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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第400号(2017.04.05 発行)

"海のプロフェッショナル"体験の有効性~「B&G東京湾海洋体験アカデミー」の取り組み~

[KEYWORDS]海洋教育/体験学習/人材育成
(公財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団事業部事業課◆林 未来

B&G財団では、海を舞台に活躍するプロフェッショナルの現場を訪問し、4泊5日の体験学習を通じてその仕事の魅力と重要性を理解させ、将来的に海を目指す子どもたちを育てること等を目的に、小中学生を対象に「B&G東京湾海洋体験アカデミー」を開催している。
参加者の「海の仕事」に対する参加前後の興味の変容等に対する調査結果を踏まえ、業種横断的な体験学習が海の次世代人材育成に効果的であることを提案する。

夢は磁石

1本の電話を受けた。昨夏初開催した「B&G東京湾海洋体験アカデミー」の参加者で、海なし県に暮らす中学1年生女子生徒の父親からであった。
「娘が目を輝かせて、『将来は海上保安官になりたい。少しでも早く海に触れていたいから、マリンスポーツの部活動ができる高校に行きたい』と言った。これまで英語の先生になりたいと言っていたので驚いたが、親としてはやりたいことを見つけた娘を応援したい」。
人は夢や目標が見つかると、達するために努力を惜しまない。まるで磁石のように自然に引き寄せられていく。きっかけは小さな出来事かもしれない。最初から一つには絞れないかもしれないし、途中で変わることもあるだろう。しかし、夢や目標は人を突き動かす大きな原動力となる。
この女子生徒は、アカデミーで体験乗船した巡視船を操縦していた女性海上保安官との交流を通して、海の仕事は女性でも挑戦できること、そして世界に繋がる海というフィールドで仕事をするには大好きな英語が役に立つと発見したのだ。
さまざまな海の仕事を体験して学ぶこの事業は、子どもたちに海の仕事について考え、プロと関わる機会を提供しながら、多くの職業選択肢があることを知ってもらうために、ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(以下B&G財団)が2015年度から始めた新たな取り組みである。

子どもたちに横断的な体験をしてもらいたい

四方を海に囲まれた海洋国家でありながら、日本では近年、余暇の多様化等を一因とした海離れが広まっており、海洋産業の後継者不足への対応も課題となっている。子どもたちは社会科見学等などで海洋産業の現場に行く機会もあるが、海と学校との距離によって学習頻度や深度が異なるのが現状で、リスク管理の観点から学校側も受入側も体験的なプログラムの導入に躊躇することが多い。
また人材育成の取り組みについても、多くは高校生や大学生を対象に行われ、海運や水産といった業界ごとの対策になりがちで、リクルーティングにしても職種の異なる企業ごとの活動が中心だ。そこで、海というフィールドを横断的に捉え、キャリアパスを広く考える場を子どもたちに提供しようと企画したのが本事業であり、主に海などでの自然体験活動や宿泊学習を通じた青少年の健全育成を40年以上推進してきたB&G財団が、各業界のトップランナーから協力を得ながらプログラムの構成に注力している。

プロとの体験学習から子どもたちが得たもの

海のプロフェッショナルの現場を訪ね、その仕事の一端を体験する本事業は4泊5日の宿泊型体験学習で、初開催した昨年から2年間で北海道から沖縄まで全国21都道府県から、小学校5年生から中学校3年生120名が3行程に分かれて参加した。2016年7月下旬に実施した行程では、5日間で造船所、海洋研究所、海上保安本部、水産市場で体験学習を行うとともに、B&G財団のノウハウを投入したマリンスポーツプログラムで海の楽しさに触れた。
例えば住友重機械マリンエンジニアリング(株)横須賀造船所では、社長からの造船業説明に始まり、溶接シミュレーターを実際に動かしてその難しさを実感したり、3次元CADを使って自分の船を設計したほか、ご厚意によって建造中のタンカー内も見学。大人でも圧倒されるスケール感の中で、造船業の重要性と魅力、職人の匠の技に感嘆し、日本が誇るものづくりの可能性を子どもたちは実感したのである。
また、期間中毎晩実施したワークショップでは、その日に体験した仕事をふりかえりながら、学校での学習と仕事との接点を皆で考える「勉強がんばるマップ」を制作。最終日の発表会では、学んだことを思い思いの形で班ごとに発表し、夢や目標が見つかった参加者は将来の希望を力強く宣言した。
「女性初の特殊救難隊を目指します!」「船の設計士も夢の一つに加えたい!」「誰も発見したことのない深海生物を見つけたい!」等々...夢は広がったのだ!

発表会では班ごとに海の仕事について発表し、希望者のみ個人発表も実施
溶接のプロと溶接シミュレーターを体験し、歓声をあげる参加者海上保安庁機動防除隊の特殊装備を着用する参加者

次世代に海を引き継ぐために

「もっと早くこの仕事や活動の存在を知りたかった」。将来、子どもたちがそう思わないために、海を舞台に活躍するカッコイイ大人たちを広く紹介したい、というちょっとしたアドバイスのつもりで始めた本事業。ただ、職業選択の自由は誰しもあるべきで、本事業では決して海の仕事に就くことだけを成果として押し付けているのではない。アカデミーがきっかけで海を好きになり、海のプロたちの仕事を具体的に認識し、尊敬や感謝の念を抱き、継続的に海と関わってくれることも十分に成果だと言えるだろう。
参加者を対象に実施したアンケート調査から、子どもたちの「海の仕事」に対する興味・関心を高めるために職業体験が効果的であることが明らかになっており、現場の記憶が鮮明に残って興味の向上に有意に作用している様子がうかがえる。本事業が、結果的に海洋産業を支える人材の育成に寄与できる方策のひとつになることを願っている。
これらのことから、学校教育においてもより鮮明に海の仕事の魅力や重要性が伝わる「体験学習」を取り入れることを提案したい。プログラムを提供する側の体制や場所の整備など多くの課題が生じるが、海に関わる企業・団体においても前例にとらわれることなく、安全を確保した中で積極的に受け入れていただくことを期待したい。より早い段階から子どもたちに海の仕事を具体的に知ってもらうことが、日本に必要不可欠な海洋産業の未来の担い手を増やしていくことに繋がると考えるからである。
「海が好き」「海と関わっていきたい」「海を大切にしたい」「海に関わる仕事を目指したい」。そう思える子どもたちを増やし、彼らに海の未来を託すことが、海に囲まれ海の恩恵を享受して暮らしてきた私たち大人の責務ではないかと思う。(了)

  1. 3次元CAD=工業製品や建築物の設計・製図を行うCADの種類の一つで、造形物を立体的に表示・編集して作図を行うもの。
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