Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第460号(2019.10.5 発行)

海女、海の魅力と女性たち

[KEYWORDS]海女/転職/ライフスタイル
海女、漁業体験民宿「Guest House AMARGE」女将◆佐藤梨花子

近年、持続可能な漁業のモデルとして注目されている海女。
筆者は、結婚を機に名古屋から鳥羽市石鏡町へ移住し未経験から海女を始めた。
慣れない海女の仕事は苦労の連続だが人としての生き方や海の面白さを知った。
海女の魅力、そして海女として生きるとはどういうことなのかを語る。

人生の転機は意外な形でやって来た

「別に元々海女になりたかった訳じゃないんです」。こう言うと、皆さん、決まって目を丸くされます。三重県鳥羽市石鏡町。「石」に「鏡」とかいて「いじか」、ここが私の暮らす人口500人にも満たない小さな漁師町です。1949年には298人いた石鏡の海女も2017年には42人に減少し、その8割近くを70歳以上が占めています。30代の海女は私を含め2人だけ。20代、40代、50代の海女は現在1人もいません。
大学を卒業後、名古屋で会社員をしていた時に後に夫となる人と知り合いました。「鳥羽市でフリーランスの学芸員をしながら漁師をしている。時々こうして名古屋に来て、専門学校で海や生き物のことを生徒たちに教えているんだ」と楽しそうに話す彼の話を聞きながら、直感的に自分はこの人と結婚するだろうと感じました。しかしまさか自分が海女になるなんて、その時は想像もしていませんでした。
海女は日本と韓国にしかないライフスタイルで、その歴史は古く、3,000年以上前から存在すると言われています。海女は伝統的に女性の職業とされており、タンクなどの潜水器具を使わず素潜りで海に潜り貝や海藻を採取する漁法は、乱獲を防ぎ資源を守りながら自然と共存する持続可能な漁業のモデルとして高く評価され、近年世界から注目を集めています。
私の生まれは愛知県の豊田市(旧・下山村)。川で泳いだり山でかくれんぼをしたりして幼少期を過ごしました。その反動で海が好きに……とは、残念ながらならず、結婚するまでは海に興味もありませんでした。それでは何故海女に? と思われるかもしれませんが、理由は本当にただの好奇心からでした。新参者にはハードルが高いと言われる漁業権の問題も、夫が漁師をしている私には海女をする資格が自動的に発生していましたし、近所のおばあさんは「海女は楽しいぞ。ワシが教えてやる、道具もやる」と言ってくださいます。なんだか分からないけれど、海女になるための条件がこれだけ揃っている。やらない理由がないように思えたのです。

海女は辛い、でもやめられない

お師匠の城山とらさん(81歳)はアワビ獲りの名人

とはいえ、まったくの素人から始めた海女は苦労の連続でした。お師匠が何度指を差して見せてくれてもどこにサザエがいるのか全然分からないし、海に入って30分と経たないうちに波酔いで嘔吐してしまう。毎日慣れない肉体労働で気絶しそうなほど疲れているのに、1日の収入は3,000円にも満たないのです。会社員をしていた頃、私は花形部署と言われる海外事業部で貿易事務の仕事をしていました。そんな自分がこんな田舎では赤子も同然。体力は人並み以下でお金も全然稼げない、特技の英語なんてここでは何の役にも立ちません。海女を始めた最初の年の年収はたったの30万円でした。夫に「海女が辛い、私は向いていない」と弱音を吐こうものなら、「じゃあ名古屋に帰れば」と言われます。惚れて付いて来たのが運の尽き、「追っかけ女房」の私がここで生きていくには、一人前の海女になるしかないと考えるようになりました。
海女を始めてもうすぐ4年。今でも自分は性格的にも体力的にも海女に向いていないと思いますが、それでも辞めなかったのはこのライフスタイルを実は気に入っているからだと思います。
はじめは何か恐ろしいものが潜んでいそうで怖かった海も、慣れればその魅力の虜になりました。冬の海は透明度が高く、海面から海底に向かって太陽の光が真っ直ぐ斜めに差し込み、白い光のカーテンが波に合わせてゆらゆらと揺らめく様子はとても幻想的です。静寂の中に生き物たちの微かな気配を感じます。すべてがあまりに美しく、息を止めていることも忘れ、海中をただただうっとりと浮遊している時もあります。そして夏はアワビ獲りのシーズン。1つ数千円にも上る高級貝を探し求めるアワビ漁は、まさに一攫千金のトレジャーハンティング。腕の良い海女なら1日で10万円以上を稼ぐこともあります。知識、経験、技術、センスが物を言うアワビ漁は実力差がはっきりと表れる、海女の醍醐味と言えるでしょう。

与え・奪うもの

同じカマド(海女小屋)の仲間たち。最年少の筆者(左端)と最年長の先輩海女との年齢差はなんと50歳!近年都会からの移住者や子育てを終えた地元女性らが海女を始めるようになり、後継者が育ちつつある

ところで、石鏡の海女はアワビを「獲る」ではなく「授かる」と言います。他の貝とは違いアワビは海の神様、ご先祖様や仏様が与えてくださる尊い物という考え方が広く浸透しているのです。なんだか素敵ですよね。
アワビ、特に最高級のクロアワビは確かに驚くほど美味な貝ですが、高値の理由はそれだけではありません。古くから伊勢神宮にも奉納される神聖な食材であり、技術が発展した現代においても大量に養殖するのは難しく海で獲れる天然物が一般的です。そして私たち海女にとっては海中で見つけるのも獲るのも非常に難しい貝なだけにその存在も扱いも特別です。巨大なアワビを授かった時などは本当に不思議なのですが、つい手を合わせて拝んでしまいます。
海女は海から命を頂き生計を立てていますが、同時に近しい家族や友人をこの海で失うという経験を誰もがしています。海は与えもするが同時に奪いもする、それを知っているから彼女たちは毎日を明るく、楽しく、精一杯に、神仏に感謝して生きている。
人事を尽くして天命を待つ――。 まさに、そういう生き方をしているのです。
点と点が繋がり線になるように、ある日突然、私は彼女たちの底なしの明るさや愛情深さ、信仰心、そして強さの裏にあるその事実にハッと気が付き、深く納得したのと同時に、もう何とも言えない、痺れるような深い感動を覚えました。
海女というライフスタイルは知れば知るほど興味深く、一言では言い表せない「深み」があります。きっと会社員をしていたら一生知ることのなかった気付きや学び、感動が味わえるのも魅力です。現在、私は少しでも多くの方に漁師町での暮らしや海女について知ってもらいたいという想いから、『海女日記』というブログ※1を書いたり、漁業体験のできるゲストハウス※2を運営したりしています。そのため、私の元には毎年数名の方から「どうすれば海女になれますか」という問い合わせがあります。自分自身が苦労をしている分、簡単な仕事ではないこと、命の危険が伴う生業であること、しかしそれ以上に面白くやりがいのある生き方であることを伝えています。後継者不足でいつか海女文化は消えてしまうのではないかと危惧する方もいますが、正直私は全然心配していません。海女は人間の本能です、だからきっと無くならない。そう思っています。(了)

  1. ※1ブログ『海女日記』 https://www.ama-diary.com
  2. ※2漁業体験民宿「Guest House AMARGE」 https://www.ghamarge.com/
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