Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第394号(2017.01.05発行)

西之島上陸探検記

[KEYWORDS]西之島/海底火山/アオツラカツオドリ
(国研)森林総合研究所鳥獣生態研究室主任研究員◆川上和人

西之島は2013年からの噴火にともないその大部分が溶岩に覆われた。
2016年10月に噴火後初めての上陸調査が行われた結果、アオツラカツオドリやカツオドリなどの海鳥やオヒシバなどの植物が旧島由来の陸地で生き残っていることが明らかになった。
今後、海鳥の営巣分布の拡大による物質運搬や種子散布などにより、生残した植物等が拡散することが期待される。

新生西之島に上陸せよ

波に攪拌されて透明度を失った海中から顔を上げ、いよいよ浜辺に一歩を踏み出す。視界には黒く巨大な溶岩のかたまりが飛び込んでくる。しかし、刺激されるのは視覚だけではなかった。むせかえるような海鳥のにおいが嗅覚を襲う。2年にわたる噴火活動を経てもなお、この島は海鳥の島なのである。
2013年11月、小笠原諸島西之島の南西海域で海底火山の噴火が観測された。噴火による溶岩の流出はとどまることを知らず、2014年には西之島を飲み込み始めた。2014年末には旧西之島のほとんどの陸地は溶岩の下に没し、1ヘクタールにも満たない大地が残されるだけとなった。大規模な噴火活動は2015年の末にようやく収束し、沈静化に向かった。
噴火による災害の危険性から上陸が制限されていた西之島の警戒区域が狭められたのは2016年8月のことだ。火口から500m以内の立ち入りは制限されるものの、島への上陸が可能になったのである。そこで、東京大学地震研究所を中心とし、神戸大学、(国研)海洋研究開発機構、(国研)産業技術総合研究所、山梨県富士山科学研究所、環境省関東環境事務所、マリン・ワーク・ジャパン、(国研)森林総合研究所のスタッフによる調査隊が結成され、噴火後初めての上陸調査が行われることとなったのである
噴火によって新しい大地に覆われた西之島は、孤立した無垢な状況にある。調査隊の第一のミッションは、この島に外来生物を持ち込まずに上陸することだ。野外研究者に使い込まれた道具には、しばしば各地のフィールドで泥や植物の種子が付着している。これを西之島に持ち込めば、島の生物相に影響を与えてしまう。服や靴、調査器具は基本的に新品の物を用意する。殺虫剤により燻蒸した部屋の中でパッキングした機材は、西之島に到着するまで開封されることはない。ついでに腸内からも植物の種子を排除するため、1週間ほど前から食事に際しても果実断ちをする。最後の仕上げにボートから海に飛び込んで泳いで上陸することで、体と荷物を海水で洗い流す。こうして、噴火開始以来約3年に渡り人の上陸を拒んでいた島に踏み入ったのである。

2015年12月22日に撮影された西之島。
緑色の線は2011年11月の西之島を示す。
(写真:海上保安庁海洋情報部)

繁殖を続けていたアオツラカツオドリ

抱卵するアオツラカツオドリ火山灰に覆われながらもオヒシバの群落があちこちに茂る

上陸地点は、わずかに旧島が残存する西海岸である。この海岸は噴火前には存在しなかった場所だ。火山噴出物の堆積により新たに生じた礫浜である。まだ新鮮な火山噴出物は黒色を呈するため、浜も本来は真っ黒のはずだ。しかし、この浜は白くまだらに彩られている。これは海鳥の糞によるものだ。噴火の落ち着いた島が多数の海鳥に利用されている証拠である。
旧島由来の陸地は台地の上にある。固まった溶岩のスロープを登って、いよいよ台地の上にアプローチする。私は2004年にもこの場所に来たことがある。その当時も岩のかたまりがあちこちに露出していたが、大地には植物が生い茂っていた。そして植生の上にはカツオドリやセグロアジサシなどの海鳥が営巣していた。
10年以上を経て再訪した旧島の上には火山灰が深く降り積もり、すっかり様変わりしていた。火山の噴火を経た以上、これは致し方ないことだろう。しかし、そこは決して不毛な大地ではなかった。火山灰を押しのけて、オヒシバやスベリヒユなどの草本植物が生育していたのである。植物が覆う面積はそれほど広くはなかったが、オヒシバは無数の種子をつけ、種子からは新たな芽生えが生まれていた。
火山灰で覆われた大地の上には、アオツラカツオドリが抱卵する姿が見られた。この鳥は西之島では1991年に初めて繁殖が確認され、その後個体数を増やしていた種である。彼らは噴火という大きな攪乱があったにもかかわらず、営巣を継続していたのだ。国内におけるアオツラカツオドリの繁殖地は西之島と尖閣諸島の二カ所のみであることを考えると、この鳥にとって営巣可能な大地がわずかでも残されたことは僥倖と言えよう。
噴火前の西之島で最も数多く確認されていたのはカツオドリである。小笠原におけるカツオドリの繁殖期は5月〜9月頃なので、今回調査を行った10月は既に繁殖期が終わった後である。このため、当然ながらカツオドリが繁殖している姿は見られなかった。その代わり、旧島の上にはカツオドリの古巣が多数残されており、また周囲の溶岩の上では2016年巣立ったと思われる若鳥達が羽を休めていた。カツオドリもまたこの島を見捨てることなく繁殖を続けていたのである。

島には鳥がよく似合う

噴火による溶岩により、西之島の面積は約10倍に拡大した。確かにこれは事実だが、生物にとって利用可能な面積は増えるどころか激減している。溶岩の上には土も砂もなく、植物が根を張ることができない。平らな場所を好んで営巣するカツオドリにとって、ごつごつとした溶岩は好適な場所ではない。生物にとっては、ごくわずかに残された旧島が貴重なオアシスとなっているのだ。
この残された海鳥の存在が、今後の生物相の成立に大きな影響を与えると考えられる。海鳥は海洋で魚を捕らえ陸上で糞をすることにより、窒素やリン酸などを陸に供給する機能を果たす。これらの物質は植物の生長に欠かせない肥料となる。海鳥が新たにできた大地で営巣を始めれば、巣材となる枯れ草が旧島から持ち出されることだろう。巣に集められた草は分解して有機物となる。場合によっては種子のついたままの草も持ち込まれ、古巣から芽生えることもあるかもしれない。
旧島上では昆虫の生息も確認されている。有機物の堆積した鳥の巣は、昆虫の住処としても利用可能だ。海鳥の営巣場所が広がることが、植物や昆虫の分布の拡大にも寄与することが予想される。噴火をものともせずに営巣を継続したことは、単に鳥が生き残ったという以上の意味を持つのである。
島という漢字は、海の中の「山」に「鳥」がいる情景をモチーフにしているとも言われる。鳥は島の生物相の成立に欠かせない要素である。今後この島をモニタリングすることで、島という孤立した生態系が形成されるプロセスが明らかになることだろう。(了)

  1. 本調査は、平成28年度「新青丸」(海洋研究開発機構)共同利用KS-16-16により実施されたものです。

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