Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第388号(2016.10.05発行)

「近くて遠い大阪湾」から「親しみのある大阪湾」へ

[KEYWORDS]海に対する市民イメージ/大阪湾/海と陸のつながり
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科助教◆黒田桂菜

海に対して、レジャーなどの楽しいイメージを抱いている市民が多いが、大阪湾に対する市民のイメージは負のイメージが先行している。
かつて大阪湾は、海へのアクセスが容易であり、市民の憩いの場であった。
ここでは、「親しみのある大阪湾」に向けて進められている取り組み:海と陸のつながりを体感するストーリー型イベントを紹介する。

近くて遠い大阪湾

若者や子供の海離れが叫ばれて久しい。2002年の海の日に関するアンケート調査によれば、小学生から高校生の約9割が「海が好き」と答えているのに対し、2014年の海に関する国民意識調査では、「海が好き」と答えたのは10代の約7割である。この10年間で若年層の海離れがさらに進んでいることがうかがえる。一般的に、海といえば多くの市民はレジャーなどの楽しいイメージを抱いている。
一方、日本を代表する半閉鎖性海域の一つである大阪湾に対する市民のイメージは非常に厳しい。「大阪府豊かな海づくりプラン等の改定」に関するアンケート(2014)では、大阪府民の半数以上はよいイメージをもっていない。大阪湾から連想することに、「きたない」「くさい」などの負のイメージが先行しており、「関西国際空港」「南港」「海遊館」などの人工構造物も大阪湾のイメージとして印象づけられている。実は、これらの連想語は1998年の入江らの調査で得られたものであり、その後現在に至るまで大阪湾に対するイメージは大きく変わっていないと思われる。
大阪湾再生に向けた市民参加型の取り組みが継続的に行われているにもかかわらず、「きたない」などの負のイメージには寂しいものがある。本稿では、かつて賑わった大阪湾の海辺の姿を振り返りながら、現在行っている海辺に市民を呼ぶための取り組みについて紹介したい。

沿岸域の変遷と市民の海辺利用

かつて関西の一大リゾートといわれた大浜(大阪府堺市)。大浜公園は、浜寺公園に続き1879(明治12)年に開設され、その眺望の美しさから観光旅館が軒を並べた。1903(明治36)年には水族館が開設され、のちに海水を沸かした大浴場も開業し多くの人々が訪れた。大阪市内と堺を結ぶ路面電車である阪堺電車には、かつて大浜支線があり大浜海岸まで運行していたという。大人から子供まで阪堺電車に乗り、大浜の海辺を楽しむ姿からは、大阪湾もかつては人々の海の憩いの場であったことをうかがわせる。
しかしながら、時代は戦争の波に巻き込まれ、空襲で大浜周辺が破壊されると大浜リゾートは壊滅状態に。リゾートの復活はならなかった。さらに時代は高度経済成長期となり堺泉北臨海工業地帯の造成開始に伴い、海水浴場は閉鎖された。その結果、高度経済成長期後に生まれた世代は、かつて賑わった大阪湾の面影を見ることもなく、大阪湾に対して人工的なイメージを抱いていると思われる。かつて人々が賑わった大阪湾、海へのアクセスは閉ざされたが高度経済成長をもたらした大阪湾、どちらも私たちの生活に密接に関わってきた大阪湾である。海へのアクセスが途絶えた結果、海が私たちの生活に結びついていることを実感できなくなった。大切なことは、正負どちらの側面も私たちの生活と大阪湾(海)がつながっているという認識をもつことではないだろうか。

■大阪湾
堺大浜海水浴場 1930(昭和5)年頃(佐々木豊明著『なつかしき大阪』より)

「親しみのある大阪湾」へ

小さな子どもが大きなタコを掴んでいる様子(2016年7月)子どもから大人まで海苔を一生懸命摘んでいる様子(2014年1月)

「近くて遠い大阪湾」から「親しみのある大阪湾」へ市民の意識を変化させるために、大阪府阪南市では、NPO法人環境教育技術振興会が中心となり、「海と陸のつながりを味わおう」※1というイベントが行われている。著者もスタッフとして初年度から参加している。このイベントは、年間6回のシリーズを通して、陸と海のそれぞれからの自然の恵みを受けて育つ米と海苔を自分たちで育て味わうことで、参加者に楽しみながら海と陸とのつながりの重要性を実感してもらうものである。2014年から実施しており、今年で3年目を迎えた。泉南地域(大阪府の南に位置する)や和歌山からの参加者が大半であるが大阪市内など都市部からの参加者もみられる。参加者は主に小学生とその家族である。
イベント内容は、6月「田植え」、7月「漁業体験&生き物観察」、10月「稲刈り」、1月「海苔づくり」、2月「海苔漉き体験」、3月「収穫祭」となっており、自分の手で植え、収穫した米と自分で漉いた海苔で最後におむすびを食べるというストーリー仕立てになっている。通常、海辺のイベントといえば、漁業体験など単発なイベントが多いが、本イベントは参加者が漁港周辺に通い、一連のストーリーを楽しみながら参加できることが特徴である。普段、家でゲームをしている子どもでも、田植えとなると泥んこになってはしゃいでいる様子は、こちらも見ていてすがすがしい気持ちになる。7月の「漁業体験&生き物観察」では、西鳥取漁港の海岸で生き物観察をするとともに、西鳥取の漁師が早朝獲ったタコ(大阪産(もん)ブランドで泉だこという)を海に放し、子どもたちが掴み取りを行った。参加者からは、実際に生き物に触れたことへの反響が非常に大きかった。
イベント毎の参加者に大阪湾に対するイメージを聴取したところ、参加回数が増えるごとに、「きたない」と答えた回答者が減少し、大阪湾に「行きやすい」と答えた回答者が増えていた。さらに、参加者の約半数が大阪湾産の水産物を意識して食べるようになったと答えており、本イベントによって参加者の意識が変化していく様子がみられた。子供の環境学習のための参加者が多いものの、本イベントに参加している親世代はかつての大阪湾の賑わいを知らずに育った世代であり、親子で大阪湾を身近に感じられるイベントとして好評である。このように、海辺に人々の足を運んでもらうためには、「食」が一つのキーワードであるとともに、ストーリー型イベントというアプローチも人々の意識を変えるきっかけになるのではないだろうか。(了)

  1. ※1「海と陸とのつながりを味わおう」http://www.nature.or.jp/observation/group/umi/nori.html

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