Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第393号(2016.12.20発行)

船舶のGPS位置情報でメガ津波を計測し予測する

[KEYWORDS]船舶/GPS/AIS/津波
東京大学海洋アライアンス特任准教授(現東京海洋大学准教授)◆稲津大祐

沖合航行中の船舶に搭載されている高性能のGPSで海面の高さを精度よく測ることができれば、多数の航行船舶を利用して、沿岸の巨大都市を襲うメガ津波を予測するシステムを現実的に構築することができるだろう。

メガ津波

2004年のスマトラ沖地震(マグニチュード9.1)、2011年の東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)による津波は、それぞれ、約20万人、2万人の死者・行方不明者をもたらした。これら被害の大半は、地震が発生し数十分以内に沿岸に押し寄せた巨大津波によるものである。東京大学海洋アライアンスでは『メガ津波から命を守る防災の高度化研究』という研究プロジェクトを、日本財団の助成で実施している。本プロジェクトでは、こうした壊滅的な被害をもたらす津波を「メガ津波」と呼ぶ。
南海トラフに代表されるプレート境界で発生する、将来の巨大地震によるメガ津波から、人命・経済被害を最小限に抑えることは、日本を含む多くの沿岸国の共通の願いである。特に、発生したメガ津波の規模を、短時間に正確に予測することは重要である。メガ津波プロジェクトでは、そのための一つの方法として、沖合での津波計測に基づくメガ津波の即時予測の手法の開発を進めてきた。
地震が発生した直後にメガ津波の規模を短時間で予測するために、リアルタイム地球観測が用いられる。早さの観点では、地震動や地殻変動といった地面の動きの観測に基づいて断層すべりの大きさを推定する方法が有利であるが、津波予測の観点からは間接的である。津波の規模の予測には、津波観測に基づき直接的に行うことが望ましい。沿岸での予測のためには沖合での観測が有利である。沖合での津波計測には、海底での水圧計測や海上GPSブイが確立したリアルタイム観測技術となってきている。これらの津波観測に基づく即時予測システムが気象庁やアメリカ海洋大気局によって開発されてきている。

船舶のGPSで海面の高さを測る

最近、高精度GPSを備えた船舶の航行中の計測によって、海面の高さが現実的に計測できるようになってきた。たとえば、2010年のチリ地震(マグニチュード8.8)に伴う約10cmの津波が船舶のGPS記録から検出された。一方、船舶の位置情報はGPSに基づき、AIS(Automatic Identification System)データとして収集・利用されており、認識される船舶数は年々増加している(図1)。もし、多数の航行船舶によって、海面の高さの高精度な計測がリアルタイムで取得できるようになれば、メガ津波の即時予測が現実的になると期待される。近年のGPSの測位精度の向上は目覚ましく、その利用も拡大してきている。メガ津波プロジェクトでは、そうした将来を想定し、多数の船舶によって海面の高さが計測できると仮定し、将来の南海トラフ巨大地震によるメガ津波の検知とリアルタイム予測の可能性について検討してきた。
図2はAISデータに基づいて2015年1月1日に日本南岸で認識された船舶分布である。メガ津波プロジェクトでは、これらの船舶のGPS位置情報が高精度(約10cmの津波が検知可能)で得られ、特に沖合を航行する船舶において地震後10分間のGPS高度(つまり、海面の高さ)データが得られたと仮定し、これを元に津波予測実験を行った(図3)。その結果、日本南岸の沖合に既に配置されている津波観測網データを利用する場合に比べ、沿岸に到達する津波の波高を、同程度かそれ以上の精度で予測できる見込みを得た。これは、日本の沿岸を航行する多くの船舶に高精度のGPSを搭載すれば、巨大津波の早期検知と予測が可能となるシステムになり得ることを示している。

■図1 AISデータとして認識される約10万隻の船舶分布
(Vesseltracker.comより)
■図2 2015年1月1日にAISデータで認識された船舶の分布。異なる船種を色で示した。

■図3 左)南海トラフのメガ津波(マグニチュード8.7)のシナリオ(中央防災会議2003による試算)。
(右)図2の船舶で津波が計測されたと仮定して予測したメガ津波。

展望

日本では、津波計測を目的とした沖合の津波観測網が整備・運用され、実際の津波予測業務へ利用される状況となった(気象庁報道発表資料2016年7月21日)。しかし、これらの観測網の整備・維持は高額であり、経済的な理由から特に東南アジアや南米などでの継続的な維持は必ずしも簡単ではない。一方、本稿で述べた方法は、船舶が多数航行する海域であればどこでも利用できる見込みがある。津波予測・防災が必要なのは沿岸の巨大都市である。沿岸の巨大都市には物資輸送のための船舶が集中する。これらの観点から、航行船舶を利用する津波予測システムの構築は一考に価するだろう。
そうしたシステムの実現には船舶・海運会社の積極的な協力が必要となる。AISデータの大半は貨物船やタンカーによって通報されている。貨物船やタンカーにとって、高精度GPSの設置は、安全な離岸・接岸のより容易な実行に役立つと期待され、加えて、自船でメガ津波が検知・通報できれば、直近の港湾都市を守ることにもつながる。遠くない将来での実用化を期待する。
陸上ではすでに多くの個人が有するスマートフォンのGPSなどを利用した緊急地震速報の実用化が視野に入っている。スマートフォンも船舶のGPS位置情報も、元々どちらも地震や津波の計測のためのものではないが、測位精度の向上、および、ユーザーの増加により、防災というまったくの別目的への利用が見える時代になってきた。こうしたクラウドソースデータの利用の開拓によって、私たちの視野はより拡げられるだろう。(了)

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