Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第372号(2016.02.05発行)

生きものを見る目を養い、自然を感じる心をみがく

[KEYWORDS] 水族館/環境教育/子ども
葛西臨海水族園飼育展示課教育普及係◆天野未知

葛西臨海水族園では子どもたちのここでの体験や学びが水族館で終わらずにその後も身近な自然のなかで継続していくようなしかけを工夫している。
自然のなかで生き生きと遊ぶ子どもの姿をみたい。
一人でも多くの子どもに生きものの面白さや自然体験の楽しさを味わってほしいと願って、水族館での教育活動に取り組んでいる。

子どもの目が輝くとき

東京駅から電車と徒歩で約30分。私が勤める葛西臨海水族園は東京湾に面した大きな公園の中にあり、そこに「西なぎさ」と呼ばれる人工の干潟がある。コメツキガニやオサガニ、マハゼやイシガレイの幼魚などさまざまな生きものが見られる貴重な干潟だ。
夏の日の朝、この干潟を小学校3、4年生の子ども15人と一緒に訪ねた。私たちが年に5回、連続で実施している教育プログラム「海のあそびや」の第2回目「干潟で探そう!いろんな生きもの」だ。聞いてみると、干潟で遊んだ経験があるのはたった一人。初めて干潟に足を踏み入れた子どもたちは泥で汚れるのがいやなのか歩き方もおそるおそる。「生きものなんていないよ」という子どももいる。しかし、ちょっと生きものを探すコツや捕まえ方がわかれば、わずか30分後には泥だらけになってカニを追いかけ、魚を捕まえようと手網を振り回す。やっと捕まえたカニを「ほら、みて!」と自慢げに見せてくれる。そんな時の子どもの目は本当にきらきらと輝いている。

子どもと自然の距離

子どもと自然の関係が希薄になったと言われて久しい。国立青少年教育振興機構が全国の公立小・中・高900校の子どもに自然体験について聞いた調査結果(平成24年)がある。例えば「今までに海や川で貝を捕ったり、魚を釣ったりしたこと」がほとんどない子どもは25.0%、「この一年間、学校以外で昆虫や水辺の生きものをつかまえること」がないは44.4%となっている。自然体験の機会がいかに少なくなっているかが良くわかるが、さらに心配なのは「野鳥の声を聞いたことがあるか」という問いに、都会でも季節を通してさまざまな鳥の声が聞こえるはずだが「ほとんどない」と答える子どもが21.4%もいることだ。身近にいる生きものの存在にも気づかないということなのだろうか。水族館で子どもと接していても危機感を感じることがある。水族館を利用する子どものなかには魚が好きで図鑑を隅から隅まで読んでいるような子が少なくない。しかし、そういう子どもに限って実物には怖くて近づけない、生の魚にはさわれない、調餌場では臭いと出て行ってしまう。かつての子どもは自然のなかで多様な生きものの営みにふれながら、自然や生きものに対する不思議や魅力、また恐れを体で感じてきた。しかし、今の子どもは映像や印刷物などバーチャルな世界で自然や生きものをわかったつもりになっているのかもしれない。
一方で干潟での子どもの変化のように、自然のなかで生きものを探し、捕まえ、その不思議や驚きに出会った時、程度の差はあれ、どんな子どもも夢中になり、目が輝きだす。子どもはもともとそういう力を持っているに違いない。きっかけさえあれば生きものとの距離はぐっと縮まるはずだ。水族館はそのきっかけをつくり、子どもと自然をつなぐ場になれるのではないだろうか。

■干潟での教育プログラムの様子。少し手助けすれば子どもは自然のなかで大きく変わる。

生きものを見る目を養う

きっかけの第一歩は生きものとの出会いだ。水族館では多様な海の生きものを見ることができる。実物に会う機会が少ない今の子どもにとってそれだけでも意味があるだろう。しかし、ただ眺めるだけではもったいない。
例えばムラサキウニ。「トゲは動くかな?」「トゲの間のニョロニョロはなんだろう? ペタペタくっつくよ」「口はどこにあるのかな?おしりの穴は?」「なにを食べるのかな?」「口が体の下にあると、どんないいことがあるのかな?」。そんな働きかけをしながら一緒に観察すれば、ただのトゲトゲの物体に見えていたウニが、ちゃんと足があって、棘を巧みに動かし、口もおしりの穴もあって、立派な歯で海藻を食べる、生き生きとした存在に変わるだろう。
どんな生きものも周りの環境に適応し、巧みに生き、次の世代に命をつないでいる。どうしてこんな姿形をしているのか? どうやって獲物を捕らえ、敵から身を守るのか? どんな方法で子孫を残すのか? 科学的な生きものの見方を習得すれば、その多様な生き様に気づき、「生きものってすごい!面白い!」と実感してもらえるのではないか。
葛西臨海水族園には約20名の教育普及担当がおり、幼児から大人までを対象にさまざまな教育活動を行っているが、いずれの活動でも生き物の見方(科学的な視点)を伝え、参加者自らが興味深い事象を発見し、その発見から学ぶという過程を大事にしている。
多様な生きものがいる水族館は生きものを見る目を養う場として、生きもののめくるめく世界を楽しむためのトレーニングの場として適している。私たちは教育活動を通じてそれをサポートし、子どもと生きものとの出会いを実際の自然、とりわけ身近な自然へとつなげたいと考えている。

■水族園で実施している多様な教育プログラム。子どもたち自身が生きものの面白さや自然遊びの楽しさを実感できるようなさまざまな工夫をしている。

身近な自然を感じる

今、私たち人間には、人間も含めた地球上のすべての生きものが将来もその営みを続けていくために何ができるのかを考え、実践していくことが求められている。そのために何より大事なのは行動につながる原動力、自然や生きものを尊く思う気持ちであろう。
自分を振り返れば、それは子どもの頃、自然のなかに身を置いて感じてきた驚きや感動、畏敬の念に他ならない。自然と子どもの距離が大きく離れてしまった今、自然体験を積み重ね、自然や生きものとの共感や一体感を育むことはとても難しい。ならば、なおさら日常のくらしや遊びのなかで何度もふれあえる身近さが重要だろう。遠くの豊かな自然を訪ねるのもいい。しかし、気づかないだけで実は身近にも多様な生きものがいる。そのことを感じて欲しい。
小学生や親子を対象にしたプログラムでは、海の生きものに限らずカエルやカメなど都市でも観察できる生き物を扱う。また、東京湾の干潟や都内の川など身近な自然に連れ出し、自然体験の楽しさやノウハウを伝える。園内の林で昆虫採集も行う。昆虫が最も身近な生きものだからだ。
子どもが水族館で過ごす時間はほんのわずかだ。体験や学びが水族館で終わらずにその後も身近な自然のなかで継続していくようなしかけを工夫している。何より、自然のなかで生き生きと遊ぶ子どもの姿をみたい。一人でも多くの子どもに生きものの面白さや自然体験の楽しさを味わってほしい。そう願って、今後も水族館での教育活動に取り組んでいきたい。(了)

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