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オーシャンニュースレター

第382号(2016.07.05発行)

環境に優しく経済的な船舶の開発について

[KEYWORDS]省エネ/技術開発/実海域性能
ジャパン マリンユナイテッド(株)技術研究所長、第8回海洋立国推進功労者表彰受賞者◆松本光一郎

日本の造船の優位性は、その省エネ技術の継続的な開発力にある。
いままで、平水中から実海域へ、ハード開発からソフト開発まで、技術開発を実施し、世界をリードしてきた。
今後は運航全体の最適化を目指した技術開発と、その関連技術の国際標準化でも日本が世界をリードしてゆくことが重要である。

日本の造船業

日本は島国であり、輸出入における船舶輸送は全体の99.7%を占めている。船舶は日本にとって必要不可欠の輸送手段である。世界の海上輸送に使用される大型船舶の約90%は、中国、韓国、日本の3国で建造されている。海上輸送量の増加に伴う船舶の需要はまだ堅調なものの、世界的には供給能力の方が高く、中韓日の3国間で熾烈な受注競争が繰り広げられている。日本が、他国に伍して、今後も船舶の建造を継続し、世界の海上輸送に貢献してゆくためには、技術力の優位性を維持、発展させることが必要である。
日本の技術力の優位性の一つは、省エネ技術の継続的な開発力である。

船舶の省エネ技術開発

■写真1
船舶の推進効率を向上させる当社技術例:SURF-BULBとSSD

日本では、1970年代のオイルショックを経て、船舶の分野でも大幅な省エネ化が図られた。その結果、オイルショック以前に比べ、1980年代以降の省エネ船は、30%~50%もの燃料消費量の削減を実現した。これらは、船型や推進器およびエンジンの改良、省エネ付加物の開発によるものである。省エネ付加物とは、写真1にあるような、主に推進器の前後に装備して、船舶の推進効率を向上させる装置のことである。
また、1990年代後半になって、地球温暖化問題が世界的にクローズアップされ、船舶においてもCO2排出量の削減が求められている。CO2排出量は燃料消費量とほぼ比例の関係にあり、燃料消費量の削減が、環境に優しく経済的な船舶の実現につながる。
ここまでの省エネ技術は、主に平水中性能の観点からであった。平水中性能とは、船舶が鏡のような平らな水面をまっすぐに航行する時の推進性能のことである。実際の海(実海域)では平水中ばかりではなく、波や風にも遭遇する。波や風が船舶の推進性能に与える影響は、季節や航路、また船の大きさや船型によっても異なる。大型船であれば平均的に、平水中抵抗と波・風による抵抗の比は8対2くらいになる。従来は、平水中抵抗が大きな部分を占めること、また波や風による船舶の挙動が複雑かつそれらの実態がよく分かっていなかったこともあって、平水中性能向上が省エネ技術開発の中心課題であった。
しかし、1990年代中頃から、平水中だけでなく波・風も考慮した船舶性能の評価が重要であるという機運が出てきた。私はこのころに何度か、運航中の船舶に乗船する機会があった。その時の船長との雑談で、「最近の省エネ船は燃費が良くなっているが、エンジン馬力が小さくなったせいで、波や風に遭遇すると途端に船速が出なくなる。何とかならないか。」という話を聞いた。そこから、波や風による抵抗が少ない船型の開発に取り組み始めた。
この時得た教訓は、「解決すべき課題、ニーズはその商品(船舶)を使用している現場にある」ということである。われわれのような造船技術者は、運航現場の方々と定常的に情報交換をする必要があると強く認識した。

■写真2
波の抵抗を低減する船首(右側)。当社技術例:LEADGE-Bow

波による抵抗を低減する技術に関しては、大阪大学との共同研究を通じて、「船首を尖らせることが良い」という(ある意味)単純な結論に達した。写真2の右側のように船首前端部分を上から下まで垂直に尖らせる(当社技術名LEADGE-Bow)というのが一つの基本解である。この時に議論になったのは、右側のように全体を尖らせると、左側にある船首バルブがなくなってしまうことである。船首バルブは、平水中航走時に波を発生させることによる抵抗(造波抵抗)を低減させる工夫である。戦前に開発され、戦後、一般船舶に標準的に装備されてきた。ところが、タンカーやばら積み船のような比較的低速の肥大船では、オイルショック以降の船型改良や相対的な運航船速の低下に伴って、造波抵抗が昔よりもかなり小さくなっていた。そこで、船首バルブがないような船首形状にしても造波抵抗は増加せず、逆に波による抵抗は減るのではないかと考えた。模型試験でこのことを確認し、この垂直に尖らせた船首形状の標準採用に至った。ここで得た教訓は、「10 年前の常識は疑え」である。ある技術(この場合には船首バルブ)はその時点の環境やニーズに基づいて開発されたものであるが、時代が変わるとそれらも変化しているかもしれない。そのことを常に考えながら技術開発に取り組むべきである。
風による抵抗を低減する船型も各種開発したが、ここでは紙数の関係で割愛する。
いまではこのような実海域性能向上の技術開発は日本の造船会社はどこも行っており、この分野で日本は他国をリードしている。
ここまで述べた省エネ技術の開発は、船型や推進器、省エネ付加物といった「ハード」の改良・開発によるものである。その後、「ソフト」開発による省エネ技術の開発にも取り組んだ。これは、波・風・潮流の海気象予報値を使って最適航路を探索することにより、燃料消費量削減を目指したものである(船にカーナビを載せたイメージから開発ソフトを「シーナビ」と命名した)。

将来の更なる省エネ技術開発

環境に優しく経済的な船舶の開発は、平水中性能に加えて実海域性能の考慮へ、またハード開発だけでなくソフト開発も、という方向に進んできた。いずれも技術力は日本に一日の長があり、その状態を今後とも維持・発展させていく必要がある。
今後は、船舶による海上輸送(運航)全体の効率化・最適化が必要である。現在は、通信技術やICTの急速な発展により、実海域を航行中の船舶の動静管理が陸上で常時できるようになってきた。将来は、必要最小限の乗員で、船舶自身がある程度自律的に航行できる自動操縦船が可能になると考えられる。その実現のためには、複雑な実海域状況(波や風)の予測技術や実海域での船舶の挙動予測技術等の高度化が必要になってくる。後者に関しては、日本の学会・業界に長年の技術の蓄積がある。これらを基に、今後の技術開発テーマを絞り込み、実施してゆくことが必要である。
個々の技術開発は、各企業や大学、研究機関が担えば良いが、運航システム全体の技術の標準化に関しては、日本全体で取り組むべきであり、日本がリードして国際的な物差しにしてゆくことが望まれる。またこのような技術開発を推進してゆくためには、若い技術者の継続的な育成が必要である。そのための産・学・官による教育・研究の取り組みと共に、船舶の重要性・将来性に関する一般社会への啓発活動も重要である。(了)

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