Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第367号(2015.11.20発行)

コスタリカのウミガメ保全を巡る近年の動向

[KEYWORDS] 生物多様性/コスタリカ/ウミガメ
横浜国立大学大学院環境情報学府博士後期課程、(独)日本学術振興会特別研究員(DC2)◆武田 淳

コスタリカではウミガメの保護と利用をめぐる対立が激しくなっている。環境保全を理由に規制だけを強めて環境保護を進めようとしても、このような問題の根本的な解決につながらない。
保護と利用の対立を超えるためには、制度の歴史を振り返る視点と共に、どのような保全の形がコスタリカ社会にとってふさわしいのか、保全手法について、コスタリカの人々が考える場が必要ではないだろうか。


はじめに

2013年5月、コスタリカの海岸でウミガメの保全活動を行っていた活動家が殺害された。警察当局は、活動家と対立していたとされる地元住民を容疑者として逮捕した。生物多様性保全政策が進んだ国として知られるコスタリカにおいて、この事件は大きく報道されている。2013年6月9日付けの新聞記事(エル・ディア紙)には、「巨大なウミガメたちの犠牲者(mártir)」という見出しが躍った。mártirとは、キリスト教の殉職者を意味する宗教用語である。すなわち、「ウミガメの保全」という正義のために尽くした男性が、志半ばで命を落とした、というメッセージ性の強い見出しになっている。本件は刑事裁判所の審理に移された。「ウミガメの保全」という正義の正当性を巡って、判決が注目されている。

高まる資源利用規制と神格化される被害者男性

■被害者男性の似顔絵が書かれた街壁

■O地区におけるウミガメの集団産卵

現場となったのは、カリブ海に面した海岸であった。当該浜辺は、世界最大級の大きさを誇るオサガメ(絶滅危惧種)の産卵地であり、NGOグループによる保全活動が行われていた。被害者は、NGOで活動していた男性(26才)で、ウミガメの卵を違法に採取する地元住民らと対立していたと記事は報じている。事件後、同地に住む7名が逮捕されたが、容疑者らは事件への関与を否定。2015年2月、リモン刑事裁判所は、証拠不十分により容疑者らの無罪を判決した。裁判結果を受け、判決を不服とした一般市民らによるデモが盛んに行われた。デモには被害者男性の似顔絵が掲げられるなど、男性は今や環境保護運動のシンボルとなりつつある。また、こうした世論に後押しさせる形で、事件のあった州にある既存の保護区の名称が、男性の名前に改称されるなどの変化もあった。一方、環境エネルギー省では、大臣が事件を検証した調査員を批判する異例のコメントを出した他、同地を自然保護区として管理するなど規制強化が検討されている。
しかし、規制を強めることは、問題の根本的な解決につながるだろうか。コスタリカの沿岸域では、ウミガメの卵を食べる習慣がある。卵は精力剤して生食される他、鍋料理として調理されるなど、一部の地域では食文化として根付いている。一方、法的には、ウミガメの保護を目的として、卵の採取は規制されてきた。1948年に商業的な採取が、1966年には非商業的な採取も禁じられ、現在では、一部の地域を除き、全土でウミガメの卵の採取は禁止されている。そのため、ウミガメの産卵地では、卵を利用したい住民と保護したい自然保護団体や行政の間で、たびたび対立や緊張が起こっている。このような状況下で起こったのが今回の事件であったと考えられる。生活実態としては、ウミガメの卵の食習慣が根強く残っているにも関わらず、利用を認めない厳しい規制がかけられていたことがこの問題の根底にあると筆者は考えている。
このことを強調したいのは、事件の背景には、麻薬ビジネスとの関係が疑われているからである。記事によれば、同地は南米からアメリカへ向けた密輸ルートの経由地であるという。貧困を背景に麻薬運搬ビジネスに手を染めた容疑者らが、麻薬のシンジケートを通じて卵を密売していた疑いが報じられている。筆者は、別稿において、法規制により公な卵の取引ができなくなったことで、卵の売買が(一時的に)ブラックマーケット化した地域の事例を紹介したことがある。絶滅危惧種の保護を考える上では厳しい規制も必要であろう。しかし、同時に貧困問題の解決や、習慣的な資源利用への対応も求められるのではないだろうか。

利用と保護の対立を超えて

こうした状況を打開するヒントとして筆者が注目しているのは、住民―研究者―行政による協働型資源管理が実践され、国内で唯一ウミガメの卵の採取が認可されているO地区の事例である。筆者は、同地で継続的なフィールドワークを実施している。O地区では、国家開発局の監督の元に組織された住民組織のメンバーに限って卵の採取が認められている。しかし、卵は無制限に採って良いわけではなく、研究者のモニタリング調査によって決められたハーベスト・キャパシティの範囲内で行われる。また、住民らは卵を利用する見返りとして、環境エネルギー省の職員と共に協働で保全活動を行う責務を負っている。卵の販売は、住民組織が一括して行う。利益は住民に還元されるが、収益の一部は、グラウンドの整備など村落の公共財に投資されている。採取を部分的に認めることで、卵は、住民の換金資源となるだけでなく、地域全体の発展に寄与している。
殺人事件が起こった地域と比べると、好事例のように思われるかもしれない。しかし、フィールドワーク中に筆者が耳にしたのは、「世間からの風当たりの強さ」を訴える住民たちの声であった。ある宿の経営者は、宿泊客を装った運動家に、ウミガメの卵の採取について受け答えする様子を盗撮されたと憤る。O地区では法的に認められた権利であるにもかかわらず、採取行為そのものを問題視する人々がコスタリカ国内には存在しているのである。
問題の所在は、規制のみを重視してきた既存のウミガメ保全政策にあるとも言えるが、皮肉にもその状況を後押してきた要因の一つは、環境保全を正義とする社会規範にもあるのかもしれない。無論、筆者は、自然環境を保全することを否定しているわけではない。保護と利用の対立を超えるためには、制度の歴史(=どのような前提のもとにウミガメの保全政策が行われてきたのか)を振り返る視点と共に、保全手法(=どのような保全の形がコスタリカ社会にとってふさわしいのか)について、コスタリカの人々が考える場が必要ではないだろうか。いかにしてウミガメの管理が制度化されたのか、卵の保護と利用の間で生きる人々は、どのようにして制度と向き合ってきたのか。現在、制度と地域の相互関係について分析を行っている。(了)

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