Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第389号(2016.10.20発行)

運河の浄化でよみがえるか「江戸前ウナギ」

[KEYWORDS]天然ウナギ/運河学習/鉄炭ヘドロ電池
東京海洋大学水圏環境教育学研究室准教授◆佐々木 剛

東京海洋大学は東京都港区の中学校における運河学習を開始し今年で7年目を迎えた。
未だ十分とは言えないが徐々に実験区での環境が改善しつつある。
実験をスタートして1年が経過し、ついにニホンウナギを確認することができた。
将来は、ウナギが生息する東京湾の環境を取り戻し、往年の江戸前ウナギの復活を夢見ている。

中学生と大学生が取り組む浄化活動

「東京湾は以前にくらべ、きれいになった」と、長年、運河沿いにお住まいの方々はこう語る。確かに、高度経済成長期の東京湾に比較するとよほど改善されたにちがいない。しかしながら、大雨の日にオーバーフローした生活排水が運河に流出し、水質を悪化させ悪臭を発生させる原因となっている。
「この地域に住む子どもたちは運河に対しどのようなイメージを抱いているのだろうか」と思い、大学近隣の小学校を訪問した。「臭いが気になる」「色が黒い」との児童からの回答が大半を占めていた。また、海のイメージに関する自由記述では、マグロ、イルカ、サンゴが多く抽出された(岩手県沿岸部の子どもたちは、タコ、イカ、ウニ、カニと答えた)。運河の生き物には、ほとんど接したことがないのである。このような現状を何とか改善しようと、東京海洋大学と東京都港区立港南中学校は2010年から地元自治体と連携を図りながら運河の生物調査、水質調査を中心とした運河学習をすすめてきた。まだまだ十分とは言えないが、運河の状況が改善されつつある。
ここで、運河学習を紹介したい(表1)。運河学習は渡辺一信校長他関係各位にご協力いただきながら、大学生が港南中学校に月に1度訪問し、運河に関する体験学習会を実施する。運河学習は大きく分けると1年生(90名)が実施する高浜運河実習、2年生(70名)が実施する芝浦地区にある親水護岸の「里海キャンパス(通称カニ護岸)」(図1)での浄化実験である。

■図1 芝浦地区にある親水護岸「里海キャンパス(通称カニ護岸)」での浄化実験

港南中学校での「ベイエリア・運河学習」は7年目を迎えたが、上記のような活動を実施することによって大きく前進したことが2つある。
まず1つは、中学生の運河に対する認識の変化である。当初は、運河にはまったく興味関心がなく、あったとしてもウォーキングや散歩など運河の周辺に着目していた。ところが、一度だけの魚類調査活動で、生徒たちの運河に対する認識が大きく変化した。「実際にたくさんの魚が生きていることを理解し親しみを持ちました」「もっと魚がいることを確かめたい」「運河の色ばかり気になっていましたが、水をすくってみると透明で驚きました」と運河の内側に興味関心を持つようになったのだ。さらに、運河の将来についてグループで話し合いをすると「運河は私たちにとって大切な場所です」「できるだけ多くの人々に運河を知ってもらいたい」「そのためには、運河をよりよい環境にするために自分たちに何ができるかを考えて行動したい」といった運河に対する前向きな意見が出された。加えて、室内での魚類観察学習では学んだことをもとに記述する受動的な感想(魚の形がわかったなど)が多いのに対し、運河でのフィールド観察学習では自分たちが感じたことをもとに記述する能動的な感想(魚の多様性の発見、なぜ濁っているのかなど)が多いこともわかった。フィールドでの活動の方が、能動的主体的に思考することができるのである。
2つ目は、「里海キャンパス」の水質が変化しつつあることである。2年生では1年次の活動をもとにして、里海キャンパスで浄化活動に取り組む。最初は半信半疑であったが、水質を調べてみると明らかに実験区のほうがCOD(化学的溶存酸素量)の値が低かった。それだけでなく、硫化水素濃度も低下し、シオグサ、アオサ等の緑藻も繁殖するようになり、対象区と比較すると魚類の種数が大きく異なっていた。鉄炭ヘドロ電池によって底質の環境が変化していたのである。そして、今年7月に入り、10cm前後のニホンウナギ(クロコウナギ)が3個体確認された(図2)。

■図2 確認されたニホンウナギ(クロコウナギ)

東京湾でウナギが生息できるのか

ご存じの通り、現在食べられている鰻の蒲焼きは、江戸時代に発明されたと言われている。鰻丼や鰻重の原料は養殖ものが大半だが、本来は地場でとれた天然ものだ。品川区の旧東海道沿いをはじめ東京湾周辺に鰻屋が多い理由は、江戸前の天然ウナギを利用できたからである。戦前までは、年間300トン超のウナギが捕れていたという。ウナギは、川で生活していると思う方がおられるかもしれないが、耳石を用いた回遊履歴の分析から、ウナギは淡水域だけでなく海水の影響のある浅海域に生息していることが科学的に裏付けられている。しかし、東京湾のウナギの生息場は大幅に減少した。今でも麻布には天然ウナギにこだわる老舗の鰻屋があるが、江戸前の蒲焼きはたいそう高価なものに違いない。
本学の附属図書館にある文献(田中小治郎著『日本の鰻つくり−汚染泥対策を中心にして−』1971年)によれば、ウナギはヘドロを好んで生活するが、硫化水素が発生するような環境では、生息できない。そのため、総合無機物等の土壌改良材を敷設し底質を改善することによってウナギが生息できるようになる、と報告している。すなわち、東京湾に堆積しているヘドロ中の硫化水素を除去することによって再びウナギが復活する可能性が大いにある。東京湾は栄養が豊富で本来ウナギの住みやすい場所であるはずである。

おわりに

東京湾には、大量のヘドロが蓄積しているが、その7割が生活排水由来である。ヘドロは厄介者に思われるが、鉄炭ヘドロ電池によって電気を発生させながら、ヘドロ中の硫化水素等の有害物質を除去し、ヘドロが生物への栄養物質へと変化していく。その結果、多種多様な生物が集まってくるのである。水質が改善されれば、物質の好循環が復活し、『鰻のたいこ』『素人鰻』など落語に登場する江戸前ウナギもよみがえる可能性がある。将来は、里海キャンパスに集まるウナギを活用し江戸前の蒲焼を復活させたいと学生たちと夢を語っている。(了)

  1. 鉄炭ヘドロ電池=粉状の鉄と炭を圧着した塊で、湾内に投下すると鉄イオンが放出され、ヘドロを分解し浄化を促進する仕組み。

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