Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第305号(2013.04.20発行)

第305号(2013.04.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌

◆かつて中世期、日本の国境は現在あるような位置にはなかった。日本国の向こうは異界とされ、境界領域は流刑地ともなった。そして、京や鎌倉の中央からみて、海を越えた向こうは異人の住む場とされていた。
◆現在、日本国の境界にある島じまの領有をめぐっていくつもの政治課題がある。北の北方四島、西の竹島、南の尖閣列島における領有・権益問題がそうである。境界論争は歴史を回顧することなしには正当な理解ができない。領海周辺から接続水域にかけての海域で国境警備にあたる海上保安庁や国の関係諸機関、漁業に従事する漁民、海事関係者、さらには歴史学や政治学の研究者間で、海の境界のもつ多様な問題がどれだけ共有されているのか、疑問であった。こうした現状を改善するうえでも、情報の交換と共有は不可欠である。2011年11月に境界地域研究ネットワークが立ちあがった。本ネットワークの事務部会長である中京大学の古川浩司氏によると、研究会やネット配信を通じてさまざまな課題が検討されているという。ネットワークでの議論を国民へと広く発信し、政策提言につなげるためには今後ともになお一層の多面的な取り組みが必要だ。隣国では領土問題を低学年の学校教育に取り込むこともなされている。未来に向けた戦略的な取り組みと情報の連携化を是非とも期待したい。海洋立国を目指す日本は海に囲まれていながら、海洋性や海へのおもいが日常的に明瞭な形で意識されることはあまりない。東京や大阪にいるだけでは国境の問題を軽くみる能天気な態度に陥りやすい。
◆本号で取りあげたように、歴史と文化に学ぶべき点がいくつもある。たとえば、日本文化の古層を色濃くのこす出雲神話がそうである。神話学の丸山顕徳氏によると、出雲の神話から海洋性に裏付けられた多くの側面をあぶりだすことができるという。しかも、そのルーツが琉球を南にくだった南太平洋にあるとすれば、黒潮を経由して伝播した海洋文化が日本の古代神話として結晶化した事実を重く受け止めるべきだろう。教育の現場で海についてともに学ぶさい、自然科学的な側面だけでなく歴史や文化に根差した語りと情報についても、今後、早急に集積する体制を構築する必要があるだろう。
◆海の歴史は古代や中世の日本だけに見出しうるのではない。近代の黎明期、安政5(1858)年の安政五カ国条約で国内五港の開港が決められた。芦屋大学の楠本利夫客員教授が述べておられるように、明治元年1月1日に兵庫(現在の神戸港)が開港後、1カ月ほどして兵庫港沖に西洋の大艦隊が集結するなかで、攘夷運動に与する藩士をけん制するために派遣された備前藩の部隊と、上陸した外国人との間でニアミスによる威嚇射撃事件が起こった。これがいわゆる「神戸事件」である。射撃命令を下した藩士は死罪を受けたが、「近代の衝突」が一歩間違えば歴史を大きく動かしていたかもしれない。港は外界とつながる境界の場でもある。海洋立国を目指すわが国が海の境界領域における緊張関係に慎重かつ大胆に対処することは当然として、境界を越えて伝播した日本の文化にもまなざしを注いでおきたい。(秋道)

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