Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第224号(2009.12.05発行)

第224号(2009.12.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男

◆今年も忘年会の日程調整のメールが飛び交う季節になった。しかし、平成維新とも呼ばれる政界の大きな揺らぎが、社会の隅々にまで及び、景気も低迷を続けている。なかなか年忘れの気分にはなれないのが正直なところである。右肩上がりの時代を終えて、成熟した国家に向かうプロセスと信じたいが、行政刷新の旗印の下で事業仕分人たちの無謀ともいえる判断に、私たち大学人も戸惑う日々である。
◆結果がすぐには見えない基礎研究には一見して無駄と思われるものが多い。しかし、そこで人類の知が生み出され、人々に夢を与え、未来社会を築く革新的な技術さえも生まれてくる。こうした文化を創造する領域には費用対効果の概念が馴染まない面も多いのである。全国の研究教育者の生命線とも言うべき科学研究費が概算要求の見直しで2,300億円が2,000億円に削減され、若手支援の種目などは公募停止を余儀なくされた。世界のトップを目指す必要はないなどという信じられない理由で、わが国の基幹技術である次世代コンピュータの開発にストップがかかり、世界をリードすべく始まった海洋や宇宙に関する大型研究開発についても大幅な見直しが要求された。これまで多くの実績を挙げてきた放射光施設の予算さえも大幅に削減されるようである。
◆後世の歴史家は平成21年をどのように記述するであろう。このままではわが国が世界の先端科学技術の分野から姿を消すに至った象徴的な年となるのではないか。日本学術会議や多くの学術組織が政府に再考を促す声明文を準備していると聞く。新政府には確かな識見と現場の正確な情報を持って、世界を視野に入れた科学技術・学術政策を担ってほしいと思う。
◆さて、今号では谷口真人氏に海底から湧き出す淡水とその沿岸海洋生態系に果たす役割を解説していただいた。別府湾の「城下かれい」はよく知られているが、陸と海を繋ぐ隠れた水循環の道筋が全国各地に豊かな海の幸をもたらしていることに改めて驚く。渇水被害を受けやすい沖縄では、この水循環を旨く利用して地下ダムを導入し、それが安定した農業に貢献していると聞く。この分野の研究の進展は島嶼国家への国際貢献にも大いに役立つであろう。
◆長谷川 浩氏には、福を招く装飾品として洋の東西を問わず古くから珍重されてきた宝石サンゴの資源管理について解説していただいた。古代においては地中海が主要な産出海域であり、奈良時代にシルクロードを経てもたらされたものが正倉院の御物として保管されているということである。しかし乱獲の末、今やわが国周辺のみが世界の主要な産出海域となっている。科学調査に基づいて、この貴重な人類資産を持続的に活用する国際ルールを導入するのはわが国の責務である。
◆赤塚宏一氏には国際労働機関が船員の労働環境の改善を目的として採択した海事労働条約について解説していただいた。この条約は雇用条件、労働・休息時間、居住設備、娯楽設備、食糧・厨房、健康保険、医療、福祉、社会保障にわたる広範なもので、ジャンク船と漁船を除き、あらゆる商業活動に従事する船舶に適用される。1689年に英国で制定された「権利章典」にもなぞらえられているのは、いかにこの条約が画期的であるかを示している。  (山形)

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