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オーシャンニューズレター

第15号(2001.03.20発行)

第15号(2001.03.20 発行)

サブスタンダード海運の撲滅に向けて

早稲田大学法学部教授◆林 司宣

国際基準に満たない船舶、海運業者や旗国が多くの弊害をもたらし、EU・欧米諸国を中心にこれらの追放の動きがにわかに活発化している。大型商船の9割を便宜置籍船国に頼る日本海運は、安泰としていて良いであろうか。

4年前のナホトカ号をはじめ、タンカー等の海難と油流出による汚染事故は、時折大きなニュースとなってきた。しかしこの一年余りには、ビスケー湾で沈没し、沿岸を1200トンの重油で汚染したエリカ号に続き、ケープタウン沖で沈没したトレジャー号、ノルマンディー沖で有毒化学物質を積んだまま沈没したイエヴォリ・サン号、スペイン沖で3万トンのガソリンを運搬中難破したキャスター号、ガラパゴス諸島で座礁しディーゼル油等を流出させたジェシカ号など、深刻な事故が次々と発生している。

こうした事故の際、人々の脳裏にすぐに浮かび上がるのはナホトカ、エリカ、ジェシカ等のような老朽船のイメージであろう。しかし、事故を起こし、損害を発生させるのはそのような物理的に一般的基準以下のサブスタンダード船のみではない。海難事故の8割は人的なエラーが原因で発生すると言われる。船舶の所有・運航に関連する様々な人々、企業、団体、政府などのどこかに問題が存するのである。

サブスタンダード海運のもたらす弊害

海運産業が今日直面する重大問題の一つは、業界全体を通じて、一般的に受け入れられた国際的基準を満たさないサブスタンダード慣行が繁栄していることである。サブスタンダード業者は、近年の厳しい海運産業状況において、利用する船舶の質を下げ、賃金の低い乗組員を配乗させ、種々の基準適用を回避・軽減し、税制上有利で監督の緩やかな国に船籍を置くことによって経費削減と市場シェア拡大を追及する。こうした慣行は、さらにサブスタンダードな関連業者を生み出し、またそのような船舶を歓迎する登録国(旗国)をも増大させている。

このようなサブスタンダード海運は、各種の事故を発生させ、その結果人命と海洋・沿岸環境に重大な損害をもたらすことが多く、さらに業界における公正な競争を阻害し、質を重視し基準を遵守する善良な業者にとって脅威となっている。さらに深刻な問題は、とくにこの種船舶においてしばしば見られる船員の人権と労働条件の無視である。

サブスタンダード海運の問題点とその改善策

このような海運の現状を世界的に調査し、サブスタンダード海運撲滅のための方策を探るため、国際運輸労連(ITF)のイニシアティヴに基づき、筆者を含む4人の専門家からなる独立した国際海運委員会(ICONS) が設立された。委員会は、ことに欧米、シンガポール等の政府や業界各部門の強い支援を受け、昨年アジア・太平洋、欧米14カ国と国連、IMO、ILO、OECD、EUを訪問し、様々な関係者、専門家等と直接会見し、実情・意見聴取を行ったほか、百数十本にのぼる大量の意見書を各方面から受取った。こうして明るみにされたサブスタンダード海運の実情には極めて深刻にして、複雑・多岐にわたるものがある。いくつかの問題点と改善のための方策を例示すれば次の通りである。

旗国とその登録する船舶とのリンケージは、海洋法条約の原則にもかかわらず極めて柔軟に解され、便宜置籍船国(FOC)は今日27カ国に増大し、その多くが旗国としての義務を果していない。FOC船の多くは入港国取締制度(PSC)でしばしば問題にされ、事故率も伝統的旗国に比べて極めて高い(ただし、最近はFOCのなかでも、旗国の責任実行に力を入れ成績を上げているものもある)。今後は、FOCも含め、旗国の国際法義務履行を基準に、種々の方策で遵守国を優遇し、サブスタンダード旗国を罰することが必要である。

船主の一部はコスト削減のため安い運航者に任せ、配乗・管理面で問題を起こす傾向にある。また多くの複雑な関連会社の網に隠れて事故などの責任を回避しようとする。そのような船主や運航者には、サブスタンダード海運は最終的には財政的に損をするということを悟らしめる必要がある。現実的な方策としてはPSCの強化と業界団体による行動綱領等を通じた質重視のカルチャーの浸透等が考えられる。

船級協会は船主と旗国のために船舶の技術的検査を行い、その結果証書を発給するが、最近の海難事故調査やPSCにおいて検査の精度、検査官の能力、特定船級協会の資格などが問題にされている。名声度の高い10協会は国際船級協会連盟(IACS)に属し、質のさらなる向上をめざしているが、その他の多くは能力に欠けており、FOCはそれらを利用しがちである。船級技術者を養成する国際的機関も基準も存しないことも問題であろう。今後、全ての船級協会に対して国際的な技術的基準を設けると共に、IMOによる監視体制の確立と旗国によるより厳しい監督が必要であろう。

最近の10年間、年平均226隻の商船が失われ、628人の船員が命をなくしている。船員の虐待、賃金不支払い、不当解雇、船主の破産による遺棄、などは、油に汚染された海鳥とは対照的に殆ど報道されないが、広汎にみられる。ITFは、1995~98年に実に119件の船舶・船員の遺棄を記録している。船員の待遇面での大幅な改善が急務で、そのためPSCによるチェック、ILO諸条約の改善、旗国の監督強化などが必要である。

PSCは検査を行う入港国間およびPSC体制間で検査の能力、基準等に大きな差があり、ことに体制間の調整と基準・手続の統一が望まれる。多くの国では検査官の教育訓練強化が不可欠である。サブスタンダード船、旗国により焦点を絞った(米国のような)検査制度も広められることが望ましい。

国際機関の役割と問題点

IMOは船舶の安全と環境保護のための条約・規則を採択し、国際的規制活動の中心にあるが、予算の分担率が加盟国の船舶登録の総トン数に応じて決められるため、その上位5、6位までを占めるFOC大国が、その他のFOC国等と団結して厳しい規制措置を阻止する傾向がある。例えば旗国による国際的責任の遂行を促進する委員会が作られたが、数年の作業を経ても、各旗国が自発的に自己評価を報告する制度を採択したのみである。また、最近一部船舶について導入された船舶の安全運航のための国際管理規範(ISMコード)は、船舶上と陸上の船舶会社双方における安全管理の徹底を狙ったものであるが、その実施にあまり成果が見られていない。その完全導入まで一年余あるが、PSCなどを通じて厳しく適用する必要がある。

ILOは船員の労働条件、安全、保健などに関し39の条約と29の勧告を採択してきた。最も重要な第147号条約はそれまでの主要条約をとりこみ、かつPSCによるチェックを定めているが、途上国、FOCの多くが批准しておらず、また先進国においても殆どPSCの対象になっていない。ILOはこれまでの全ての条約・勧告を一本にまとめ、適用し易くするための計画を打ち出したが、有効なPSC制度を織込んだ作業の早急な進展が期待される。

日本の対策

世界第2の船舶所有規模を誇る日本人船主は今日過度にFOC諸国の船籍を利用しているため、総トン数を基準にした日本の商船隊の規模では第9位に落ち込んでいる。日本船主の船舶は、千トン以上では約3千隻中6.6割が、また2千トン以上では約2千隻中9割以上がFOC船となっている。またこれも原因となって、外航船舶の日本人船員が過去十数年で6分の1の約5千人に激減した。国際的義務を果たさないFOC諸国は今後EU、米国をはじめ各地域のPSC体制の益々強化された監視の対象とされること必至である。同時に、品質を重視し、良好な旗国や業者を優遇する傾向も強まっている。こうして、サブスタンダードの船舶、業者、そして旗国もいずれは主要港から閉め出される時が来るであろう。日本海運は、この世界的動きに取り残されないよう、その犠牲者とならないよう、また不本意ながらもサブスタンダード海運繁栄に手助けしないよう、従来の慣行と政策を見直すときが来ていると思われる。(了)

ICONS:International Commissionon Shipping. 委員長はPeterMorris、元オーストラリア運輸大臣。詳細はICONSのホームページwww.icons.org.au参照

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