Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第388号(2016.10.05発行)

編集後記

山梨県立富士山世界遺産センター所長◆秋道智彌

◆大学に何ができるか。国際的な評価で、日本の大学の低迷が続いているが、論文数や引用の頻度などの基準でなく社会貢献をキーワードとすれば状況はちがってくる。地域への貢献は、国や自治体などの公的機関や私企業による場合と大学・研究機関による場合がある。両者は類似しているようにみえるが、前者は公的ないし私的な性格をもち、後者はコモンズ、つまりみんなが知識や技術を共有してその利活用を図る性格をもつ点で顕著に異なる。
◆5年前に三陸地方を襲った地震津波を受け、岩手大学は水産復興の取り組みを着実に進めてきた。国の復興庁や岩手県による復興政策は行政による取り組みとして当然でもあったが、予算案の減額によって計画が終わることもある。しかし、大学における研究では研究費は不可欠であるが、研究は国や私企業のためではなく、共有されるべき性格をもつ。岩手大学学長の岩渕 明氏は大学間の連携をふまえて、水産復興の取り組みの持続性と発展に熱い思いを語っておられる。その思いが地元の市町村や人びとに届くよう、共有の知のもつ強靭さと柔軟さをふまえて今後の取り組みを応援したい。
◆地震津波による衝撃的な東京電力の福島第一原子力発電所の事故を受けて、あれから原発はもうなくなると思っていたら、原発が再稼働し、国のエネルギー政策が地域の合意と乖離した形で進められた。先述した共的な世界からの発想が完全に欠落していることが判明したわけだ。現在、代替エネルギーの開発が急ピッチで進められているが、洋上の風力発電技術は西欧諸国にくらべて遅れている。(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構の伊藤正治氏を中心とした洋上風力発電のための全国的なデータベースの作成は国家レベルで未来の新エネルギー政策を支える貴重な取り組みである。この情報を生かす地方自治体や私企業の取り組みによって得られるエネルギーは「みんなのもの」と考える発想の重要性にぜひとも留意してほしいものだ。
◆古代の大阪湾は「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれ、豊かな里海が広がっていた。しかし、現代の大阪湾は大きく変容し、海と人びとの関係は疎遠となった。大阪府立大学の黒田桂菜氏は、大阪湾における地域住民とのかかわりの復権を目指すNPO活動に深くかかわり、市民と大阪湾との親しい関係性の再興を多様なイベントを通じて実践されておられる。海と川、山をつなぐ発想が海苔と米という食材に注目した「おにぎり」として結実した。さすがのアイデアである。今後、海と人との距離をさらに密接にする創意工夫を通じて、共有の場としての海洋空間を演出する取り組みに期待したい。 (秋道)

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