Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第419号(2018.01.20発行)

シーグラント ─ 大学での研究・教育と地域コミュニティとの連携

[KEYWORDS]シーグラントカレッジ(SGC)/エクステンション/国際間協働
Director, University of Hawaii Sea Grant College Program◆Darren T. Lerner

半世紀の歴史を持つ米国のシーグラントカレッジ(SGC)プログラムでは、海洋分野における教育、研究、研究成果の応用・普及が推進されている。
大学における科学研究は、沿岸地域の意思決定者や利害関係者にとっては、先入観に左右されない技術的支援や助言を得ることができるため、SGCによる大学と地域との連携によってさまざまな問題解決が期待されている。

出発点はランドグラント

ハワイ大学シーグラントによる米領サモアでの海洋科学プログラムでの調査の様子

米国では、リンカーン大統領の時代に成立したモリル法(1862年)によって、大学に対する土地付与の制度が制定された。これは、連邦政府が管轄する土地を各州に交付し、各州が教育機関を設立してこれに土地を付与する制度で、このようにして創設された大学は「ランドグラントカレッジ」と呼ばれる。この法律によって生まれた大学は、応用農学・科学(理学)・工学分野に特化した教育を行うことをその使命とすることが定められている。当初の私立大学の形を残す大学が少数あるが、大半はのちに規模の大きい公立大学に発展し、現在では広範な学問分野を対象とした教育を行っている。ランドグラント(土地付与)の制度が開始されたことによって米国の教育制度は大きく進展した。
1963年、米国水産学会において、海洋分野の研究促進を図る意思を持つ大学にシーグラントカレッジ(SGC)を開設する案が初めて示された。これはランドグラントカレッジをモデルにした提案で、これを受けてロードアイランド大学の海洋学者ジョン A. クナウスが、海洋および海底の一定の区域をリースして各SGCの運用資金に充てることを提案した。この構想が最終的に、連邦議会の歳出審議を受ける連邦政府の事業となった。
1966年にシーグラント・カレッジ・アンド・プログラム法が制定され、当初は米国国立科学財団(NSF)に対して、後には、新たに設立された米国海洋大気庁(NOAA)に対して、公立・私立の高等教育機関においてSGCを開設し、教育、研究、研究成果の応用・普及(エクステンション)を実施し、さらにその支援を行う権限が付与された。SGCの目的は、水産資源開発に対する支援、研究者・研究機関が行う研究活動の支援、一般市民および意思決定者への情報提供とする、と定められている。

研究・エクステンション・教育

大学における科学研究は、沿岸地域の意思決定者や利害関係者にとっては、先入観に左右されない技術的支援や助言を得ることができる重要な源泉であるとの基本的信念が、シーグラントにはある。この認識の上に立って、シーグラント諮問事業が開始された。これは、SGCからの技術移転を行う橋渡しとしての機能をもつもので、現在はシーグラントエクステンションの名称で継続されている。研究活動との間に、双方向に機能する関係が確立されており、エクステンション部門は、大学が行った研究活動の成果を沿岸のコミュニティー全体に供給・移転し、一方で利害関係者の懸案となっている問題を大学側に伝達し、研究課題の決定に示唆を与える機能をもつ。エクステンションに関わる研究者の多くが地域に居住し、地域の中で活動することで、SGCは「信頼のおける仲介人」であるとの評価の確立に役立っている。こうした方式で大学が沿岸・海洋に関わる問題の解決に取り組むことは、政府・自治体・企業・地域住民と大学が行う活動との間を結びつける中核を目指すというSGCの使命を果たすものである。
シーグラントは、はじめ5つの大学によってその基礎が築かれ、今日では、全米の沿岸域、五大湖、プエルトリコ、グアムにおいて33のSGCプログラムが存在する。開始当初から、同プログラムはその努力の多くを水産および養殖分野に注いできた。一方、SGCが全米に広がっていく中で、諮問事業の機能が特に重要な役割を果たしていった。海洋および沿岸域においてわれわれが直面する様々な問題は、海洋資源の直接採取によって生じる問題を除けば、その大半はおそらく陸上における政策・慣行、行動様式に原因があるとの認識の上に立って、全米のSGCにおいて新しいアプローチや分野に焦点を当てた活動がはじめられていった。この20年来、シーグラントで取り上げたテーマには、沿岸地域コミュニティーのスマートグロース(賢い成長)、気候変動への理解と高潮などへの備え、水資源確保への取り組み、水産食品の安全の確保などがある。

ネットワーキング、パートナーシップ、シナジー

各SGCは、地元のニーズに対応しつつ、全国レベルの一つのネットワークを通じて300以上の大学・研究機関およびNOAAナショナルシーグラントオフィスとつながっている。このように全国規模でネットワークを形成し、さらにあらゆるレベルでパートナーシップを形成する体制をもつことは、シーグラントが成功する上で非常に重要な条件である。財政的には、連邦政府の援助を中核に、州政府が同額の資金を出し、さらに各大学が独自にさまざまな外部資金を活用している。こうしたあらゆる方面からの財政的提携、資金の投入などが加わることで、2015年のみで、SGCネットワーク全体で総額6,800万ドルの連邦政府による投資額が5億7,500万ドル余りの経済価値を生み出すところとなった。
SGCプログラムは本来、文化的な面からも運営面からもその仕組みが柔軟であるので、米国外でも、国際的な連携をしながら、国内状況に合わせて採用しうるモデルである。2000年には、韓国海洋水産部が米国のSGCおよびNOAAとの協働のもとに、韓国シーラグントを開始し、国立大学に7つのプログラムを設置した。海外への展開についてロン・ベアード、ナショナルSGCプログラム前ディレクターは「沿岸・海洋資源を開発・持続するためにシーグラントモデルの適用に取り組む国々の世界的ネットワークを形成」することをビジョンとするとし、また、「世界を一つにつなぐ世界規模のネットワークができれば、情報や技術的知識が国の枠を超えて自由に流れ、われわれが世界規模、地域規模でさまざまな課題に取り組む上で大きな力となってくれるであろう」と述べている。

日本への期待

2016年5月、米国および韓国のいくつかのSGCおよびNOAAの代表者と、日本の研究者らとの間で、日本におけるシーグラントの開設に向けたシンポジウムが開催された※。シーグラントを推進するわれわれの究極の目的は「人」である。沿岸・海洋資源をそして経済を守るために、地域の住民、資源管理に携わる人々、企業、政府に生まれるさまざまな将来ニーズにこたえる人材の育成を今、われわれは行うのである。日本においてシーグラントを形成することができれば、大学の卓越した研究・教育と地域社会とを結びつけ、沿岸域と海洋にかかわる問題に関してより豊かな情報に基づく政策決定に至るために科学技術を提供し、さらに情報交換を促し、国際間の協働の促進を図ることが可能となるだろう。(了)

東京海洋大学で開催されたシンポジウム参加者
  1. 本稿は英語でご寄稿いただいた原文を事務局が翻訳まとめたものです。原文はHP(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2018/419_1.html)でご覧いただけます。
  2. 公開シンポジウム「大学シーグラントプログラムと持続可能な海洋利用」https://www.kaiyodai.ac.jp/topics/news/201605231620.html

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