Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第372号(2016.02.05発行)

海と生きる ~未来ある子どもたちと繋がる減災ポケット「結」プロジェクト~

[KEYWORDS] 自然災害/減災意識啓発/結プロジェクト
東北大学災害科学国際研究所助手◆保田真理

東日本大震災からまもなく5年目を迎える被災地から、震災の教訓を基に児童の生きる能力を高める教育プログラム、減災ポケット「結」プロジェクトは本格的始動から3年目を迎えようとしている。
多様な自然災害に対して、児童が本来持つ認知力、判断力、行動力が最大限の効力を発揮するようサポートしていくことが、今必要なのである。

人と繋がり心を結び合わせ、自然災害と共存する

季節が変わり、東北の海の色が少し紺色に変わった。浜で砂遊びをする幼い子どもたちは見かけなくなり、ウェットスーツでなんとかサーフボードに立とうとしている若者がいる。打ち付ける波音が響く荒涼とした浜辺だが、やはり私はこの海が好きだ。貨物船に乗り世界を回った父の懐かしい船の匂いが感じられる。私の人生はいつも海とともにある。
かつては、私の立つ砂浜の後ろは青々とした黒松の並木がずっと遠くまで続いていた。江戸時代から大切に育てられ守られてきた防砂・防潮林であり、近隣の住民には美味しい網茸を育ててくれる森だったのである。東日本大震災で海が荒れてから、間もなく5年の歳月がたとうとしている。しかし、この海を誰も怖がらないで欲しい。怖がることなく賢く生き抜くすべを、われわれ人間が身につけることができればよいのだと理解して欲しい。大勢の犠牲者とその家族の思いが私の背中を押した。未来ある子どもたちに、どんな災害時にも自分で自分の命を守るということをしっかりと伝えるべきだということを教えてくれた。自ら小学校や中学校を訪問し、出前授業という形で減災意識啓発活動を始めた。大学から職員が出向くことは学内にも学外にも認知されてきた。
減災ポケット「結(ゆい)」プロジェクト※と名前を付けた取り組みは本当に小さな活動だが、世界中の社会の根幹を成すものだと自負している。

社会の意識を変えなくては—―子どもたちも自ら行動できるはず!

■「減災ポケット『結』(ハンカチ)」をかぶった宮城県石巻市開北小学校での集合写真

■減災ポケット「結」(ハンカチ)

減災ポケット「結」プロジェクトの背景にあるものは、東日本大震災の教訓である。なぜ、大学から小学校へ出向くのか、疑問を抱く方もいるのではと思う。東日本大震災は、われわれに自然災害の発生やその脅威を人間の創造物だけでは、防ぐことはできないことを突きつけた。一方、しっかりと状況を判断し避難すれば命を守ることができるということも教えてくれた。平日の日中に発生した地震と津波。比較的対処しやすい状況であったにもかかわらず、多くの尊い命が失われた。その90%以上が津波による溺死であった。地震の揺れが収まってから、津波が襲来するまでの時間は場所によって、早くても25分、遅いところでは1時間以上あった。生き残った方々の証言では、住宅の倒壊など、避難を阻む状況はほとんどなかった。そして、多くの人が津波の脅威を想像できなかったと話した。その場にいた人たちが避難行動を直ちに取っていたらきっと生きることができたはずだった。
「津波が来たって聞いたことないから大丈夫」「この前も来るって来なかった」「避難するための準備をしないと・・・」。こうやって、多くの人が逃げ後れてしまった。とくに子どもたちは、行動できる体力を持っているにもかかわらず、危機意識のないまま巻き込まれてしまった。
子どもたちに対して、大人が守るから指示に従いなさいという教育から、「自ら考え、判断し、行動を起こす教育」へ今こそ転換する時と強く感じた。今までわれわれは、地域の防災リーダー育成などに協力をしてきたが、一部のリーダーは育成できたものの、そこから裾野を広げることができなかった。ならば、これから知識を吸収して行く子どもたちに正しい自然災害科学を学んでもらい、その上で今の自分たちに何ができるのかを一緒に考えて、自発的行動を促そうと考えたのだ。震災後考案した減災風呂敷を子ども用にアレンジした減災ポケット「結」(ハンカチ)を補助ツールに活用する手法も取り入れた。

減災意識啓発出前授業「結」プロジェクト始動へ

■フィリピンでの出前授業の様子

■福島県南相馬市棚倉小学校でのグループ発表風景

わかりやすくて楽しいから学びたくなる授業を目指して、授業内容は座学、グループワーク、意見発表の3部構成でできている。自然災害科学は東北大学災害科学国際研究所の得意とする分野であり、データがたくさん集積されている。それを子どもたちにわかりやすい教材にすることが私の役割である。怖がらせることなく災害のメカニズムを目に見える形で提供することに工夫を凝らした。グループワークのコンテンツも身近な減災をテーマに家族会議や、家庭での減災対策を考えてもらい、災害時の行動を疑似体験するようになっている。
意見発表は一番緊張する場面だが、クラスメイトや先生の前で、グループ内の議論や結論を自分たちの言葉で表現できている。今まで、人前で発表しなかった子がとても良い発表をしてくれたケースもあった。結果的に2014年度宮城県内70校および国内外16校で実施した。2015年度は宮城県内と福島県内の26校および国内外9校で実施した。自然災害のメカニズムは理解度が上昇している。
普段から、家族や友人とのコミュニケーションが大切なこと、万が一の事態はいつでも自分の傍らにあること、自分の身は自分で守ることが周りの人も助けることを児童なりに理解している。2014年度の活動のまとめとして開催した「減災子ども国際フォーラム」には日本の子どもたちと海外の子どもたちが減災について語り合い提言をまとめてくれた。教え子たちが交流を深める姿は将来に繋がる大きな希望となった。
この減災意識啓発「結」プロジェクトの活動を通じて、子どもたち一人一人が災害を理解し、家族を巻き込みつつ日常的に減災に取り組むことによって、5年後10年後の社会は確実に強い社会になって行くと思う。東北大学基金の支援を受けて、どんな時も陰で支えてくれる心強いプロジェクトメンバーとともに、一過性の取り組みではなく、今後も地道に意識啓発活動を続けて、子どもたちと強く結ばれて行きたいと思う。(了)

※1 減災ポケット「結」プロジェクト
東北大学基金を活用し、減災の知識を深めるためのツールとして、災害科学国際研究所などが開発した「減災ポケット『結』(ハンカチ)」を宮城県内の5年生全児童約20,800名に副教材として配付し、これを活用した出前授業を行い、震災の経験を風化させず次世代へ語り継ぎ、いざという時の対応力を高めることを目的としている。

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