Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第304号(2013.04.05発行)

編集後記

ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆今年は桜の開花がことのほか早い。本号が読者に届く頃には、都内では桜吹雪さえも終えていることだろう。一方、3月10日の都内では、視界を遮るほどの煙霧現象が起きた。これは強風のために北関東の畑から黄砂ならぬ土埃が舞い上がったためである。まったく異なるように見える二つの事象は、遠いインドネシア周辺で活発な積雲活動に関係している。昨年のエルニーニョ現象に伴う下降気流によりインド洋全体の海水温が高めに推移しているところで、熱帯太平洋にはラニーニャに近い現象が発生した。陸域が3割、海洋が7割を占めるインドネシア周辺の「海大陸」で上昇した大気はフィリッピン周辺で下降し、小笠原高気圧を季節外れで強めている。まるで初夏のような状況にある。そうしたところに、冬のなごりともいうべき寒気が、時折、列島上空に吹きこむ。それで日本付近には強い低気圧が発生しやすい。暑さ寒さも彼岸までというような、穏やかな季節の推移は今や過去のものになりつつある。
◆「御食(みけ)つ国、志摩の海人(あま)ならし、真熊野(まくまの)の小舟(をぶね)に乗りて、沖へ漕ぐ見ゆ」。万葉集第6巻に収録されているこの歌は、大伴家持が天平12年(740年)10月に詠んだものである。藤原広嗣の乱の発生直後であり、その平定を祈願する聖武天皇の伊勢行幸にお伴した際に、志摩を訪れて詠んだのであろう。穏やかな志摩の海を眺めながら、武門の家系に生まれた家持は、人々が海の恵みを享受し、平和に暮らす素晴らしさをひときわ深く感じ取ったに違いない。千数百年の時を越えて、志摩市長の大口秀和氏に「新しい里海創成によるまちづくり」に向けた活動を紹介していただいた。環境保全と経済振興の両立をめざすブルーエコノミーの概念は西欧発のものであるが、私たちにとっては、いわば温故知新ということになるのだろう。
◆志摩市の里海再生に向けた活動が、環境経済の視点から沿岸域総合的管理をめざすものであるならば、市民が海に親しみ、海を知るための活動は教育の視点からのものといえる。三浦市の及川圭介氏には、東京大学の三崎臨海実験所と協働して進める地域密着型の海洋教育活動について紹介していただいた。初等、中等教育における海洋教育を充実してゆく試みに大学教員が参画し、海洋科学の面白さを市民社会に伝えるアウトリーチ活動の基盤が整備されたのは素晴らしい。東日本大震災で私たちが学んだ教訓の一つは基礎科学と市民社会の不断の連携の重要性であった。
◆昨今、わが国の周辺海域を取り巻く情勢には穏やかならぬものがある。言語、文化、慣習の違う隣国と接する島々の過去と現在をよく知ることは、わが国の未来を展望する上で不可欠である。このような視点から、NPO法人海のくに・日本は子ども記者が国境の島々で研修するプロジェクトを始めている。この「われは海の子プロジェクト」を佐藤安紀子氏に紹介していただいた。こうしたユニークな活動から、江戸時代に対馬藩にあって朝鮮との交流に尽力した雨森芳洲のような、国際関係論や比較文化論の深い素養をもって物事を捉えることのできる人材が育って欲しいと思う。(山形)

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