Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第432号(2018.08.05発行)

海底に沈むごみの映像や画像で人類が及ぼす深海の姿を見る

[KEYWORDS]深海デブリ/データベース/海洋プラスチック汚染
(国研)海洋研究開発機構国際海洋環境情報センター研究情報公開グループグループリーダー◆齋藤秀亮

深海調査で撮られた映像や画像には、普段目にすることができない深海生物や特異な海底の様子だけでなく、人工的なごみも偶然映ることがある。
その種類はさまざまであり、陸地から遠く離れた海底でも発見される。
プラスチックを含む海洋ごみが急増し、その影響が生態系、観光、ひいては人類にも及ぼすことが懸念されている。
今や世界的に海に流出するプラスチックへの対応が喫緊の課題となっている。

深海ごみのデータベース

(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)国際海洋環境情報センター(GODAC)は、2017年4月に「深海デブリデータベース」をインターネットに公開した※1。このデータベースの目的は、現在、世界的に海洋ごみが問題視されていることを背景とした深海に堆積するごみの実態把握や教育現場等での海洋環境問題へのリテラシー向上である。このデータベースには、JAMSTECの潜水調査船や無人探査機での潜航調査によって、1982年から30年以上、北西太平洋を中心に撮影された深海映像や画像に偶然映っているデブリ(ごみ)の情報をアーカイブしている。ユーザーは、ごみの種類や映像・画像の撮影日、撮影深度などの情報が一覧でき、また地図から、深海の映像や画像を見ることができる他、海底の底質やごみとともに観察された深海生物の分類情報も得られる※2
また、ごみの様子がすぐに見られるように映像・画像ギャラリーのコーナー(図1)もある。公開されている映像や高解像度の画像は、研究や教育活動など非営利目的であれば無料でダウンロードすることもでき、学校授業での教材等としても使われている。
このデータベースの基になっている映像や画像は、水深200mよりも深い深海域における生物・生態系の調査や地形・地質など海底環境の調査、海底への観測機器設置や回収等を行う潜航で撮影されたため、データベースに示された分布図は、北西太平洋における深海ごみのごく一部を示している。このデータベースではカバーしていないが、陸地に近い海底には、より多くのごみが沈んでいると予想され、また海流によりごみが移動することは想定でき、それらを加味できるようなデータベースの構築も今後重要となるであろう。

■図1
深海デブリデータベースの映像・画像ギャラリー。映像16シーン、画像21枚がピックアップされている。
人目につかない深海にもごみは数多くある。

海に沈んだごみの数々

深海には実にさまざまなごみが存在する。データベースで見られるごみの映像や画像は、人工物(プラスチック、ガラス、金属、ゴム、布・紙・材木)、陸上由来の自然物(ごみではないが)、映像や画像からは判別つかないもの、に分類されており、これらの映像や画像を見ていると、しばしば目を疑うようなものに遭遇する。空き缶や空き瓶などの日常のごみだけでなく、靴やサンダル、ゴム手袋など身の回りにある日用品や、漁網、電化製品(図2)などが深海底にある。海に流出した経路や時期、故意に投棄されたかどうかも不明だが、人間活動の影響が深海にまで及んでいることは見てとれる。
1991年に「しんかい6500」で三陸沖の日本海溝東側の海底地形・地質調査をした際に見つけた、マネキンの頭部の映像がある。付近ではポリ袋のようなごみも多数、映っていた。水深約6,280m付近の亀裂の底で半分以上、堆積物に埋もれたそのマネキンは、その翌年、1992年の調査でも確認され、付着生物の他、1年間に1cmほど堆積物で埋まる様子も観察されている。なお、5年後に撮影された映像からはマネキンは確認できなくなっており、おそらく堆積物に埋もれてしまったと思われる。これは、海底に沈んでから堆積物中に埋もれて見えなくなっているごみも多くあることを示唆している。海底に沈んだごみの傍には深海生物の姿もよく映し出される。ヒトデやナマコ、巻き貝や二枚貝、カニやエビが辺りに映っている他、イソギンチャクやウミシダ、ホヤのような生物がごみに付着している映像や画像も多い。構造物を海に沈めて魚礁にすることは一般的であるが、海底に沈んだごみの周りも生物密度が高くなることが映像からわかる。また、固着性の生物は基質が必要なことから、ごみが生物の新たな生息場となり、生態系を変化させる可能性もある。こうした深海生物とごみとのさまざまな関係性も映像や画像から推測できる。

■図2
1997年7月に相模湾(水深1,317m)で撮影された映像のスナップショット。有人潜水船「しんかい2000」による深海調査時の映像に、洗濯機のように見える機械が映っている。

海洋プラスチック汚染の問題

データベース上で判別できる人工物のゴミのうち、半数以上がマクロなプラスチックであり、そのうちのほとんどはポリ袋のような使い捨て製品であった。陸地に近い深海底には、映像からも多数の使い捨てプラスチック製品が認められる(図3)。深海でも比較的浅い場所ではさまざまな材質のごみが沈んでいるが、水深6,000mを超える深海底でもプラスチックごみが観察されている。なお、最深部の記録はマリアナ海溝チャレンジャー海淵の水深約10,900mである。これはごみが陸地から1,000km以上離れた、全海洋で最も深い海域にも達していることを示している。
いまやプラスチック製品は我々の生活になくてはならないものであるが、最近注視されているのが流出したプラスチックごみによる海洋汚染である。2016年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、毎年少なくとも800万トンのプラスチックが海に流出し、重量換算で2014年には魚の量の5分の1程度、2050年までにプラスチックの重量が魚の量を上回るという予測が報告されている。プラスチックは自然界で分解(無機化)されないため、海中や海底に沈むと数百年から数千年の規模で残留すると言われている。さらに観測や実態把握が難しい5mm以下のマイクロプラスチックによる生態系への汚染も懸念されている。最近では、マリアナ海溝で採取された深海生物から残留性有機汚染物質(POPs)が基準値よりも多く検出され、その要因の1つとして細分化したプラスチックごみが媒体となっている可能性も示唆されている※3。海のプラスチック分布の実態把握は沿岸域が先行し、外洋や深海の情報はきわめて希薄である。データベースによる情報の蓄積やその解析によるプラスチックごみの正確な分布、そして、プラスチックの偶発的な摂取・絡み付きによるダメージや、食物網を通じたマイクロプラスチックの高次栄養段階の動物への移動などが海洋生態系に与える影響の評価をきちんと示し、海の持続的利活用を考えなくてはならない。(了)

■図3
1988年2月に駿河湾(水深1,388m)で撮影された映像のスナップショット。大量のポリ袋が探査機の行く手に次々と現れる様子が深海デブリデータベース上で見られる。
  1. ※1http://www.godac.jamstec.go.jp/catalog/dsdebris/j/
  2. ※2Chiba, S. et al. Human footprint in the abyss: 30 year records of deep-sea plastic debris. Marine Policy, in press(2018) https://doi.org/10.1016/j.marpol.2018.03.022
  3. ※3Jamieson, A. J. et al. Bioaccumulation of persistent organic pollutants in the deepest ocean fauna Nat. Ecol. Evol. 1, 0051 (2017).本誌424号「超深海まで拡がっていたPOPs汚染」で、ジェイミソン博士らのグループが水深10,000mを超える西太平洋の超深海から高濃度のPCBを検出した例を紹介しています。

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