Ocean Newsletter
第198号(2008.11.05発行)
- 元インド沿岸警備隊長官、海洋政策研究財団客員研究員◆Prabhakaran Paleri
- 茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター、地球変動適応科学研究機関准教授◆横木裕宗
- 利尻町立博物館学芸課長◆西谷(にしや)榮治
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男
編集後記
ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男◆食の安全を揺るがすニュースが引きも切らない。今度は中国製の冷凍インゲンから高濃度の有機リン系殺虫剤「ジクロルボス」が検出された。大事に至らなかったのが不幸中の幸いである。米国のサブプライム問題に端を発する国際金融危機と原油の値段の高騰に加えて、こうしたモラルの崩壊で、世界経済はますます混迷の度を深めつつある。
◆さて、今号の最初のオピニオンは国会でも話題になっている海賊問題に関するものである。海賊取り締まりにおける日印協力に尽力したプラバカラン・パレリ氏が今後の協力の方向性について解説する。こうした海賊の話で思い出すのは杭州への旅で訪れた雷峰塔である。杭州は13世紀にマルコ・ポーロが世界で最も美しい都市として記述したところである。雷峰塔はその杭州の象徴とも言うべき西湖の近くにある。現在の塔は最近になって再建されたものだが、その由来には明の嘉靖年間(1522年~1566年)に侵入した倭寇により焼かれたとある。当時の倭寇には中国人がかなり混じっていたとはいえ、杭州まで略奪の範囲を広げていたというのには驚かざるを得ない。明の歴史から見ても、海賊の活動は沿岸国の統治権の弱さと関係しているのは確かである。これを補強すべく国際協力によって監視体制を強化するのは有効であろう。一方で、地域の政治、経済、社会問題を総合的に捉え、根本原因を無くすための努力もなされなければならない。
◆横木裕宗氏は地球温暖化の進行に伴って予想される沿岸域災害への適応策の重要性を論じている。確かに、温暖化による直接的な水位上昇よりも、強い台風や低気圧による高潮災害の方が差し迫った脅威である。水位上昇に敏感なオランダでは、高潮に伴う浸水からヨーロッパ一の貿易量を誇るロッテルダム港を守るために、マエスラント可動堰を1997年に完成させていたが、昨年11月の低気圧襲来時に初めてこれを活用した。わが国においても、想定しうる事態に対しては事前に適切な対策を講じておく必要がある。
◆西谷榮治氏のオピニオンは北の防備の歴史に関するものである。ロシアの襲撃に備えて会津藩を中心とする奥羽諸藩が行った蝦夷地警固の歴史は、ペリー提督の率いる黒船艦隊が下田沖に現れた1853年から、更に半世紀近くも前の話である。国境地帯の緊張の直接の原因は、仙台藩の漂流民津太夫らを送還し、アリューシャン列島からカリフォルニアに及ぶアメリカ大陸の経営改善のために通商条約を結ぼうと長崎に来航したロシア外交官レザノフと幕府との交渉決裂にあるとされている。しかし、松平定信が失脚して幕府側の外交能力が著しく弱体化していたことやロシア側の内紛による指揮系統の乱れも大いに関係しているらしい。状況によっては、その後の北太平洋周辺国の歴史は全く違ったものになっていたのかもしれない。豊かな未来を展望するには、現在に至った歴史を既成概念に捉われることなく、幅広い視点から眺めることが大切なのではないだろうか。 (山形)
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- 文化戊辰蝦夷地警固の会津藩士の墓から見えるもの 利尻町立博物館学芸課長◆西谷(にしや)榮治
- 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男