Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第367号(2015.11.20発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(国立研究開発法人海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆目下、インドネシアは異常な干ばつに襲われている。違法な野焼きの火が拡大し、シンガポール、マレーシア、ベトナムなど東南アジアの広い範囲で煙害が深刻になっている。既にドイツの年間温暖化気体排出量に相当する量が放出されたという。異常乾燥の原因は太平洋に発生したスーパーエルニーニョとインド洋のダイポールモードに伴う強い下降気流がインドネシア周辺を蔽っていることにある。一方で上昇気流域のアラビア海に面したイエメンには観測史上はじめてサイクロン「チャパラ」が上陸、1日で10年分に相当するような降水が砂漠地帯に洪水を引き起こした。近々パリで開催される気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では地球温暖化問題に加えて、こうした極端現象への対策も話題に上るであろう。
◆地球環境の変化が顕著に現れるところに北極海域がある。北極海域は、海氷の減少による解放水面の増加などを通して地球温暖化の影響がひときわ増幅されるからである。解放水面の増加は海運や資源開発など世界の経済活動だけでなく安全保障面にも大きな影響を及ぼす可能性がある。社会の持続的な発展に向けて北極海の管理運営のあり方が世界の関心を集めている折から、この10月に総合海洋政策本部が「我が国の北極政策」を決定したのは時宜を得たものである。
◆持続可能な開発は環境が保全されて初めて達成される。しかし両者のバランスをとるのは簡単ではない。開発のもっとも原初的な形態は採取型の自然利用であるが、長い歴史ゆえに各地で文化として根づいているものが多い。わが国の捕鯨文化もその一例である。武田 淳氏にはコスタリカにおけるウミガメの卵の食文化と保護活動との相克を活写していただいた。ここでは環境保全を正義とする厳格な規制がブラックマーケットを生み、貧困問題と結びついて問題を更に複雑化している。箴言「Perfect is the enemy of good」は哲学者ボルテールによるが、こうした叡智に学ぶ必要があるのではないだろうか。
◆斉藤和雄氏には災害をもたらす気象現象の代表的なものである熱帯低気圧について、特に海面水温との関係について専門家の立場から解説していただいた。冒頭で触れたサイクロン「チャパラ」も熱帯低気圧である。斉藤氏らの貢献によりスーパーコンピュータと地球観測衛星によるデータを活用するシミュレーション技術が著しく発展しており、その先端的な成果が台風予報の現業に活用される日が待たれる。
◆このところメディアに取り上げられる回数は減っているが、小笠原諸島の西之島新島は今も成長を続けている。今後どのような生態系がこの島に出現するのだろう。髙山浩司氏にはこのような海洋島の生態系、特に植物相について種の進化の視点から解説していただいた。髙山氏の研究によれば環境の多様性の高い島ほど分岐による種分化の度合いは高くなるが、種内の遺伝的多様性は低いという。また不調和な生物相は想像を超える速さで生態系が変化するということである。こうした生物学の成果は私たちの社会を考えるうえでも示唆に富む。(山形)

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