Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第475号(2020.05.20発行)

“教室に海を”プロジェクト ~ウニを海洋教育のきっかけに~

[KEYWORDS]受精発生教材/海産生物の生活史/環境教育
お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センター長◆清本正人

ウニは動物の発生観察に適した材料で教科書にも紹介されている。
普通の顕微鏡を使って比較的短時間で受精や卵から育って体ができる様子をはっきりと観察でき、小さな容器で幼生を成体まで育てることもできる。
材料入手や飼育設備といった学校で実施する上での問題を解決する新しい材料提供の方法を開発した。
海の生き物が生活する環境を教室で再現することから、海洋教育に広げる取り組みを紹介する。

ウニの発生教材としての特徴と利点

お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センターは千葉県館山市に所在し、ウニ、ウミユリ、造礁サンゴ、ナメクジウオなど東京湾口の興味深い生き物の研究調査と増養殖に取り組んでいる。また、年間行われている臨海実習を通して学生が海について学ぶ場を提供している。臨海実習で必ず見てもらうのが、動物の体が卵から出来上がる様子を観察するウニの発生である。季節ごとに産卵期の異なる種類を用意して通年で実施している当センターの看板メニューである。
ウニの実験材料としての利点は、まず、簡単にたくさんの卵が得られることである。ウニにも雌雄があり、産卵期になると雌は卵を、雄は精子を放出して海水中で受精する。卵や精子の出口は、ウニの上の方にある肛門の周りに5個並んでいる。ちなみに口はウニの下についていて、5個の歯で海藻などをかじって食べる。実験では、口を外したウニの体内に、少量の塩化カリウムの溶液を入れるだけで、数秒後には卵や精子の放出が始まる。1匹が産む卵の量も膨大で、小型のバフンウニからでも数十万個の卵が得られる。
小中学校での動物の受精や卵から育っていく過程の学習は、肉眼でも見える大きさのメダカやカエルの卵がよく取り上げられる。これらの卵に比べると、ウニの卵は直径が約0.1mmと顕微鏡でないと見えないほど小さい。しかし、逆に卵と精子の両方を一緒に観察することができるので、卵に精子が入って受精することが納得できる。また、中まで透けて見えるので、受精卵の分裂や細胞が集まって体ができ上がる様子をそのままはっきりと確認できる(図1)。1時間ほどで受精卵は分裂し、ふ化して泳ぎだすまで半日、幼生の体が出来上がり餌を食べるまでが2日ほどと、早く発生が進むので短期間で観察を終わらせることもできる。

■図1 ウニの卵と受精、幼生までの発生。

冷蔵保存で簡便な教材に

学校でウニの実験を行う場合、材料の入手がまず問題となる。毎年多くのウニが漁獲されているが、産卵期のウニの生殖巣は食用には適さずそれよりも前に収穫されるため、流通するウニを材料にすることはできない。また、ウニが手に入っても、実験に使うまで水槽で飼育しないといけないが、環境の変化に敏感でちょっとした水質の変化で勝手に産卵が始まってしまう。そうならないように温度や水質を維持するための特殊な(高価な)水槽が必要になる。さらに、比較的簡単とはいえ、ウニに産卵させるための時間と手間がかかり、初めての人にはハードルが高いかもしれない。これらの問題は、当センターで始めた、採取した卵と精子を提供する方法によって、一挙に解決できる。
1匹の雌は大量に卵を産むので、1つの学校、1回の授業で使いきれないのは、なんとももったいない。卵を数日でも保存して使えるようにできれば、1匹のウニを複数の学校でシェアすることもでき、資源の節約にもなる。卵の保存方法については既に先行研究があり、日本のウニで冬が産卵期のバフンウニではとても有効だった。だいたい1~2週間、中には1カ月以上、保存できるものもあった。精子についても、1カ月以上、冷蔵で良い状態を維持できることが確認された。この方法は、資源の節約だけでなく、実験の手順が画期的に簡単になることも重要である。提供される卵と精子はそのまま冷蔵庫で保存するので、従来のようにウニを飼育するための水槽を用意したり、卵を産ませたりする必要はない。取り出して卵と精子を混ぜるだけという簡単な手順で、いつでも誰でも受精の瞬間を見ることができる。

海洋教育への活用

ウニは日本人にとって海産の魚介類の中でもご馳走であり、親しみのある生き物である。そのような生き物がどのように生をつなぎ、海の中のどんな環境で育っているのかを知ることは、児童生徒に海に興味を持ってもらい、さらに深く学んでもらうための良いきっかけになると思われる。当センターでは、特に海から離れた地域でも海洋教育に本格的に取り組めるように、“教室に海を”プロジェクト※1として、教育の現場で用意することの特に難しい生(なま)の教材を紹介している。この卵と精子の提供により、毎年全国の100以上の小学校から高等学校で、1万人を超える児童生徒のウニの実験の取り組みを支援している。
通常の授業では、ウニの発生は幼生までの観察で終わってしまうが、この事業ではその後の支援も用意している。1カ月ほど、ポケットに入る小さな容器で飼育を続けて、棘々のウニの形に育っていくまでを観察することができる※2(図2)。そのためには餌の植物プランクトンも必要になるが、電気スタンドなどの照明を使って、植物プランクトンを簡単に培養することができる。海の中の生態系で起きている、太陽光を利用した植物プランクトンの繁殖とそれを餌にする動物の成長を、ウニを使うことで、特殊な装置を必要とせずに教室の中で再現し、そのありようを継続して観察することができる。
現在、各学校の希望に合わせ年間を通して提供できるように、夏や秋のウニでも同様な卵と精子の保存ができるように研究を進めている。1匹が大量に卵を産むウニなら、計算上では、毎年数百のウニを用意すれば、日本の全ての子ども達にウニの発生を観察してもらえる。これを単なる夢物語とは思わず実現できるように、スケールアップの方策も検討していきたい。(了)

■図2 幼生が育って稚ウニになるまでとポケット飼育の容器
  1. ※1お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センターHP http://www.cf.ocha.ac.jp/marine/index.html
  2. ※2小川博久 ウニの受精から成体まで–生命を実感するマイウニ飼育の実践 生物の科学 遺伝 71(4): 360-369, 2017
    川口 実 バフンウニの受精・発生からブルテウスのポケット飼育へ サイエンスネット12 : 11-13, 2013

第475号(2020.05.20発行)のその他の記事

ページトップ