Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第415号(2017.11.20発行)

海女さんは、すごい!

[KEYWORDS]海女/アワビ養殖/自然との共生
海の博物館館長◆石原義剛

海女をユネスコ世界無形文化遺産へ登録することを目指し、10年近く活動をつづけている。
NHKテレビドラマの『あまちゃん』で知られるようになったあと、昨年の伊勢志摩サミットで「素潜りで漁をする海女」は、世界から集まったメディアの注目を浴び一気に知名度をあげたが、海辺の村から伝統漁労や祭とともに海女の数も減りつつある。
海と共生しながら持続的な漁業を続ける海女さんは日本が誇る海洋文化の一つであり、海女さんのすごさをぜひ知ってほしい。

ユネスコ無形文化遺産登録への活動

海女をユネスコ(世界)無形文化遺産へ登録することを目指し、すでに10年近く活動をつづけている。昨年11月、韓国済州島の海女が世界遺産に登録された。日本は国の重要文化財であることが世界遺産申請への条件だったので、以前から韓国と同時登録を目指して活動してきていたのだが、申請さえならなかった。やっとこの春3月、国重要無形民俗文化財への指定がなって、申請のスタートラインに立てた。
最初のころはよく「海女ってなにものか」と問われた。最近は「海女が世界遺産にどうしてなれるのか」と問いは少し変わった。NHKテレビドラマ『あまちゃん』で知られるようになったあと、昨年の伊勢志摩サミットで「素潜りで漁をする海女」は、世界から集まったメディアの注目を浴び一気に知名度をあげた。

すばらしさはどこにあるか

海女のすばらしさ、海女の今日における存在価値はどこにあるだろうか。
第1に潜水技術の凄さである。私たちは海女の潜水を"50秒の勝負"と呼んでいる。長くて50秒の潜水時間の中で彼女たちはエモノをとっている。海女は、ひとたび潜れば体全身を使い、あらゆる神経をエモノ発見のため集中している。海水の動きを知り、危険を察知するため、五感を終始働かせている。そのため酸素消費量は海女の潜水の限界を50秒にとどめている。個人差はあるが、海女は経験が長いほど漁獲量が多い。経験とは単なる潜水技術だけではなく、海流・潮汐・波浪・海水温度などの海象の知識、エモノの種類、生育度合い、生息場所、産卵期などの動植物に関する知識の累積である。このような豊かな知識の習得こそが海女を支えている能力なのだ。
さらに海女には、女性ならではの海と漁への適応力がある。近年は男の海士が増えており、出漁した一日に限っていえば海女より漁獲量は多い。しかし、一年を通してみると決して海女より極端に多いわけではない。海女には持続力がある。粘り強く根気よく働きつづける。仲間同士の協調性もある。好きだから潜っていると思っている。そこには海女であることを楽しむ気持ちが根底にある。
第2は、自然なる海と共に生きていること。海女は海の豊穣を信じ頼っている一方で、海を抗することのできぬものと恐れている。志摩半島の海女は27ある地区それぞれで、大漁と災厄除魔を海の神様に願う祀り事を欠かすことがない。
海女はアワビ、サザエ、ナマコや海藻類が「湧いてくる」という。漁期になるとどこからか「湧いてくる」ようにたくさん現れる自然の不思議を海女は知っている。そしてそれが大漁をもたらしてくれることを。われわれが食物連鎖とか生態系と呼んでいる海の動植物の相互関係性を、海女は本能的にあるいは経験的に知り尽くしている。海藻のアラメを採り過ぎると、磯焼けになり、アワビやサザエは餌をなくして減少する。そうなれば海女もエモノを失ってしまう。このような関係を熟知しているから、海女はアラメをはじめ海藻の群落を"海の森"として刈り尽さぬよう大事に守ってきた。
しかし、海には絶対に海女を受け入れない圧倒的な力を持った一面があり、海女は逆らわない。暴風雨や台風、津波の海である。最近でこそ気象情報が発達し、天候の予報が詳細に知られるようになったが、数十年前まで海象の急変によって海女は多くの犠牲を荒れる海に捧げてきたのだ。海女は今も海を畏怖する。
そして第3は、海女の漁村共同体の要としての役割である。海女の漁は個人個人で行っているように見えて実は共同体の絆の下で行われている。漁をする日は集落のすべての海女ができる日に行う。どこかの家で葬儀があればその日は、漁は休みだ。集落に結婚式があっても、入学式があっても出産があっても、漁は休みになる。
海女の集落には「かまど(竈)またはひば(火場)」と呼ばれる海女の小屋があり、数人が共有している。漁のある日はここで着替えをし、焚火に当たり、シャワーを浴び、食事をし、休憩をとる。なによりも海女の楽しみはおしゃべりだ。今日獲ったアワビの量から、昨日街で買った品物の値段まで、多い少ない、高い安いが話題になる。健康の話は真剣だ。足腰が痛いとか、この頃血圧が高いとか、あの医者がよく診てくれるとか。その中で村中の情報が共有される。だから「かまど=ひば」の仲間は老若混じって仲がいい。

海女は海の森を大事に守ってきた

伝統的で持続的な漁業

海女漁の最大の目的は漁獲物を多く得ることにある。しかも漁の持続性にある。海女漁にとってもっとも重要な約束事がある。それは「口開け」と「寸足らず」という言葉でしめされる。アワビの口開け日には海女はいっせいに漁にでるが、口の開かない日には誰も漁ができない。例えば三重県鳥羽市域では夏の海女漁期の「口開け日」は多くて30~40日。アワビは三重県での殻長制限は10.6センチでそれ以下は「寸足らず」の採捕禁止である。サザエの蓋径制限は2.5センチである。ほかにも過剰な漁獲を制限するため多くの約束事(規約)が海女漁にはある。それはすべてエモノを取り過ぎないためのルールである。このルールをお互いが確認し合って守ってきたからこそ、海女は信じられない長い歴史を生き抜いてこられたのだ。
しかし今、海女漁は危機に瀕している。海女の高齢化と後継者不足によって。昭和40年代、海女数のピーク時に、志摩半島に3,000人近い海女がいた。今は700人ほどに減っている。平均年齢はもうすぐ70歳になる。このままでは、海女は10年もしないうちに、5千年を越える歴史を閉じて消滅するだろう。
四面環海の日本列島から、いま海洋の文化が一つずつ消えている。過疎化が進む海辺の村から伝統漁労や祭、習俗が消えている。最後の砦として「海女」を守りたい。ただ古いものを残すのではない。海の環境を守る旗手として、海の一次産業を再生・復活させる担い手として、新しい役目を負った海女の復活を支援してほしい。(了)

鳥羽・志摩の海女漁が重要無形民俗文化財に指定されたことを受けて製作されたポスター「海女さんは、すごい!」

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