える細かな操船を行っているが、そのような自動操船はまだ実現できていない。また障害物検知に関しても、何か物体があるということは分かっても、それが何であるかという認識機能に関しては、さらなる研究開発が必要である。管制室に関しても、どのような情報をどれくらいの周期で送信すれば十分に監視できるのか、どのように表示すれば監視が行えるのか、ということも検討課題である。これは通信容量や遅延時間等の通信回線の性能にも大きく依存する。昨今話題の5G通信が普及すれば問題ないと思われるもしれないが、5Gは通信端末と基地局の距離が短い場合の性能で説明されていることがほとんどであり、船舶は通信端末と基地局が長距離となることが多く、利用できる場所は非常に限定される。さらに遠隔操船を行う場合には、操船に求められる能力等も検討しなければならない要素である。

自動運航船の普及に向けて

自動運航船が利用できるようになるには、単に技術開発を行うだけでなく各種法制度面への対応の検討も必要である。例えば領海における通航の場合には、海上衝突予防法5条で見張りに関して「船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない」と規定している。この見張りに関して、船舶外の管制室やカメラやマイクなどの機器で代替することが許容されるのか、というような議論が必要である。
また、技術的、法制度的に自動運航船が利用できるようになったとしても、どのような場面であれば自動運航船を利用するメリットがあるのか、自動運航船の実現によって可能となる新たな船舶の利用法とは何か、といった継続的に利用していくための経済性を考慮したビジネスモデルの検討も必要である。
技術的には研究開発が進められており、法制度面への対応に関しても、実験を行うための暫定指針が示され、国土交通省を中心に議論が行われている。近い将来、利用するための環境が整備されると期待できる。あとは経済的にメリットがあり多くの人が利用したくなる自動運航船の利用法が構築できれば、自然に普及が進むと期待している。(了)

  1. ※1LiDARとは、レーザー光を対象物に照射し、その反射光を観測し対象物までの距離を計測する装置。
  2. ※2(株)大島造船所:日本初の完全バッテリー駆動式自動運航船「e-Oshima」命名式開催、https://jp.osy.co.jp/topics/5049/
  3. ※3(株)商船三井:自動離着桟の実証実験を実施、https://www.mol.co.jp/pr/2019/19046.html
  4. ※4日本郵船(株):世界初、有人自律運航船に向けた自動運航の実証実験に成功、https://www.nyk.com/news/2019/20190930_01.html
  5. 丹羽康之著、「自律船開発の国内外の取り組みについて」第424号(2018.04.05発行)もご参照ください。

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