Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第382号(2016.07.05発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(山梨県立富士山世界遺産センター 所長)◆秋道智彌

◆韓国でセウォル号の海難事故が全羅南道珍島郡の観梅島(クワァンメド)沖で発生して2年以上が経過した。この6月にようやく、沈船の引き上げ作業が始まった。事故の原因は人為的な過失に相違ないが、珍島郡周辺の海域は潮流の速いことで知られる。つねに風や潮流、波などの自然の抵抗にさらされる船舶の安全航行のためのさまざまな技術と工夫がこれまでなされてきた。安全・安心はいうまでもないが、1970年代のオイルショック以降から1990年代の地球温暖化問題の台頭を受け、船舶の省エネルギーへの技術対策が進められた。ジャパン マリンユナイテッド(株)の松本光一郎氏によると、船舶が波のない平水中を進むことを前提とした燃費削減の枠組みは、決して理にかなったものでなかったという。というのは、波風を受ける実際の航海においては、平水時にくらべての船の速度が落ちることが指摘されていたからだ。そこで松本氏は、船首をとがらせることで省エネを実現する画期的な技術革新に成功した。そのほか各種の船舶の省エネ技術開発で、松本氏は2015(平成27)年の海洋立国推進功労者表彰を授与された。
◆水産業においては、人口の増加、漁撈技術の革新を通じた乱獲や資源枯渇にたいする指摘が1950年代以降になされるようになった。1954年には経済学者のH.S.ゴードンが、公海における海洋資源はオープン・アクセスであるため、乱獲から資源枯渇にいたる可能性を指摘している。この説は、牧草地における「共有地の悲劇論」を1968年に提起したG.ハーディンよりも十数年早く公表されている。水産資源の管理にかかわる政策や方策は近年、とみに世界中で議論されている。東京大学海洋アライアンスの徳永佳奈恵氏は、なかでもITQとTURFを取り上げ、世界の現状に応じた管理方策を適用すべきと指摘する。ITQは個人の権利に着目したもので、かたやTURFは共同体の権利とでもいうべきものである。この対比は地域や国による資源管理の上でキーワードとなることはまちがない。1978年にローマのFAOでTURFに関する最初の会議に出たことを思い出すが、21世紀型の資源管理をさらに地域や国の実情に合わせて立案し、ステークホールダー間でよりよい合意形成がなされるよう期待したい。
◆水族館における新しい試みとして、沖縄の美ら海水族館が大型海生哺乳類の病気診断に、イルカの全身麻酔と超音波画像診断を実践する水中ハウジングという画期的な手法を開発されたことは喜ばしいことだ。同館の植田啓一氏と柳澤牧央氏はともに獣医師である。「黒潮の海」の大水槽で遊泳するジンベエザメが病気にならないともかぎらない。大水槽を目の当たりにして、驚き、感動する大勢の観客にも、陰ながら生き物のいのちをささえる「海のドクター」のいることを伝えてほしいものだ。海に関わる革新技術がまちがいなく海と人間との関わりを豊かにするという思いを確信した。 (秋道)

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