Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第367号(2015.11.20発行)

海洋島の生物多様性

[KEYWORDS] 島嶼生物学/遺伝的多様性/ファン・フェルナンデス諸島
ふじのくに地球環境史ミュージアム准教授◆髙山浩司

はるか海路を越えて海洋島にたどり着いた生物は、長い時間をかけて独自の進化を遂げる。そのため、世界各地の海洋島にはそこでしか見ることができない固有種が数多く存在する。
固有種の宝庫、ファン・フェルナンデス諸島での研究を通じて、植物の種分化や遺伝的多様性、生態系の保全について考える。


絶海の孤島にたどり着いた生き物

火山活動によって突如として海上に姿を現した島を、海洋島と呼ぶ。小笠原諸島西之島新島の誕生は、今なお地球のどこかで海洋島が形成され続けていることを現している。一方、大陸からちぎれてできた島を大陸島と呼ぶ。かつてユーラシア大陸と陸続きであった日本列島は、大陸島ということになる。大陸島には最初からさまざまな生物が生息しているが、海洋島は無生物状態の裸地から始まる。つまり、現在海洋島にいる生物は、すべて海を渡ってきたものということになる。
陸上生物にとって海を渡ることは容易いことではない。とりわけ、自ら飛んだり、泳いだりすることができない植物は、偶然の機会がなければ、海洋島にたどり着くことは不可能である。そのため、海洋島には"不調和な生物相"ができあがる。大陸には当然ある種類の植物が、海洋島ではそっくり欠けることで、ニッチ(生態的地位)に大きな空きができたりする。例えば、多くの海洋島にはブナ科の植物がない。ブナ科の植物の堅果、ドングリは風で飛ばされることも長い時間水に浮くこともできないため、海洋島には渡って来られないからである。

海洋島における種分化

■図1:異なる2つの種分化様式(分岐による種分化の結果、異なる環境に適応した複数の固有種が生じる。一方、分岐によらない種分化では、島に侵入した祖先が世代を重ね時間と共に変化し、大陸の母種とは別の種になる)

海洋島にたどり着いた植物は、不調和な生物相の中で空いたニッチを埋めながら、独自の進化を遂げる。単一の祖先から、さまざまな形態や生態の種が分化する適応放散的種分化は、海洋島における進化の典型例と言えよう。植物に至っては、草が樹木化したり、雌雄同株が雌雄異株になったりと、生活形や繁殖様式まで変えてしまうものがいるから驚きである。独自の進化は、そこでしか見ることができない種、すなわち固有種を生み出す。ハワイ諸島は自生種する植物の90%、小笠原諸島は40%が固有種であると言われている。大陸島である琉球列島の植物の固有種率がわずか5%であることからも、これらがいかに高い数値であるかが分かる。
海洋島で新しく種が生まれる過程を、大きく2つの様式に分けることができる(図1)。一つは適応放散的種分化に代表される"分岐による種分化"で、島にやってきた祖先が複数の種に分化していく様式である。島内のさまざまな環境に適応していく過程で、形態の差異や生殖隔離が強化され、別種へと分かれていく。もう一方は"分岐によらない種分化"で、島に侵入した祖先が分岐せずに時間と共に変化し、大陸の母種とは別の種になる様式である。海洋島の固有植物の約75%が分岐による種分化で生じ、残りは分岐によらない種分化で生じたという概算がある。また、環境の多様性が高い海洋島ほど、分岐による種分化の割合が高くなり、反対に環境の多様性が低い海洋島ほど、分岐によらない種分化の割合が高くなる傾向が見られている。

ファン・フェルナンデス諸島の植物

■図2:ロビンソン・クルーソー島の険しい稜線

■図3:Santalum fernandezianum F. Philippi
(1892年に植物学者Federico Johowによって採集された植物標本。コンセプシオン大学収蔵)

私が取り組んでいるファン・フェルナンデス諸島の固有植物の研究を紹介したい。同諸島は太平洋に浮かぶチリ共和国領の島々で、大陸とは約670km離れている。ロビンソン・クルーソー島(図2)とアレクサンダー・セルカーク島の主に2つの島から成り、総面積は小笠原諸島とほぼ同じ100km2である。ダニエル・デフォー著『ロビンソン・クルーソー』の舞台となった島としても有名である。島ができてからの時間は放射性年代測定によると、ロビンソン・クルーソー島が400万年、アレクサンダー・セルカーク島が100~200万年と推定されている。同諸島の維管束植物は外来種も含めて約400種と少ない。一方で、自生する211種の約60%にあたる132種が固有種と言われている。面積あたりの固有種数は、世界の数ある海洋島の中でもずば抜けて多い。さらに、同諸島にしかいない固有の科や属が合計13もあり、極めて独自性の高い植物相を形成している。
同諸島に生育する固有植物の起源や集団間の分化、遺伝的多様性を調べるために、チリ共和国、米国、オーストリア、メキシコの研究者と共同研究を実施してきた。大陸産の近縁種も含めて、各地の集団の遺伝的な違いを比較した結果、植物によって移入経路はさまざまであることが分かってきた。ロビンソン・クルーソー島に最初に定着した植物ばかりではなく、アレクサンダー・セルカーク島に最初に定着し、後にロビンソン・クルーソー島にも定着したと思われる植物もあった。島のできた順番を考えると一見不思議ではあるが、海洋島にたどり着くこと自体がとても希な現象であるために、必ずしも島の地史が定着の順番に関係するとは限らないということなのだろう。次に、固有種内の遺伝的多様性を比較すると、先ほど述べた2つの種分化様式と種内の遺伝的多様性と関連性が示唆された。分岐によって種分化した固有種は、分岐によらない種分化を遂げた固有種より種内の遺伝的多様性が低い傾向が見られたのである。祖先集団がさまざまな環境に適応していく過程で、個体群や遺伝子プールの分割化が生じたことがその要因であると推測している。遺伝的多様性の程度は、個体群の大きさや世代時間などにも影響を受けるため、慎重に議論しなければならないが、種分化様式が種内の遺伝的多様性の程度に影響する可能性が、私たちの研究で明らかとなってきた。
進化研究のフィールドとしての魅力的なファン・フェルナンデス諸島であるが、他の海洋島と同様に、人間活動による自然環境の改変が深刻な問題となっている。同諸島に人が入植してからわずか270年足らずであるが、人々が生活する低標高域には、在来種に変わりユーカリやマツの植林が広がり、既に絶滅してしまった植物や絶滅に瀕している植物も少なくない。ビャクダン科の固有種Santalum fernandezianumは、1908年を最後に一度も発見されておらず、標本でしかその姿を見ることはできない。海洋島の生物相は"不調和"であるがために、私たちの想像をはるかに超える速さで生態系が変化してしまう。今後、遺伝情報に基づく保全単位の提案や繁殖様式の解明など、基礎研究と現地での保全活動の連携を高めるとともに、魅力的な進化研究を発信することで、同諸島の生態系保全へ貢献していきたいと考えている。(了)

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