Ocean Newsletter
第103号(2004.11.20発行)
- 在フィジー日本国大使館一等書記官◆高屋繁樹
- 琉球大学理学部物質地球科学科教授◆木村政昭
- カリフォルニアワインライター◆飯山ユリ
- ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌
カリフォルニア海流が作る究極ワイン
カリフォルニアワインライター◆飯山ユリ王様と称されるワインを作ることができるのは今やブルゴーニュだけではなくなりつつある。
いま、カリフォルニア産のいくつものピノ・ノアールが、世界でトップを争う品質と評価を得ている。
その躍進の最大の理由は、海がもたらす気候の特性を最大限に生かすブドウづくりにある。
世界で名声を築きつつあるカリフォルニアのピノ・ノアール
赤ワインでは「王様」がブルゴーニュ、「女王」はボルドーと長く言われている。ラフィット、ムートン、ラテュール、オーブリオン、マルゴーなどボルドーのシャトーワインではなく、ロマネコンティ、コルトン、シャンベルタンなどのブルゴーニュの赤ワインがワインの王様と称される理由は分かりにくいかもしれない。濃厚な色合いや、ブレンドのハーモニー、しっかりしたタンニン、凝縮した果実が樽熟とともにまろやかになってゆくのがボルドーの特徴とすれば、ブルゴーニュの色合いはボルドーに比べて明るく、重厚なタンニンもなく、ピノ・ノアールという単一の黒ブドウ品種しか使っていないのに、しなやかで、ボディを支える酸や官能的に押し寄せる何層もの香りが圧巻だからだろう。王者はこれらのバランスを失うことなく、混ざり合い、成熟し、昇華しながら品格を持ち続ける。しかし、このような王様ワインを作ることができるのは今やブルゴーニュだけではなくなりつつある。実力と名声が確立されたブルゴーニュの王様赤ワインに肩をならべつつあるのがカリフォルニアのピノ・ノアールである。
カリフォルニア産ピノ・ノアールと海の複雑な関係
ワインはハイテクを駆使した醸造技術を誇ることより、品種の個性とテロワール(気候条件を含む土壌や場所)がワインに自然に反映されていることが高い価値となっている。そこで、世界中のブドウ栽培者は最高のピノ・ノアールを作るためにブルゴーニュお膝元のディジョン・クローンの中から苗木を選ぶことが多い。しかし、由緒正しい品種を用いたとしてもピノ・ノアールは土壌や気候に作柄が大きく左右される気分屋のブドウとして有名である。芽吹きが早いので早霜の被害に合いやすく、高地の畑ではエサを求める野鳥にブドウを取られることも多いし、病害にも弱い。果皮が薄いので、高温ではたやすくレーズン化してしまう。加えて、テロワールを表す条件として火山性や石灰性の土壌をもつ傾斜地のブドウ畑に、はっきりした一日の寒暖の差、冷涼な気温、長い日照時間や適度な水蒸気などの気候条件が必須となる。これらにあてはまるのは、カリフォルニアでは太平洋に面したソノマ・コーストや、霧が川沿いに海から流れ込むソノマ郡のロシアン・リヴァー地区、サンタバーバラ郡の南海岸地区、メンドシーノ郡のアンダーソン・ヴァレーなどがある。
← ピノ・ノアールの萌芽-収穫期 → | ||||||||||||||
計測地 | Location | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年間 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ディジョン (フランス)※ | 47.27° N5.00° 海抜222m | 1.6 | 3.0 | 6.2 | 9.7 | 13.8 | 17.4 | 19.7 | 18.7 | 15.6 | 10.7 | 5.4 | 2.4 | 10.3 |
フォート・ロス (ソノマ・コースト) | 38.51° N122.25° 海抜34m | 9.0 | 9.8 | 10.0 | 10.2 | 11.5 | 12.9 | 13.6 | 14.1 | 14.3 | 13.2 | 11.1 | 9.2 | 11.6 |
ソノマ (ソノマ郡) | 38.30° N122.46° 海抜29m | 8.3 | 10.8 | 12.0 | 13.7 | 16.5 | 19.6 | 21.2 | 21.2 | 20.1 | 17.0 | 11.9 | 8.4 | 15.1 |
St. ヘレナ (ナパ郡) | 38.5° N122.46° 海抜68m | 7.8 | 10.1 | 11.3 | 13.5 | 16.9 | 20.0 | 21.7 | 21.5 | 19.8 | 16.5 | 11.3 | 8.1 | 14.9 |
計測地 | Location | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年間 |
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ディジョン (フランス)※ | 47.27° N5.00° 海抜222m | 52.2 | 43.2 | 46.4 | 49.4 | 63.8 | 70.1 | 57.6 | 65.9 | 61.2 | 70.6 | 68.1 | 56.3 | 705.1 |
フォート・ロス (ソノマ・コースト) | 38.51° N122.25° 海抜34m | 200.1 | 151.5 | 125.4 | 69.9 | 29.7 | 12.1 | 2.2 | 4.9 | 13.8 | 63.5 | 125.9 | 171.6 | 971.5 |
ソノマ (ソノマ郡) | 38.30° N122.46° 海抜29m | 169.4 | 126.0 | 108.8 | 46.1 | 13.4 | 6.3 | 1.0 | 2.6 | 9.4 | 42.0 | 98.4 | 124.7 | 748.9 |
St. ヘレナ (ナパ郡) | 38.5° N122.46° 海抜68m | 199.9 | 146.4 | 121.3 | 56.8 | 18.4 | 6.2 | 1.1 | 2.3 | 7.1 | 46.4 | 102.0 | 165.2 | 874.2 |

カリフォルニア産のいくつものピノ・ノアールが世界でトップを争う品質と評価を得て人々から渇望されるワインへとなってきたが、その躍進の最大の理由は、海がもたらす気候の特性を最大限に生かすブドウづくりにあると言っても過言ではない。カリフォルニアのワインカントリーとはサンフランシスコから1時間程度北にあるナパ郡・ソノマ郡をさす。太平洋に接しているのがソノマ郡で、東へ内陸に入ったところがナパ郡であり、それぞれ大まかにブルゴーニュ、ボルドーに比すことができる。ソノマ・コーストではカリフォルニア海流に乗って吹きつける冷風で冷温すぎるが、岸からほんの3つくらい入った峰では今度は強い太陽の影響が強くなって気温が高くなりピノ・ノアールの栽培に適さなくなる。冷風ふきすさぶ最初の峰と、暑い太陽が照り注ぐ峰の間のちょっとしたエアポケットのような海岸近くの排水が良い斜面が選ばれるとピノ・ノアールに最適の場所となる。峰にあるブドウ畑では午前中には雲が眼下に漂い、雲の上に位置することになる畑は長い日照時間を得て十分な温度を保つことができる上に、海からの風で気温が異常に高くなるのを防いでいる。朝晩の気温はぐっと下がるので、一日の気温変化の幅が非常に大きく、気温の変化がもたらすストレスで、果汁となる果肉と、色・ポリフェノール・タンニンなどを抽出する果皮・種との比率が50%にもなる皮の厚いワイン用に最適なブドウが収穫できる。
なぜカリフォルニアのピノ・ノアールはこれほど躍進したのか
ソノマ・コーストは、マーカシンやフラワーズ、キスラー、ピーター・マイケル、ウイリアム・セーラムなど、ピノ・ノアールでブルゴーニュワインと世界のトップ争いをしているワイナリーのブドウが栽培されている地域である。NOAAの米国気候データセンター(NCDC)が過去30年にわたって収集した気温と降水量データもブドウの萌芽期から成長、収穫期(3月から9月)のほぼ一定した涼しい気温と、成長、収穫期(7月から9月)の晴天を証明している。長い生育期は凝縮感のある完熟果実を、収穫時の晴天はカビなどの病害や腐敗がない果実を収穫できる。加えて、恵まれた気象条件がほぼ通年で一定しているので、ヨーロッパと違いヴィンテージによる大きな品質のバラツキがないのが利点になっている。
たとえば、イノシシに女王がワインを与えているラベルのマーカシン・ヴィニヤードのピノ・ノアールは90年代に生まれたワインであるが、標高300から500メートル、ソノマ・コーストから5キロ程度内陸に入った峰の斜面の畑でピノ・ノアールに最適の条件を得て、著名ワイン批評家やワイン専門誌から連続して満点に近い評価を受けている希少ワインとなっている。オークションではブルゴーニュの本家ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)が作るリシュブルグと変わらない人気と値段で入手すら難しい状況である。カリフォルニアスタイルは華やかでありながら深みのあるクリーンな香り、複雑で完熟した果実味、きめ細やかなタンニン、しっかりした酸、やや高めアルコールなどを特徴とし、開けてすぐは困惑するような強さで押し寄せるが、ワイングラスの中で次第に目覚めふくらんでくる。壜のまま保存すれば、時とともに落ち着きをみせるヨーロピアンスタイルでもある。ブルゴーニュの王様赤ワインと肩をならべるようになった、これらのカリフォルニアのピノ・ノアール躍進の秘密は、カリフォルニアの太陽と海がもたらす絶妙な気象配分をブドウ栽培者がその支配下に置いたことにあると言えるだろう。(了)
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