Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第396号(2017.02.05発行)

編集後記

山梨県立富士山世界遺産センター所長◆秋道智彌

◆バラスト(ballast)は本来、船底に積む重しの意味で、かつて日本やアジアでは瓦や陶器、砂利などが使われた。インドネシアのバリ島では建築材となるセメントや鉄心を往路で運んで現地で売り、帰路にはウミガメを積載する試みがあった。また、船底部に付着した貝類などが無作為ながら分布を拡大することも過去にはあった。しかし、現在は数万トン以上のタンカーや貨物船には水が重しとして使われている。バラスト水が大陸間を移動し、取水地の微小な海洋生物が排出先の沿岸域に重篤な海洋汚染や外来生物の侵入による在来種の減少などを引き起こしてきた。こうした事態を解決するにはバラスト水の安全な扱いを徹底するしかない。バラスト水の重量は船舶の総トン数の約半分に当たるから並外れて大きい。(公社)日本海難防止協会の水成 剛氏は、今年の9月に発効するバラスト水条約がじつに27年も議論を重ねてきた成果であることを述懐しておられる。ただし、国際的な規制基準は一枚岩ではない。米国では米国沿岸警備隊による規制がある。トランプ政権下におけるTPP交渉の動きではないが、経済の保護主義と生物多様性の保護は別問題である。
◆新春早々、南極のラーセンC棚氷の亀裂が拡大し、このままだと5,000平方キロに相当する氷塊が流れ出すというニュースが流れた。地球温暖化と海面上昇の問題は現代の脅威となっているが、温暖化の議論で南極の氷が厚くなるので問題ないとする短絡的な話がある。しかし、これは間違いで、もっと詳細なシナリオをもとにした議論が必要であることは論をまたない。北海道大学の見延庄士郎氏は、IPCCの議論を踏まえ、日本近海における温暖化と海面上昇についてきめの細かいシナリオの策定について注目すべき発言をされている。北海道、本州、四国、九州の沿岸域と、小笠原、琉球諸島などとの違いを踏まえ、黒潮続流の動態に注意を喚起されている。全球ではないにしろ、0.1 度格子あるいはそれ以上きめの細かいメッシュをもとにした海洋の動態の把握は今後の大きな課題であることがよく分かった。
◆バラスト水が生物多様性を劣化させたことは上記に触れたが、わたしも小学生のころ、神戸港で岩壁にギッシリと付着しているカラスガイ(ムラサキイガイ)を見たことをいまも鮮やかに思い出す。ムラサキイガイはバラスト水を通じて拡散し、神戸港には1932年に国内ではじめて発見されたことを知った。やながわ有明海水族館長の小宮春平氏は若手の水族館長であり、有明海の生態復元を目指しておられる。冬季の夜、有明の漁民が松明でタイラギを採集した光景は一昔前の話であるし、有明の海を愛した故山下弘文氏(元日本湿地ネットワーク代表)の努力や諫早湾の堤防締め切りとその後の農民と漁民の抗争はいまだ忘れることのできない話題である。北朝鮮産のアサリの混入など、バラスト水以外の人為要因による生態系の攪乱を阻止する広域的な政策の適用と地域の海を守る取り組みに大いに期待したい。 (秋道)

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