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第456号(2019.8.5 発行)

災害時に人命を救う病院船の実現に向けて

[KEYWORDS]機動力/海洋国/災害時多目的船
(公社)モバイル・ホスピタル・インターナショナル理事長◆砂田向壱

災害時に国民を大規模かつ安全に避難させるには、海上からのアプローチの有用性は軽視できない。
東日本大震災の際には、道路や鉄道が寸断され、陸路からの救援活動が困難を極めた。
そうした経験から、災害の多い日本にこそ、「船舶を活用した医療提供体制」が必要と考える。
米海軍病院船「マーシー」をはじめ、各国では病院船が活躍しているが、日本でも明日来るかもしれない大災害に備えて病院船を整備することが求められている。

災害時多目的船とは

四方を海に囲まれた日本は、古くから海洋国家として、海と密接な関わりをもって発展してきた。 四季が織りなす美しい列島である一方、台風、豪雨・土砂災害、河川氾濫に大洪水、高潮災害、加えて火山噴火災害から地震・津波災害等、ありとあらゆる自然災害が発生する災害大国でもある。災害時に国民を大規模かつ安全に避難させるには、海上からのアプローチの有用性は軽視でき ない。阪神淡路大震災以降の20数年間、さまざまな病院船の議論や論文が登場した。東京五 輪を控えた今こそ、災害の多い日本にしかない「船舶を活用した医療提供体制」が求められている。
2011年の東日本大震災発災以後、内閣府の検討会に「災害時多目的船」の会議名が見られる。軍務に服する「病院船」の誤解を避けた意味もあるだろう。当時、災害医療に海上アプローチの発想はなかった。例えば、ボランティアで駆け付けるDMAT(Disaster Medical Assistance Team、災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム)等の民間医療従事者は、いち早く移動する能力「装備・機動力」を自ら保持していない。一方、「災害時多目的船」は、医師等DMAT関係者はもちろん、災害救援専門家や救援物資、救援車両、ヘリなどを積載して迅速に被災地に介入できる。付言すれば、“Maneuver”の一般的な訳「機動(=有利な場所を得るために移動する)」といった空間的な概念が「災害時多目的船」の要諦だ。この概念は、ロジスティクス能力、「物理的能力の合算、または乗算の科学的アプローチ」や、「意思決定(海路アプローチ)からシームレスな運用」を図るスピードの要求にも応えられる。医療提供体制は、こうした整備を推進することで、被災地において「プラス1の災害拠点病院」の補完が可能になる。「災害時多目的船は、災害医療のシンボル」だと解釈すれば、すとんと腑に落ちる。日本で整備がなされたのち、災害の多いアジア・太平洋地域で、日本独自の「災害時多目的船」をバランスよく多用する、シンボル政策を新たな制度として持つことができれば、国際貢献にも喜ばしい。

出典:(公社)モバイル・ホスピタル・インターナショナル
* 船舶は概念図であり、まだ実在しない

米海軍病院船マーシーの寄港

2018年6月16日、約7万トンの白い船体に赤十字が目立つ、世界最大の米海軍病院船「マーシー」の東京寄港が初めて実現した。当法人は、東日本大震災で道路や鉄道が寸断され、陸路からの救援活動が困難を極めた経験から、日本への病院船導入を目指して発起した団体である。実際の病院船を国内の多くの関係者に見ていただくため、約2年をかけてマーシーの招致を準備してきた。
米海軍に所属するマーシーは、平時は「パシフィック・パートナーシップ」のミッション「人道支援・災害救援」活動に従事している。軍に所属する病院船は、1949年のジュネーブ条約(第22条)で、「傷者、病者及び難船者に援助を与え、それらの者を治療し、並びにそれらの者を輸送することを唯一の目的として国が特別に建造し、又は設備した船舶」と定義されている。マーシーの白い船体にある赤い十字の意味も納得いただけると思う。

各国で活躍している病院船

傷病者を加療しながら移動できる病院船は、マーシー 級ばかりとは限らない。
ベトナム海軍医療隊所属の病院船「カインホア」は、日本 の巡視船2,000トン級の大きさで、島嶼医療任務に配置されている。減圧チャンバーやレントゲン、手術室を装備し、 潜水漁民や離島防衛兵士を治療する傍ら、ハノイ中央の病院と衛星テレビを介し遠隔医療にも取り組んでいる。
スペインには、国が建造し、シビル(民間)部門の雇用・社会保険省に所属する約5,000トンの「エスペランザ・デ・ラ・マール」と約2,600トンの「ホアン・デ・ラ・コーサ」がある。軍務に就かない病院船はジュネーブ条約に縛られないため、船体にはスペイン独自デザインの赤十字を表し、海洋平和活動に従事している。
スペインの病院船は、広大な大西洋からアフリカ沖まで、海上で仕事をする人々の船団に随伴し、事故などで傷病者が発生した際は、速やかに洋上で応急手当等を行い、陸上の病院に搬送するサービスを主な任務としている。治療の対象者は、スペイン人のみならず、EU 、モロッコ、モーリタニア、セネガル等と協定を交わし、外国人も治療する。緊急時以外は「海の上のドラッグストア」にも なる。また紛争時に難民を救援するため、避難場所としての利用、食料・水・毛布などの補給支援を実施することもある。軍務に就くことはないが、海賊対処のため国防省と協定を結び、他国の船 を救援する任務もある。

東京港大井水産物埠頭に接岸した米海軍病院船マーシー(撮影:Katsumi Hirabayashi)
・全長272.6m、全幅32.2m 、排水量約7万トン
・就役1986年(古い石油タンカー「セント・ワース」を改造)
・入院病床1,000 床、ICU 80 床・手術室12 室、レントゲン7機、CT撮影室1室、ダビンチ1機、殺菌室、薬剤室、歯科室、NBC災害洗浄室、遺体安置室、酸素発生室なども完備
・日量7万トンの純水生産設備、酸素生産設備まで備え自己完結できる病院の船

必ず来る災害に備えて

日本は、国土の約14%が海抜100m 以下の低地で、その約70%が洪水になると水没する可能性のある地域である。そしてここに全国民の約半分の人々が集まって暮らし、日本の総資産の75%が集中している(筆者編『「病院船」が日本を救う』p.30-31 へるす出版新書, 2015)。
国民の命を救うことは、国家の覚悟である。明日来るかもしれない大災害に備える病院船の整備は、イージス護衛艦のおおよそ数十分の一程度の予算で、中古船の改造からスタートが切れる。スタートを切らなければ、ベトナムやスペインの前例のように病院船は有事でなくとも活躍し得るにもかかわらず、いつまでも災害時以外の「平時どうする」という思考停止状態が続く。
現行の日本の法律では、住所を持たない「船舶」は病院と認められない。そこで当法人は議員連盟の発足に微力を尽くし、2014 年には「海洋国日本の災害医療の未来を考える議員連盟(会長:額賀福志郎 衆議院議員)」の設立をみた。そして、マーシー寄港の成果は、「災害時等に船舶を活用した医療提供体制の整備の推進に関する法律」の素案作成にまで至った。「災害時に船舶を活用して的確かつ迅速に、必要とする医療を提供することにより、被災地の医療施設の機能を補完し、国民の生命及び身体を災害から保護することに資すること」を目的に成立すれば、政府は必要な措置を講じる責務を負う。
2019(令和元)年5月1日に即位された新天皇は、皇太子殿下時代に留学先で水上交通の研究をなされた。この令和の潮目に病院船が実現しうる日を念じ、これまでのご支援賜った各位に深甚より感謝申し上げ、結びとする。(了)

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