Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第456号(2019.08.05発行)

屋形船の変遷と将来への可能性~災害に強いまちづくりに向けて~

[KEYWORDS]東京の水運/屋形船/地域資源
屋形船三浦屋7代目◆新倉健司

徳川家康が江戸に幕府を開くと、江戸の都市整備の一環として、幕府は河川の整備を進めた。
江戸時代、大名らが贅を尽くした船を作らせ遊覧したことで、屋形船の文化は大いに栄えた。
それを支えたのは、水運とまちの結節点としての船宿と、先人たちの創意工夫であった。
屋形船には娯楽や観光のためだけでなく、災害に強いまちづくりを支える交通インフラとして活用できる可能性がある。
そのためにも分野横断的な取り組みや地域資源の活用といった視点が重要である。

地域と時代の需要に応じて変化

私は船宿「三浦屋」※1の7 代目で、私自身が家業を切り盛りするようになってから30年ほどになります。私たちの商売は、地域の人たちが望むような形で変化してきました。船の機能も、楽しみ方も、その時代、その時代で変化してきたのです。江戸の町は水路を中心に栄えてきました。水路が網目のように整備されたことで、物資を内陸まで運べるようになりました。昔は陸路があまり発達していなかったので、水運が物流・輸送の主役でした。船を待つ間、人々が食事をしたりするために船宿ができました。また、柳橋には料亭街があって、そうした場所では川遊びや大名遊びが行われ、大名たちは船を浮かべて遊覧するようになりました。これが東京における屋形船の原型ではないかと思います。
時代を経るとともに、船宿は創意工夫を重ね、東京湾でハゼ釣りを楽しむ人たちのために船の上で料理ができるようにしたり、空調設備のある船を作ったりしてきました。バブル経済が到来した時には、屋形船が気軽に貸切れる宴会の場として注目されるようになり、より揺れない船として、強化プラスチック製の軽く大きな船が作られました。さらに、水上の空気や大空、夜空を楽しめるよう、最近では展望デッキ付きやLED照明の船も増えています。
私は船の本質とは、やはり非日常の水の上に出て移動することであり、人々の「足」であったと思うのです。昔の船宿は、船に乗って水際へ出て行く出発点としての役割を持っていました。現在では、水辺にさまざまな施設が整備されてきています。これからの屋形船は、船宿だけでなく、そうした水辺にある施設を出発点にすることもできるのではないか、と思います。屋形船に芸人さんを乗せてお客さんを楽しませたり、さまざまなショーを船の中で開催したりすることもひとつの方向性ではありますが、エンターテイメントの役割はそうした施設にまかせ、船は施設を結ぶ導線として、もっと活用できるはずです。このように、都会の新たな「足」となることができるのではないでしょうか。

「東都両国夕凉之図」(国立国会図書館所蔵)

災害時の交通インフラとしての屋形船の可能性

例えば、災害時の交通インフラとして屋形船は有効であると考えます。首都圏で大地震等が起きた場合、鉄道が動かず、道路も破壊されて、交通の手段がなくなってしまい、大混乱に陥ることは必至です。そうした緊急時に、屋形船が役立つことは間違いありません。屋形船には災害時に役立つ設備がいろいろあります。エンジンにより発電できるので、常時電気を使うことができ、船室には冷暖房が入り、トイレもあります。飲料水を積んでいますし、船上で調理も可能です。災害時には帰宅困難者を運ぶだけでなく、一時避難所や簡易的な医療施設にもなり得るでしょう。屋形船をあちこちに止めておき、仮設トイレとして利用してもらうこともできるでしょう。
三浦屋では、屋形船だけでなく、関舟や漁船、観光船なども所有しています。同業者たちが保有する多数の船を活用することで、警察官、消防隊の方々や医療関係者が現場入りするための交通手段にしたり、けが人や病人を輸送したりすることも可能です。屋形船なら、小さな船でも50人は乗れますし、大きな船なら100人以上乗ることができます。東京都屋形船連合会※2には52の事業者が所属していて、約200 隻の屋形船があります。1万人以上の輸送が可能なのです。私たちは地域の水路にも詳しく、この船でどこからどこまで、どのくらいの時間でいけるかも熟知しています。

浅草橋の橋のたもとにある「三浦屋」の船宿と両岸に停泊している屋形船

横断的な取り組み体制の確立と地域資源の活用を

しかしながら、現在のところ、屋形船を活用した災害への備えは万全とは言えません。阪神淡路大震災をきっかけに、消防とは連携について協議することができました。ただ、警察や自治体との連携には、まだ課題がたくさんあります。組織が大きくなるほど、柔軟な対応が難しいのが実情です。そうは言っても、災害への取り組みには横断的な協力体制の確立が必要不可欠です。できることから進めていく必要がありますので、秋葉原の万世橋警察署と相談し、協力体制を模索しているところです。地域特性に合わせた災害への取り組みが大事なのではないかと思います。
今後、江戸時代から続く伝統を次世代に引き継ぐこと、新たな創意工夫で未来を切り拓くことを両立していくことが必要です。例えば、自治体との横断的な協力体制が整えば、水辺に作られたオリンピック設備にボランティアや競技担当者を輸送する手段として屋形船を活用してもらうといった、東京らしさをアピールするアイデアも実現可能になるかもしれません。水際に目が向くようになってきた今、昔の伝統を残しつつも選択肢の一つとして、船・水上交通を基盤としたまちづくりが可能ではないかと考えています。屋形船を活用した災害への備えへの取り組みの他にも、地域資源としての水上交通を活かしたまちの活性化、次世代を担う子供たちへの海や水辺に関する啓発などにも取り組み始めています。
「船で海に出る」という楽しみを広げるために、いつの時代も先人たちは、自らの腕と工夫で道を切り拓いてきました。仮に、今、災害が起きたら、私たちは自発的に人々を助けに出ると思います。目の前にいる人を助けないわけにはいきませんから。でも、事前に地域でできることや、地域資源の活用について、横断的に話し合う場が必要です。私たちも、新たな役割を担う覚悟があります。
私たちをもっと頼ってほしいと思います。(了)

  1. ※1屋形船三浦屋 http://www.funayado-miuraya.co.jp/
  2. ※2東京都屋形船連合会 http://www.yakatabune-kumiai.jp/rengo.html

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