Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第418号(2018.01.05発行)

対談:「海洋の危機を克服するイノベーション」を語る

[KEYWORDS]海を護る/海の世界の人づくり/科学技術外交
日本財団会長◆笹川陽平
笹川平和財団海洋政策研究所所長◆角南 篤

明治元年から満150年を迎える2018年、海洋においても高まる危機を克服するための新しい取り組みが求められている。
この世界共通の財産を守ってゆくためには、いまこそわが国が国際社会の変化を導くべきであり、そのためにも海のためのひとづくりや科学技術外交の推進などによるイノベーションが重要となる。

明治元年から満150年

笹川:「明けましておめでとうございます。2018年(平成30年)は明治元年から起算すると満150年で、区切りの年です。これからの日本をどうすべきかということを考えた時、私はやはり明治維新という出来事をしっかり意識することが必要であると思います。尊王攘夷を叫んで戦いながら、いざ政権をとるとパッと切り替わる、日本人のこの変わり身の早さ。太平洋戦争でも、それまでは反米を掲げていたのに、占領された途端に日本人のアメリカに対する態度は一変しました。マッカーサーが帰る時には「マッカーサーさんありがとう、帰らないでください」という手紙が何十万通も寄せられたという─。日本人って恐ろしい民族なのではないかと、私は内心思っています。この明治150年、2018年はどういう風に変わっていくのか考えてみましょう。近年、日本では約2年半で衆議院を解散し、6年間で6回総理大臣が変わるという時期が続いていました。最近になってようやく政権が長期間安定したところです。今、日本の存在は世界から非常に期待されています。私は昨年、フランスからジョージアやアゼルバイジャンなどを周遊しましたが、やはり政治が安定しているということは、とても重要だと思います。先日、NATO事務総長で元ノルウェー首相のイェンス・ストルテンベルグ氏(Jens Stoltenberg)が来日され、『これからの安全保障というものは、単にその地域だけではなく、グローバルな問題として考える必要がある。安全保障とは、一つはサイバーセキュリティで、もう一つは海洋の問題である』と述べられました。日本は海洋立国ですから、日本が持っている知見やこれまで築いてきたさまざまなネットワークを活用し、海洋の分野で世界に対して日本が存在感を示す大きなチャンスなのではないかと思います」

角南:「最近私もいくつか国際会議に海の関係で出席し、今、海外諸国からの日本に対する期待が高まっていると感じました」

笹川:「政権が安定するということは、こんなに大切なのだと、しみじみ感じます」

角南:「ですから、海洋に関する日本からのメッセージをこれから積極的に出していこうというところです」

海洋に関する総合国際機関の設立を

笹川:「そういう点では、政府が日本は海洋立国だと口では言っているものの、それに政策がついていっていないことが残念です。これからは、官ができないなら民が引っ張り、それに政府が追従して、そして政府が軌道に乗せるという形でやるべきではないかと思います。役割分担の時代ですから、政府に注文を言うばかりではダメなのです。明治から150年、戦後70数年、国民は権利の主張ばかりをしてきました。その結果、国の借金はおよそ1,080兆円(2017年3月末)に達しているわけです。これを未来の子どもたちに全部下駄を預けて死んでいこうだなんて、われわれは実に無責任な世代です。それではいけません。1,080兆円もの借金をどうすれば返せるのでしょうか。収支バランス、プライマリーバランスを取ろうとしたら、今すぐ消費税を30%にしなければ帳尻が合いません。ところが、消費税8%を10%にすることだけで世論は大騒ぎしています。なんという危機でしょうか。国の借金以外にも、日本が直面しているさまざまな危機を考えた場合、海洋の問題については、ようやくあちこちで発言が出て来るようになりました。 私の夢は、海洋について総合的に統一された国際機関を作ることです。作らなければダメだと思うのです。今のように縦割りで、UNCLOS(国連海洋法条約)があったり、魚類に関してはFAO(国連食糧農業機関)が判断したりというような状況ではいけません。海は一つしかないのですから。この世界共通の財産を、きちんと守っていかなければなりません。UNCLOSが作られたきっかけとなったのはマルタ共和国でした。当時、マルタ政府代表であったパルド氏(A. Pardo)が、深海底の資源を平和目的、および人類全体の利益のために開発するべきだと演説したことから、国際法を見直す気運が生じたのです。2017年6月に国連海洋会議で、私が海洋管理に関するスピーチを行ったところ、やはりUNCLOSの中でマルタ共和国が最初に賛同してくれました。日本財団とマルタが協力して総合的な海洋管理を行うための新たな枠組み作りに取り組んでいるところです。しかしながらマルタは小さな国ですから、できればスウェーデンやノルウェーなどの海洋大国も巻き込めないかと、今、一生懸命にアヒルの水かきを始めたところです。これについては、どう思われますか?」

角南:「その話を聞いたものですから、2017年10月にマルタで開かれた海洋会議「Our Ocean」に行ってきました」

笹川:「そうでしたか。どのようなことが話し合われましたか?」

角南:「やはり、縦割りだということが問題視されていました。もちろん、これは日本だけではなく世界共通の課題です。現状、海洋問題に取り組むために、国連でオーソライズされたフォーマルな組織が存在しないということが問題です。海についての会議が、きちんとした組織に支えられる必要があると、皆さん、そのように考えているようです。ただし、その問題意識は共通しているのですが、誰がイニシアチブをとって道筋を付けるかとなると、それはおそらく政府主導ではなく民間になるのでしょう。笹川会長がイニシアチブを取ってくださることを期待します。政府主導となると、フォーマルに決まったものしかできません。国際交渉になる前に、ある程度、環境を作っておくことが重要だと感じました」

笹川:「例えば、国連ハビタット(国連人間居住計画)などは20年に1回しか国際会議を開かないのに、未だに存在しています。スクラップ・アンド・ビルドができていないので、組織が肥大化してしまい、大部分がほぼ機能していない状態です。無駄遣いをしているようで少し残念です。海洋の問題に関しては、そうならないよう、スリムである必要があります」

角南:「是非、チャレンジをしていただきたいと思っております」

海洋の危機に対応するための人材の育成

笹川:「行動力がある組織ができればよいと思います。ただ、西側諸国は何をやるにしても、南北問題というのがあります。南側の開発途上国が要求することはやらない、という。そこで、何一つ決まらない状況です。その意味で、もし日本がリードオフマンの役割を果たせたら、国際的に協調してもらいやすいのではという気がします」

角南:「南北問題を考えてみても、日本はむしろ地道に取り組んでいるのではないでしょうか。日本財団は人材育成のプログラムを設置しています。例えば、カンボジアから来た担当大臣も日本で勉強していました。その結果、日本を尊敬してくれ、つながりができています。日本は北側の先進国と南側の途上国を結ぶために、非常によいポジションにいると感じました」

笹川:「海洋の管理は、先進国だけでなく、開発途上国や小島嶼国を含む世界各国が連携協力して取り組まなければ達成できません。しかしながら、途上国、特に小島嶼国には海洋管理分野における専門的な知識技能を持った人材が育っていません。そこで日本財団は、世界有数の研究機関や大学、各国の政府、NGO、そして国際機関と連携し、『海の世界の人づくり』事業を長年にわたって行っています。これまで、129カ国から1,075名の人材を輩出し、さらなる人材の育成に懸命の努力をしています。また、現在では海の世界も法の秩序が重要になっています。そこで国際法に精通した人材が不可欠なため、国際海事法研究所や国際海洋法裁判所で法律の専門家の育成にも努めています。また、国連と協力し、各国の海洋関連の政府高官、行政官、そして研究者の人材育成にも、努めているところです」

角南:「まさに海洋の危機を克服するためのイノベーションですね。日本財団のこの分野での活動と貢献は、既に世界的に広く知られてきていますが、『海の世界の人づくり』は、さらにその先を行くもので、今後の発展が楽しみです」

笹川:「人類は、陸から海、空、そして宇宙へと冒険の旅を続けてきました。現代では宇宙に関心が行きがちですが、海洋にもまだ多くの謎があります。その一つが、海底地形です。火星の地表はほぼ把握できているにもかかわらず、海底のことはまだ15%しか解明できていません。海底地形を把握できれば、潮流のメカニズムや海底資源の分析、津波や大型化が目立つ台風の進路予測、海水温上昇で変化する魚介類の生息分布の把握などさまざまな分野に役立つはずです。日本財団とGEBCO(大洋水深総図)指導委員会が2004年から進めてきた海底地形図作成の人材育成事業で育った36カ国78人のフェローのほかNASA(アメリカ航空宇宙局)やIHO(国際水路機関)、ナショナルジオグラフィック協会など24の公的機関や大学、企業の協力を得ながら、2030年までに世界の海底地形図を100%解析することを目指しています。また、無人運航船も見逃せません。世界貨物の90%以上を支えるのが船です。つまり、船の無人運航化による物流イノベーションは自動車の比ではないのです。さらに、世界で発生する船舶事故の多くがヒューマンエラーによるものという現実があるなか、安全の観点からも、無人運航化は重要です。無人化というと、船員をはじめとした人材の役割がなくなると心配する声もあります。しかし、そうではありません。いつの世も、イノベーションが起きれば人の役割も変化するし、変化しなくてはならないのです。欧米では研究開発が進むなか、日本も無人運航船の実現に向け、尻込みせず産学官+異分野の力も取り入れながらオールジャパンで積極的に取り組んでいくべきです」

世界の海を護る日本へ

笹川:「海洋の危機を阻止するためには、国際社会の変化を導くため、国レベルでの先導役が必要不可欠です。日本は、海洋からの豊かな恵みをいただき発展してきた国であり、海洋生物資源の適切な管理や温暖化防止に貢献できるような高度な技術、豊富な知見を持つ国でもあります。今後は『海に護られた日本』から、『海を護る日本へ』転換しながら、さらに『世界の海を護る日本へ』と進化することが必要です。「海洋」を重要な柱とし、地球上のすべての生命の生存に関わる海を守るための取り組みを、今こそ日本が世界の先頭に立って行うべき時期が来たのではないでしょうか」

角南:「確かに、海洋の危機を救うためには、科学と政策が連携し、さまざまなステークホルダーを巻き込み、世界的なムーブメントを起こしていくことが重要です。日本は科学技術の面で世界から常に期待をされています。わが国は、外交を通じて各国との科学技術協力と交流の促進に取り組む科学技術外交の推進に取り組んでいます。科学技術と外交という異なる二つの分野を連携させることによって、世界が抱える問題の解決を目指すのです。海洋については地球規模のテーマであるにもかかわらず、まだまだ科学的に解明されていない部分が多いため、科学技術と外交がうまく連動していくことが必要不可欠です」

笹川:「その通りです。私たちは、世界の英知を糾合して海洋の危機に人類が立ち向かう処方箋を作り、国際会議を開催してそれを審議・決定して世界に発信し、その実現を各方面に働きかけることを計画しています。目下、新たな海洋ガバナンスの推進を宣言する国際会議の3年後の開催に全力を挙げて取り組んでいるところです。海洋に深い理解を有し、強い関心を抱く皆さんの協働を呼び掛けたいと考えています」

角南:「海洋政策研究所としても、国際会議でのアジェンダ設定に取り組み始めました。例えば、①『未来に海を引き継ぐ』として、海洋機能の回復と保全、②『全地球的海洋課題への取り組み』として、国際的な海洋政策に関する政策提言、③『海洋に関する新たな国際協働体制の構築』として、国際的ネットワークの形成、さらには、④『使命感を共有し、国際連携を図る』として、世界海洋会議を提唱、などです。今後も、『海洋の母』と讃えられている故E.M.ボルゲーゼ教授が唱えた「複雑に絡み合った問題に対する総合的な解決法」を生み出していける国際的なプラットフォームの構築に、日本財団と協力して、海洋政策研究所が中心的に貢献できるよう努力を重ねていく所存です。本日は、ありがとうございました」(了)

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