Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第419号(2018.01.20発行)

日本発海氷リモートセンシングの重要な役割

[KEYWORDS]衛星/気候変動/極域航行
(国研)宇宙航空研究開発機構第一宇宙技術部門地球観測研究センター研究領域主幹◆可知美佐子

毎年9月頃になると、北極海の海氷面積が最小値を記録するかどうかが話題となっている。
2017年3月にはついに南極海の海氷面積も史上最小値を記録した。
地球温暖化や気候変動の影響を受けやすい極域の海氷監視を支えているのは衛星によるリモートセンシングであり、中でも日本開発のマイクロ波放射計が重要な役割を果たしている。
北極海の海氷面積の急激な減少に伴って、北極海航路や資源開発での極域航行の数が増加しており、海氷リモートセンシングの重要度が増している。

減少する極域の海氷

南極海の海氷面積が衛星観測史上最小値を記録したことを(国研)宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国立極地研究所が合同で発表したのは、2017年の3月のことである(図1)。その約一カ月前に世界気象機関(WMO)が南北両極をあわせた世界中の海氷面積が最小値を記録したと発表したばかりだった。さらに、7月には南極氷床棚氷から三重県に匹敵する大きさの巨大氷山が分離したことが衛星から確認された※1※2。他方、北極海の海氷面積は、通常9月頃に年間で最も面積が小さくなるが、2007年9月に衛星観測史上最小値(当時)を記録して以降、2012年9月にも史上最小値記録を更新し、最近40年の期間でみると、長期的に減少傾向を示している。
極域は地球規模の気候変動に大きな役割を果たしており、北極の変動が遠く離れた中緯度のアジアの気象や洪水等に影響していることも報告されている(北極評議会ワーキンググループ報告書、2017)。さらに、近年の北極海の海氷面積の減少により、太平洋と大西洋を繋ぐ、いわゆる「北極海航路」が現実のものになりつつあるだけでなく、極域の資源開発による輸送航行が急激に増加するなど、極域の海氷監視は科学研究だけでなく実利用や北極政策の上でも重要な意味を持っている。これらの極域の海氷分布を観測する上で重要な役割を果たしているのが、日本が開発した世界最高性能のマイクロ波放射計であるAMSRシリーズである。

■図1
水循環変動観測衛星「しずく」搭載のマイクロ波放射計AMSR2がとらえた南極域での海氷の分布(2017年3月1日時点。白色部分)。橙色の線は2000年代の同時期の平均的な海氷縁の分布を示す。詳細はhttp://www.eorc.jaxa.jp/earthview/2017/tp170323.html参照。

衛星からの海氷リモートセンシング

全球的な海氷分布を毎日捉えられるようになったのは、1978年の米国のNimbus-7衛星に搭載されたSMMRというマイクロ波放射計である。マイクロ波放射計は大気中や地表面の水や氷の粒子から放出される微弱なマイクロ波を観測するため、雲を透過し全天候で観測可能という特徴がある。空間解像度が光学放射計に比べると粗いという弱点はあるが、雲の有無や昼夜に関係なく、極域全体を毎日観測可能であるという点で、極域の海氷分布を広域かつ高頻度に観測する上で最適なセンサである。能動型のマイクロ波センサである合成開口レーダ(日本の「だいち2号」搭載のPALSAR-2等)でも全天候かつ高空間解像度で海氷を観測可能であるが、一回に観測可能な範囲が狭いため極域全体を毎日観測することは難しい。現在の極域研究においては、それぞれのセンサの特徴を生かして、データが複合的に利用されている。
1987年以降は米国の防衛気象衛星(DMSP)シリーズに搭載されたSSM/Iおよびその後継のSSMISが世界のマイクロ波放射計のスタンダードであった。これを大きく変えたのが、日本が開発したマイクロ波放射計AMSR-Eと、その後継であるAMSR2である※3。SSM/Iシリーズの空間解像度が約20-30kmだったのに対し、AMSR-EとAMSR2の空間解像度は約15kmと大幅に改善し、マイクロ波放射計としては世界最高の性能を持っている。さらに、海面や地表面に感度のある7GHz帯という新規周波数帯を持ち、海面水温や土壌水分量などの新しい物理量も推定可能となった。AMSR-EとAMSR2併せて約15年近くの観測データが蓄積されており、徐々にSSM/Iシリーズを代替しつつある。
JAXAでは、AMSR-EやAMSR2を中心としたマイクロ波放射計の観測データを統合し、1978年以降の極域の日毎の海氷密接度および面積の長期データセット(図2)をインターネットから公開しており、北極海や南極海の海氷面積の監視にも利用されている※4

■図2マイクロ波放射計による北極海海氷面積の日変動の長期監視。Nimbus-7搭載SMMR, DMSP搭載SSM/I, Aqua衛星搭載AMSR-E, Coriolis衛星搭載Windsat, 「しずく」搭載AMSR2を利用。http://kuroshio.eorc.jaxa.jp/JASMES/climate_v3/index_j.htmlより公開。

利用の拡大と継続に向けて

AMSR2による海氷密接度等の情報は、極域の温暖化・気候変動研究以外の実利用の分野でも利用が拡大している。たとえば、南極観測船「しらせ」や北極海を航行する船舶などで、極域・氷海域での航路判断に利用されている。AMSRシリーズでの観測が一時的に欠けていた2011年12月は、昭和基地にアプローチした「しらせ」はSSMISのデータを代替として利用したが、空間解像度が粗く航路判断が困難であったことも一因となり、最終的に昭和基地への接岸を断念した。一方で、AMSR2データが利用可能になった2012年以降は、順調に航路を選択し、2013年以降は無事接岸も果たしている。
また、国立極地研究所と東京大学で、初夏のAMSR2海氷情報を予測モデルへの入力とすることで、夏~秋にかけての約3カ月先の海氷分布を予測する研究も進められている。2015年夏季に北極海海氷の年最小面積の予測を実施した際には、2014年の予測では実測値との差が約20%あったのが大幅に改善、2%の差での海氷面積予測に成功し※5、予測技術の国際比較においても上位の成績だった。
さらに、近年は、海氷密接度以外の海氷情報として、薄氷域判定や海氷厚、海氷移動ベクトルなどが提案・開発されており、今後の極域の科学研究や実利用においても重要な情報となるだろう。
このように、マイクロ波放射計による海氷観測データは約40年にわたって蓄積され、科学研究と実利用の両面での利用が進んでいるが、その一方で、将来的な観測継続については懸念が残っている。世界的にみてもマイクロ波放射計の数は減少傾向にあり、高空間解像度で全球を観測するマイクロ波放射計は、AMSR2以外はすでに打上げ後14年を超えて運用している米国のCoriolis衛星搭載のWindsatしかなく、その後継計画は存在しない。AMSR2も2017年5月に設計寿命の5年を迎えて「観測の空白期間」が生じる恐れが強まっており、国内外からAMSR2の後継機への要望が寄せられている。この結果、2017年12月に改訂された政府の宇宙基本計画工程表には、温室効果ガス観測技術衛星3号機への相乗りを前提として平成30年度以降にAMSR2後継機の開発研究を実施することが記載されており、現在検討が進められている。(了)

  1. ※1「しずく」が捉えた南極氷床棚氷からの巨大氷山分離 http://www.eorc.jaxa.jp/earthview/2017/tp170726.html
  2. ※2「だいち2号」による南極半島Larsen-C棚氷で発生した大規模な氷山分離の観測結果 http://www.eorc.jaxa.jp/ALOS-2/img_up/jdis_pal2_ant-iceshelf_20170725.htm
  3. ※3AMSR-Eは2002年打上げの米国のAqua衛星に搭載。AMSR2は、2012年打上げの水循環変動観測衛星「しずく」に搭載。
  4. ※4JAXA Satellite Monitoring for Environmental Studies (JASMES) ウェブサイト
  5. ※5国立極地研究所プレスリリース「2015年夏季の「北極海海氷分布予報」が高精度で的中 ~実測値との差2%での海氷面積予測に成功」(2015年10月14日付) http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20151014.html

第419号(2018.01.20発行)のその他の記事

ページトップ