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オーシャンニュースレター

第415号(2017.11.20発行)

進みつつある深海生物の多様性研究

[KEYWORDS]化学合成生態系/OBIS/深海生態系保全
(国研)海洋研究開発機構海洋生物多様性研究分野分野長◆藤倉克則

深海の生物多様性の科学的理解は、陸上や沿岸域に比べれば進んでいるとは言えない。
しかし、技術の発展や国際研究プロジェクトにより着実に進歩し、私たちは深海環境に適応した生物が驚きに満ちた生態系、種、そして機能の多様性を生み出していることを認識し始めている。
それは、深海の科学的知見をもたらすだけでなく、同時に私たちが深海に及ぼしている、そしてこれから及ぼす影響についても警鐘を鳴らしている。

深海生態系の多様性

生物多様性とは種・生態系・遺伝子の多様性の3つのカテゴリーを指す。種の多様性は種類数だけではなく、それぞれの種の特性の違いも意味する。地球には、森林・土壌・岩礁・干潟など環境に応じた生態系がある。いずれも太陽光をエネルギー源として植物が生産者となる光合成生態系である。深海生態系も表層の生産物が、マリンスノーの沈降や生物の鉛直移動などによりもたらされ成り立つので、通常は光合成生態系に組み込まれる。深海も、基質、水深、水温、酸素濃度などさまざまな環境に応じた生態系があるが、深海で発見された化学合成生態系は、ユニークさも相まって広く知られるようになった。
化学合成生態系は、海底下からわき出す海水中に含まれるメタンや硫化物をエネルギー源にして化学合成バクテリアなどが生産者となる生態系であり、光合成生態系とは異なるメカニズムで生態系が成り立っている。この生態系には、熱水を噴出する海底火山に作られる熱水噴出孔生物群集、断層に沿って湧水がある場所に作られる湧水生物群集などがある。さらには、海底下2.4km以上の深さまで生命が見つかり、海底下生命圏として注目を集めている。

深海の種多様性

種として認知されている海洋生物は約25万種である。そのうち深海生物は6万種といわれる。2000〜2010年にかけて実施された国際プロジェクト海洋生物センサス(CoML)は、海洋生物の基本的な出現情報(いつ、どこに、何がいるか)を集積したデータベースOcean Biogeographic Information System(OBIS)を構築した。※1現在OBISは、ユネスコの政府間海洋学委員会(IOC)傘下のプロジェクトに移行し世界最大のグローバルデータベースになって、4,800万件以上の海洋生物出現情報が集まっている。
OBISを使って、生物出現情報が全海洋でどれくらいあるのか、そのうち深海生物はどれくらいかを解析すると、深海ではこのような基本的な情報さえ少ないことがわかる(図1)。深海調査には大きな調査船、ドレッジ、ネット、潜水調査船、無人探査機のような機器と莫大な経費がかかるため深海の情報は、まだまだ少ないのである。最近、水中に含まれるDNAから、生物の出現がわかるようになってきた。環境DNAと呼ばれるこの手法は、水中の生物出現情報を飛躍的に増進させることから、深海生物研究への展開が期待される。この手法では、DNA配列を遺伝情報データベースに照合し分類群を特定するが、深海には未記載種やDNA配列が登録されていないものが多い。環境DNAは有益な手法であるが、深海生物の系統分類学的研究と並行して進めることが肝要である。
多くの方は、深海生物は不思議な姿形をしていると思われているらしく、「深海生物って不思議!キモカワ系!」という声を良く聞く。ダイオウイカ、メンダコ、ダイオウグソクムシ、オオグチボヤなど、深海生物のスター選手は、ぱっと見は奇妙であったり巨大だったりする。本やテレビでは、そのような深海生物ばかり取り上げられるので、そう思うのはしかたない。しかし、実際に深海に潜ってみると、深海種の多くは外見上、浅海種と大きくは変わらないものが多い。浅海性のマダコ、マアナゴ、カサゴと深海性のチヒロダコ、ホラアナゴ、キチジの区別は、専門家でなければ難しいだろう。さらに言えば、バクテリアや原生生物といった微生物になると、形態的特徴が乏しいため浅海種と深海種の区別はほとんど不可能である。
深海生物の種の多様性は外見的な不思議さより、深海環境に適応した生理的・生態的特性にある。例えば、タコの墨は敵に襲われたときに煙幕として使われる。深海は真っ暗なので煙幕になる墨を吐いても意味がない。そのため深海性のタコは墨を持たない。化学合成生態系の生物に見られる代表的な特性は、バクテリアと動物の共生である。シンカイヒバリガイ類やシロウリガイ類といった二枚貝は、エラ細胞内の化学合成バクテリアから栄養を獲得する。ゴエモンコシオリエビやオハラエビといった甲殻類は体表に化学合成バクテリアを付着させ、それを摂食する。さらに栄養源としてだけでなく、シンカイヒバリガイ類は細胞膜に必要なコレステロールを共生バクテリアと連携して生成している。熱水噴出域の微生物研究は、生命起源や地球外生命の研究にも展開されている。化学合成生態系は、ユニークな生理・生態的多様性の宝庫だけでなく生物が抱える大きな課題にも向きあっている。

■図1
OBISに登録されている海洋生物出現情報。上:すべての水深。下:水深200m以深。
水深200m以深の深海では、情報は極めて少ないことがわかる
(提供:JAMSTEC細野隆史博士)

深海生物を取り巻く問題

人類は食料資源を深海に求め、漁場の平均深度は年々深くなり今は平均水深が500mをこえている。熱水域や湧水域には、鉱物・メタンハイドレートがあり、それらの開発も検討されている。漁業や資源開発は、公海の深海にも及ぶことから、国連総会で国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)の保全および持続可能な利用に関する法的拘束ある文書の検討が進んでいる。そこでは海洋保護区の設定も視野に入っており、生態的および生物学的に重要な海域(EBSA)の抽出のための情報が求められるであろう。そのためには、環境DNAなども駆使した深海生物の種の多様性や生物出現情報の収集を加速させ、OBISのような公開された情報のもとに議論することが不可欠である。(了)

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